2056年 1月3日 1013時 オーストラリア G&K社
日本ではまだ世間は正月休暇だが、ここオーストラリアでは仕事始めだ。
五十嵐は拳銃を点検し、自分に与えられたオフィスへと向かった。さて、休んでいた年末年始5日間で、世間はどれだけ変わったのだろうか。
オフィスでPCの電源を入れた途端、電子メッセージのアプリケーションが起動された。受信済みメッセージは一つ。タイトルは『緊急:即時対応求む』とあった。
五十嵐はメッセージのアイコンをクリックした。暫くすると、通信ネットワークシステムが起動し、ヘリアンのオフィスと繋がった。
『ああ、ミスター五十嵐か。ヘリアンだ。AR小隊の居場所が判明した。彼女たちは、シベリアから中央アジアに輸送機で移動していた。我々がS03地区と呼んでいるポイントだ。だが、鉄血の攻撃を受け、輸送機は墜落。それをやったのは、コードネーム"ジュピター"。鉄血の奴らが"マルドゥーク"と呼んでいる大型兵器と見られている』
PCの画面に、カザフスタンの地図が表示される。
『君たちにはカザフスタンへ飛んで貰う。極地用装備も用意した。君たちはAR小隊を回収し、可能であれば、マルドゥークの情報も入手してもらいたい。カザフスタンのアルマトイ国際空港に現在、後方支援部隊の派遣を開始している。仲間を集め、武器を用意しろ』
画面の中でヘリアンはキーボードを叩き続けた。
『また、今回、君たちには最新の後方支援システムを用意した。遠慮無く使ってくれ。全地球規模高速兵站システム(Global Highspeed Supply System)というものだ。略してGHSSと呼んでいる。マスドライバーを使って、支援物資を入れたカプセルを成層圏まで打ち上げ、GPSと無線通信誘導により、地球上あらゆる場所にいる部隊に即時に届けるというものだ。落下するときはパラシュートを使ってゆっくり落ちるから安心しろ。猛スピードで君たちの頭に直撃するだなんてことにはまず、ならないだろう。我々が15年かけて研究開発し、昨年末にようやく実用化したものだ』
「物資が欲しい時は、いつもの衛星通信システムで、"欲しいものリスト"を本部へ送るだけですか?」
『ああ、そうだ』
「もし、ええと、"ジュピター"とやらを見つけたら、位置情報を本部へ送って、どうするんです?破壊するのですか?」
『ああ。だが、破壊はロシア軍がやる。RK-55"グラナート"巡航ミサイルを用意してある。君にはSSC-X-4"スリングショット"と言った方がわかりやすいか』
やれやれ。まあ、あの地域で鉄血の超大型兵器の破壊が可能な戦力を持っているのは、ロシア軍以外は考えられない。
「わかりました。必要そうなものをリストアップしておきます」
『では頼んだぞ、指揮官。通信終了』
2056年 1月3日 1131時 オーストラリア G&K社
弾薬、食料、飲み水、浄水剤、現地の地図、バッテリー、現地の現金、タフブック、RPG-7、翻訳機、RQ-11Bレイヴン無人偵察機、登山装備、等々。必要なものは盛りだくさんだ。M224迫撃砲は追加すべきだろうか。FGM-148ジャベリンは?いや、RPG-7があれば十分だろうか?五十嵐は、ヘリアンに送るリストに、装備品を追加しては削除しを繰り返し、推敲し続けた。作戦中にマスドライバーでの補給を受けられるものの、天候やその他の理由から、補給ができなくなる可能性があることも考慮に入れねばならない。
今回は救出作戦がメインだが、強襲偵察も兼ねている。更に言えば、今回はグリフィンのCOIN機の支援は受けられない可能性が高そうだ。
五十嵐は、PCの画面にGHSSの情報を表示させた。これは、グリフィンが独自開発したもので、システムに関わるマスドライバーは、モンゴル、ブラジル、カナダ、インド、南アフリカ、ポーランド、ハワイ、オーストラリアに設置されている。
最大射程距離は大陸間弾道ミサイル以上の約15,000km。最高中間飛行速度はマッハ20、リニアモーターの力で最大積載量200kgのカプセルを1時間で最大2500個射出。これがあれば、部隊が地球上どこにいても大抵の場合は物資補給を受けとることが可能だ。
カプセルには小さな推力偏向式ブースターが側面と底面に取り付けられており、着弾時の制動と飛翔中の姿勢とコースの微調整に使われる。
こいつは、各国の軍が欲しがるだろうな、と五十嵐は思った。積載量は少ないものの、最前線にいる部隊に迅速に物資を届けたいのならば、1度にカプセルを何百個も連続して打ち上げれば良い話だ。しかし、設置や開発に一体、何百兆円かかったのか、想像もつかない。
そんな事を考えていると、部屋のドアをノックする音が聞こえてきた。
「どうぞ」
入ってきたのは、50代くらいの髭面の男、ベレゾヴィッチ・クルーガー。グリフィン&クルーガー社の最高責任者だ。
「楽にしたまえ、五十嵐君。今回、君に任せる作戦は、非常に重要でな。今後の戦いを左右しかねない事もあって、私からもある程度は直接話しておかねばならないと思ってな。作戦のことはヘリアンから聞いたかね?」
「はい。救出任務ですね」
「ああ。たった今入った情報だが、彼女たち4人は、鉄血と交戦したのちはぐれてしまい、今はそれぞれ単独行動しているらしい。AR小隊は人間の指揮官を付けなかったくらい優秀な部隊だが、それは4人揃ってという条件付きのことだ。単独での作戦継続は困難だろう。AR小隊が我々のエース部隊だというのは、奴らも知っているだろう。彼女たちを排除するために、最も脅威となる部隊をぶつけてくるのは明白だ。分析の結果、エクスキューショナーと呼ばれている将軍クラスの兵士が率いる部隊が現地に投入される可能性が高いそうだ」
「つまりは、敵のエリート部隊ですね」クルーガーは五十嵐の言葉に頷いた。
「こやつらに対抗できる程の作戦能力を持つのは、現時点では404小隊を置いて他は無い。それと、これは可能であればの話だが、コードネーム"ジュピター"に関する情報も入手してもらいたい。なあに、ついでに写真を撮ってくる程度で構わんよ。しつこいようだが、最優先任務はAR小隊のメンバーの救出だからな」
「わかりました。仲間を集めて、ブリーフィングの用意をします」
「よし、任せたぞ」
2056年 1月3日 1308時 G&K社
「これはまた、厄介な作戦になったな、指揮官」AEK-999がタブレットで作戦資料を見ながら言った。
「だけど、凄いよ、このシステム。民間に公開したら、運送業界には革命が起きるんじゃない?」AM-RFBはGHSSの資料を見て言った。
「問題はコストになりそうな気もするけど。あと、船舶業界と航空業界、陸運業界はいい顔しないんじゃない?自分たちの仕事が無くなるから」とUMP45。
「まあ、今はグリフィンが独占しているシステムだから、存在を知っている人間なんて一握りしかいないよ。45姉」
GHSSの関連施設には、地対空ミサイルや戦車が配備され、警備も非常に厳重に行われている。表向きは無人宇宙軌道機実験施設という名目で運用されているようだ。実際、間違ってはいない。GHSSの物資運搬カプセルは、距離によっては大気圏の外を飛ぶことになるのだから。