2056年 4月2日 1911時 UAE ドバイ
耳を聾する轟音と共にマンティコアの装甲が砕ける。頑丈な装甲板に覆われた鉄血の大型兵器はその場で擱座し、動かなくなった。
「ナイスショット。次は後ろのイージスをやってください」
観測手を務めているJS9が隣のM200に話しかける。
「了解、任せて」
再び50BMGの徹甲弾が放たれ、頑丈な装甲を持つ戦闘用ロボットを撃ち抜く。これでこのエリアにいる敵は大方掃除できた。
『無人機で確認した。敵の姿は無いが、何処かに隠れているかもしれないから注意してくれ』
スコット・ブレナンの声が無線機から聞こえてきた。相変わらず敵のジャミングのせいで、ある程度離れてしまうと無線が繋がらなくなってしまう。
「わかりました。では、引き続き援護します。指揮官はそのまま前進して大丈夫です」
M200はMP5とStG44のコンビが先頭を行き、その後ろからMDRとStG510が前進、ステンとAR70、M1911に護衛されたブレナンが前に進むのを確認した。部隊の後方から火力支援を行うRPDはMDRとP7の護衛を受けている。
「私たちも前進しますよ」
JS9とM200は隠れていた狙撃地点から立ち上がり、ブレナンたちの後を追った。時折、銃声と爆発音、そして空に向かって放たれる曳光弾の瞬きが見える。
自分たちの任務は敵を市街地のメインストリートから掃除して、味方部隊の退路を確保することだ。さもないと、拠点で足止めを食らっている部隊が全滅する恐れがある。
2056年 4月2日 1913時 ドバイ
スコット・ブレナンは自動小銃を構えたまま通りを前進した。途中、すぐ右隣の狭い通りからリッパーの分隊が飛び出してきたのでステン、AR70と一緒に銃弾を浴びせて始末した。この通りには、兵士や市民の死体がそこら中に転がり、空薬莢や破壊された銃がその辺に散らばっている。乾燥した血だまりがアスファルトの地面に赤黒い染みを描いていた。少し大きめの石かと思ったものは、そこから2メートルほど離れたところにある死体の腹部からこぼれ出た、乾燥した腎臓だった。
酷いものだ。それにしても、UAEの陸軍の戦力を軽く上回ってくるとはどういう事なのだろうか。今のところ、敵の新型の人形やロボットはまだ見かけていないし、ここにはジュピター砲も配備されていない。
「だいぶぶっ飛ばしてやったが、奴らはそこら中にいるからな。全滅させるなんて無理だろ」
「でも、あれを壊さないと危険ですよ」
「何だ?」
ブレナンはステンが指し示す方向を見た。そこには、4つの直方体のようなものが45度の角度で空に向けられている。その物体の下にはキャタピラがあり、移動することができるようだ。
同じものが、半径300m以内の場所に5つ設置され、それらの中心に対空レーダーと大きなカメラのようなものを搭載した車両がある。鉄血の防空システムだ。
「畜生、SAMかよ」
「見張りもかなりの数です。無闇に突っ込むのは危険ですわ」
双眼鏡で防空陣地の様子を確認していたStG44の言葉通り、周囲にはリッパーやストライカー、イェーガーの姿が確認できる。
「うげっ、こりゃまずいな。迂回しよう」
「でも、あれは壊さないとまずいと言ったよね、指揮官」とステン。
「だけど、あの中に突っ込むなら戦車でも無い限りは無理だ。そうだな、他に鉄血が設置しているインフラを探してみよう。そいつを一つずつぶっ壊して、奴らの戦力を少しでも少なくしていくしか無さそうだ」
言うのは簡単。だが、実行するとなると、非常に骨が折れる破壊工作だ。ブレナンは小さな無人機をザックから取り出して離陸させ、タブレット端末で操作した。
UAVから送られてくる画像に映っているのは、破壊された市街地とその辺に転がっている人間の死体のみ。ブレナンは「Son of a bitch」とか「Asshole」だとか、様々な罵り言葉を吐き出す。
ふと、ヘリのローター音が聞こえてきた。軍か、グリフィンか、はたまた別のPMCが部隊を送り込んできたのか、とブレナンは判断し、その音を発生させている乗り物を敢えて探そうとしなかった。
『指揮官さん、敵です!敵のヘリです!』
「なんだと?」
M200が無線で知らせてきたところで、ブレナンはようやくヘリの姿を探した。
やがて、やや遠くにMi-8汎用ヘリが3機、ホバリングしているのが見えた。ブレナンは双眼鏡で、ヘリからロープが垂れ下がり、リッパーやガード、ヴェスピドがラペリングで地上に降りてきているのを確認した。ざっと数えて30体以上はやってきたようだ。
「畜生」
厄介なことになってきた。これはもう、敵の掃除どころでは無い。味方部隊を見つけたら、血路を開きつつ、敵だらけの街中を突破していく他無いのだ。
2056年 4月2日 2131時 ドバイ
遠くから聞こえてくる断続的な発砲音に、五十嵐はふと目を開いた。どうやらいつの間にか眠ってしまっていたらしい。
軽く食事を取り、この部屋にあるソファーに座り込んで休憩を取ったところから記憶が飛んでいる。多分、そこからそのまま熟睡してしまったのだろう。
「あら、起きたの?もう少し休んでいても構わないわよ」
上からUMP45が五十嵐を見下ろしていた。
「ん?うう、今、何時だ?」
「21時半過ぎってところね。今のところ敵は襲撃してきていないけど、どうせまたこっちに来るわよ」
五十嵐は体を起こし、防弾チョッキとヘルメット、チェストリグを身に着けて立ち上がった。
「やれやれ。助けが来る様子は?」
「無しね。無線とネット回線が死んでいるから、本部に連絡も取れないわ」
「くそっ」
「さっき、416やM4とも話してみたけど、うろつき回って脱出するのは危険ということになったわ。それで、ジャミングが弱まるのを待って、救助を待つのが一番、ということになったわ」
「仕方が無い。ここで大人しくするしかないか」
「そうそう、TMPが言っていたけど、ごく短い距離ならば通信を確保できるみたい。と、言っても10km程度しか届かないけど」
「武器はどれだけ残っている?」
「弾薬は十分あると思う。でも、AT4とC4、手榴弾がちょっと足りないみたい」
「それなら、攻撃されないようにしないと」
「敵は?」
「こっちには気付いていないみたいだけど、結構な数よ。どうやら一定時間で巡回している小隊がいるみたい」
ドアをノックする音が聞こえてきた。五十嵐がその主に入るよう呼び掛けると、ドアが開く。いたのは416だった。
「厄介ごとよ、指揮官。無人機で様子を見て見たけど、鉄血が一斉攻撃を始めたみたい」
「くそっ、こっちに来るか?」
「多分。早いところ迎え撃つ用意をした方がいいわ」
「暗視装置は?」
「人数分は用意できている。後は救助が来るまで手持ちの道具で何とかする他無いわ」
「じゃあ、そろそろ戦いに備えた方が良さそうだな。どうする?こっちから仕掛けるか?」
「いえ、その必要は今のところは無いわ。それよりも、体力を温存して、敵が攻撃してきた時を見計らって脱出する方がいいわ」
「なるほど」
「それと、小型の無人機もあるからそれを使って偵察もできるわ。でも、ジャミングの影響があるから、操縦にも限界があるわ」
「うーん、困ったな」
「とにかく、通信が回復しない限りはどうにもならないってこと。それまで何とか耐え忍ぶ以外ないわ」
2056年 4月2日 1922時 ドバイ
南の方で何かが連続して光ったかと思った直後、爆発音が断続的に響く。そこには軍の陣地があったはずの場所だ。何が起きているのか、スコット・ブレナンにはすぐにわかる。鉄血がUAE陸軍に攻撃を仕掛けているのだ。
自分の右腕であるStG44とステン曰く、鉄血はそこら中に電子妨害を仕掛けている。そのため、まずはそのジャミング装置を破壊する必要があると言うのだ。奴らの事だから、間違いなく、目立たない場所に広域電子妨害設備を設置しているだろう。だが、ブレナンのその予想は思いもよらない方向で裏切られることとなった。
『指揮官、何か変なのがありますわ。町の電柱から電線を引いて、電力をバイパスして稼働しているようです』
先行していたStG44から報告が入った。ブレナンはそれを調べるので、その場を確保するよう彼女に命令を出す。
程なくしてブレナン一行はStG44が発見した物体を見つけた。それは箱型の物体で、冷却用の格子状の穴があり、上の面には蒲鉾型の膨らみが取り付けられていて、ブーン、という音を立てている。
「何だこれ?見たことが無いな」
ブレナンは膝立ちになり、その物体を丹念に調べた。周りを見ると、約200m置きにその物体がそこら中に設置されているのがわかる。
「何だと思う?」ブレナンがすぐ近くで自分を護衛しているJS9に訊く。
「これが例の電子妨害装置では無いでしょうか?」
「かもしれないな。どれ?」
ブレナンが電線を引き抜こうとするのをJS9が制止した。
「待ってください。こんなわかりやすく電子妨害装置を、しかも護衛も無しに置いておくだなんて事、普通しますか?何かの罠の可能性もあります」
JS9のいう事はもっともだ。しかしながら、これが何なのかを調べない訳にはいかない。
「なるほど・・・・・そうだな。よし、全員、一旦この場から離れよう。M200、俺が合図したら、この物体のうちの1個を撃て。何にせよ、こいつは何か俺たちにとって良からぬ状況を引き起こしている可能性がある。だけど、爆発物が仕掛けられている可能性もあるから、十分距離を取ろう。さて、こいつをぶっ壊して、何が起きるのか試してみることにしよう」