2056年 1月6日 1512時 オーストラリア G&K社
ベレゾヴィッチ・クルーガーは自分のオフィスで、各地に派遣した諜報員から寄せられた情報を確認していた。どうやら、鉄血製造工厰には、かなりのスポンサーの存在があるらしい。国際テロ組織、ならず者国家、マフィア、海賊集団、各種過激派などなどなど。
先日、イスラエル空軍がシリアとレバノンの国内にある鉄血の施設を空爆、破壊したようだ。だが、そんなものは、氷山の一角に過ぎないだろう。
NATOにいる知り合いが、年明け早々に気になる情報を流してきた。鉄血製造工厰に、シリアや北朝鮮から化学兵器が流れたというのだ。奴らに化学兵器が渡ったというだけでも厄介だが、ああいうならず者国家が、その見返りとして鉄血から何を受け取ったのか、という大問題もある。レールガンか、レーザー兵器か。いずれにせよ、ああいう連中の手に渡ってはいけないものであることは確かだ。そういうのは、早めに押さえて、回収して破壊しておかねばならない。
だが、当面の懸案事項は、AR小隊のことだ。彼女らを無事、救出することができるかどうかが、今後の作戦を左右すると言っても過言では無い。それが可能なのは、404小隊を置いて他無いだろう。装備は五十嵐智基という若者が必要というものは全て用意すること。既に物資はマスドライバーの基地へ送っていた。作戦準備にはあと数日はかかるだろうが、決して焦ってはならない。
ただ、時間もあまり無い。アフリカや南米の都市の幾つかは鉄血にすっかり支配されてしまい、虐殺や略奪などが起きている。おまけに、地元のマフィアや犯罪組織どころか、腐敗した警察官や不良軍人すら鉄血に味方し、利益を得ているという情報まである。全く、嘆かわしいことである。
「クルーガーさん、こちらが最新の情報です」
ヘリアンが差し出したタブレットをクルーガーが起動し、画面を確認した。インドネシア、スラウェシ島の鉄血の拠点をV中隊が制圧。W中隊はP中隊、L中隊と合流し、これからタジキスタンの鉄血の無人兵器工場を襲撃する予定だ。タジキスタン軍と警察は腐敗し、鉄血に金で買われている。全く信用ならない組織だ。
「さて、B中隊は今日出発だったな」
「はい。これから専用機でインドを経由してカザフスタンへ向かわせます」
「司令官、失礼しまーす!」
ドアをノックして部屋に入ってきたのは、20歳前後くらいに見える、ラフな格好をした若い女性だった。
「カリーナか。B中隊の後方支援の手配は任せたぞ」ヘリアンが言う。
「任せて下さいよ!それにしても、GHSS、本当に運用段階になったんですね」
「だいぶ苦労したがな。今は順調に稼働中。重大なトラブルは報告されていないが、後々、何が起きるかは未知数だ。マスドライバーを応用して世界中に展開する部隊に物資を配達するのは、何て言っても世界初のことだ。まあ、考えた奴は、わが社一番のド変人だったしな」
GHSSの構想を最初に考えたのは、グリフィンの若い技術者である、ジェラルド・ベンジャミン・ホフシュタイン博士だ。ホフシュタイン博士は、グリフィンきっての天才かつ変人でもある。
この若者は、地元のニュージャージーの中学校を卒業すると、飛び級でカリフォルニア大学バークレー校へ進学。更に卒業後には、MITに入学し、大学院も出ており、アメリカで多額の公的奨学金を受け取った人間トップ10に入る程の実力を持っている。
噂では、ホフシュタイン博士のIQは300を超えていると言われているが、真偽は不明だ。確かに、ホフシュタインはとんでもない天才であり、彼に解けない問題は無いとも言われていた。
実際、ホフシュタイン博士は、懸賞金550万ドルが掛けられた数学の超難問の証明を、つい先月、クレイ数学研究所のチームに認められ、賞金を獲得したのだった。しかも、それは、多くの数学者たちが、10年以上の歳月をかけてもちっとも証明できなかったものであったが、ホフシュタインは、これをたった2週間で解答してみせたのだ。
ただ、博士には、欠点があった。それは、目の前の問題以外の事には、全く関心を示さない点だ。ブロンドの髪と髭は伸び放題、着ているのは、よれよれの白衣とジーンズだ。それも、毎日、年がら年中。
ホフシュタインは、今はブラジルに建設されたGHSSの定期点検をしていた。
2056年 1月6日 1522時 パース国際空港
プライヴェートジェット・エリアに真っ白なB777-200LRが駐機していた。色は真っ白で黒字で小さくVP-B00と書かれている。これは、グリフィン&クルーガー社が持っているプライヴェートジェットだ。更に、An-124が1機、装備を積み込んで待機していた。周囲では、作業員たちが機体の整備と燃料の補給を行っていた。
プライヴェートジェット・エリアへ続く鉄の門が開き、1台の大型バスが通っていった。バスは運転席以外は、かなり暗いスモークガラスとなっており、中にいる人物がどういう人間なのかをうかがい知ることはできない。真っ黒なアサルトスーツを着込み、サングラス、黒いベレー帽を身につけた警備員たちが通るよう指示したのち、門をすばやく閉じた。警備員が来ている防刃・防弾兼用のベストには『Griffin&Kruger』と書かれていた。
バスはB777のすぐ前に停車した。飛行機のAPUは既に作動中で、燃料の補給が行われている。そして、バスからは1人の若者と20人の少女たちが降りてきて、次々と飛行機に乗り込んだ。
機内は全席がビジネスクラス仕様になっており、席と席の間隔は非常に広く、それぞれが仕切りで区切られている。更に座席はリクライニングさせてベッドにすることもできる。機内Wi-Fiに備え付けのタブレットPC、かなり快適な環境だ。
五十嵐は自分のコンパートメントに入ると、椅子をすぐにフラットにしようとしたが、キャビンクルーから離着陸時は席を起こしてシートベルトを着用するよう注意された。
色とりどりな塗装に身を包んだA330やA787などが離陸し、着陸し、タキシングする。オーストラリア西海岸の大都市にある空港らしく、離発着のペースはかなり早い。
飛行機は30分ほどしてからタキシングを開始した。最初にB777-200LRが離陸し、すぐその後をAn-124がついていく。飛行機は1度、燃料の補給のためにインドに立ち寄る予定だ。それにしても、カザフスタンなんて、一生行くことなんて無いと五十嵐は思っていた。インドならば、遺跡巡りでも行こうかと思うかもしれないが。B777のエンジン回転が早くなる音が聞こえてきた。飛行機はゆっくりと滑走路上を進み、空へと飛び上がった。
水平飛行に移ると、五十嵐はすぐに席をフラットにして横になった。これから数時間は飛行機の中で缶詰状態だ。これほど長い時間飛行機に乗ることになるのは初めてだ。目の前にはモニターとキーボードがあり、GPSマップやテレビの衛星放送を見る事ができる。
「うーん、快適快適。さっすがグリフィンがチャーターする飛行機だねー」
UMP9がゲーム用のコントローラーを操作しながら、自分のコンパートメントで寝そべっていた。機内PC様々なソフトが800以上もインストールされているので選り取り見取りだ。これから数時間は飛行機の中に缶詰状態になるのだ。暇つぶしはこの程度しか無い。
実は、出発する直前になって、メンバーが二人増えた。一人は9A-91。確か、ロシアの9mm×39という、特殊な規格の弾薬を使う自動小銃だ。もう一人はステアーTMP。オーストリア製の9mmサブマシンガンだが、今は確か、スイスのブリュッガー&トーメに製造権が移って、MP-9という名前になっていたはずだ。五十嵐は急なメンバーの変更に難色を示したが、クルーガーは「1人2人増えたくらい、どうってこと無いだろう。まあ、上手くやってくれ」とまともに取り合ってくれなかった。
だが、2人も増えると、基本作戦行動を大きく変える必要が生じ、統率を練り直さねばならないこともあるのだ。五十嵐は、それをサバイバルゲームで身に染みる程経験していた。
五十嵐は、フラットになったコンパートメントの座席の上で暫く本を読んでいたが、自分でも気づかないうちにうたた寝を始めていた。