2056年 1月6日 1633時(現地時間) インド上空
飛行機が離陸してから、かなり時間が経った気がした。五十嵐智基は、自分のコンパートメントで仰向けになっていた。意識が戻ったり無くなったり。壁越しに仲間たちやの寝息が微かに、断続的に聞こえてくる。机にはミネラルウォーターが入ったペットボトルとヌガーバーが置いてある。
気流は極めて安定しており、ガタガタ揺れる事は無い。インド洋上空を飛行している時は気流が乱れていたのか、かなり激しく機体が揺さぶられたが、陸地に近づくに連れて、気流は安定していった。
五十嵐は、飛行機の天井を見ながら、出発する直前にペルシカから聞かされていた、あることについて考えていた。
『いいか、ミスター・イガラシ。彼女たちについて、幾つか話しておかねばならないことがある。まず、彼女たちはサイボーグだが、"生命維持"のために人間と同じように飲み食いをするし、人間とほぼ同じ感情をプログラムされている。しかし、戦術人形が暴走し、勝手な行動を取らないとも限らない。彼女たちは、非常に高度なAIを持っている。つまり、人間と同じように経験から学習することもできるのさ。しかし、一つだけ、決定的に人間と異なる部分がある。君が率いる小隊に所属する戦術人形たちは、君の命令のみに従って行動する。更には、君の命令には、彼女たちは、決して逆らうことはできないよう、彼女たちのAIはプログラムされている。つまり、例えば、君が戦闘中に身代わりになって死ね、と言ってら、彼女たちは自分から進んでそうする。君が彼女たちと体の関係を持ちたいと言い出しても、彼女たちに拒否権は無い。いや、拒否する、ということ自体、彼女たちの思考回路の中には無いのだ』
ペルシカは煙草を吸い、白い煙を吐き出した。
『安全装置みたいなものですか。命令に逆らって、人間を殺し始める、ということにならないようにするための』
五十嵐は、煙草の刺激臭に顔をしかめながら言った。
『そんなところだ。彼女たちは、所属する部隊の現場指揮官が変わる度に、命令系統プログラムを新しくインストールされる。この前、君が救出したジェリコとAEK-999にも、同等の措置を取った』
『ところで、そんなことは起きたことがあるのですか?戦術人形が人間の命令に従わずに勝手な行動をしたり、命令に逆らったり』
『ああ。以前、起きたことがある。戦術人形が小隊指揮官に反旗を翻して、殺した。だが、その件については、殺された指揮官にも問題があった。そいつは、自分の部隊に所属していた戦術人形たちを虐待していたからな。いつもいつも、彼女たちに暴力を振るって、更には毎日のように"夜の相手"を無理やりさせていた。さすがに彼女たちも"キレた"。戦闘中にどさくさ紛れでその指揮官を射殺したからな。クルーガーさんは最初はその人形たちを"処分"する事を考えていたが、彼女たちのメモリーを解析した結果、虐待の事実が判明した。そこで、戦術人形には安全装置を組み込むことが決定した』
『同じ様に、人間を殺したりしないようにするためですね』
『ああ。ただ、我々は、彼女たちを指揮する人間を、より慎重に選ぶことにもした。勿論、君にも、訓練中に気づかれないうちに心理査定を行っていた。それに合格しなかった人間は、理由は告げずに、問答無用で即座にクビにしている』
ペルシカは煙草を深く吸ってから煙を吐き出した。
『それで、僕は合格になったのですね』
『ああ。その通りだ。さて、新しい仲間を紹介しよう。9A-91とステアーTMPだ』
ペルシカの研究室の棚の陰から、銀髪で赤いベレー帽を被った少女が姿を見せた。五十嵐は9A-91の存在は知っていた。ロシア製のサブカービンで、9mm×39という、特殊な弾丸を使用する。銃床を伸ばしても60cm程度の長さにしかならない、コンパクトな銃だ。
もう1人の少女は、妙な飾りが付いたベッドセットを身に付けて、長いコートを着ている。しかし、妙な点があった。五十嵐は、最初はその違和感の正体がわからなかったが、彼女の姿をよく見るとわかった。コートの裾から、長い尻尾が伸びていたのだ。
『9A-91です。よろしくお願いします。あなたの部隊に所属するのですね』9A-91は、五十嵐のことを興味津々といった様子で、その青い瞳でじっくりと眺めてきた。
『ステアーTMPです。よろしく』
『それで、この二人が合流するのは、カザフスタンから帰って来てからですか?』
『いや、彼女たちが君の小隊に加わるのは、今からだよ』
何だと。明日は、作戦が控えている。それにも関わらず、直前でメンバーを二人も追加だと?
『ペルシカさん、ちょっと待って下さい。今からというのは・・・・・』
そこで、ドアをノックする音が聞こえ、クルーガーが入ってきた。グリフィンのゴッドファーザーは、部屋に充満した煙草の匂いに顔を顰めた。
『やれやれ。ペルシカ、また肺をいじめているのか?』
『自己責任ですよ、クルーガーさん』
『全く。そして、その子たちがB小隊の新しいメンバーか?可愛いじゃないか。大切にしてやれよ、五十嵐君』
2056年 1月6日 0845時(現地時間) ブラジル某所
グリフィン&クルーガー社の研究施設の実験室で、チューブや電極に繋がれた少女がベッドに寝かされていた。その傍らでは、研究者がパソコンに向かい、キーボードを叩き続けていた。
「やれやれ。上は何と言っているんだ?」
PCで人格ソフトウェアと感情ソフトウェアの校正をしていたジェフリー・ロバートソン博士は、相棒の長谷川智人博士に言った。
「早いところこの子を誕生させて、次に取りかかれ、とさ」
少女が寝かされているベッドの側には、強化プラスチックや耐熱ポリマーで設計される現代の銃とは一線を画した、古めかしい、金属と木でできた銃が置かれていた。見た目は普通のライフル銃のように見える。が、長い弾倉がトリガーの前に取り付けられている。銃身はそれ程長くなく、ボルトアクションやレバーアクションの銃と違い、トリガーガードの下にも、グリップの上にもハンドルが無い。その代わり、機関部のすぐ上にチャージングハンドルがある。
「やれやれ。さて、この銃をスキャナーにかけるのか。それにしても、こいつをどこの博物館から持ってきたんだ?」
「さあな、知らんよ。俺もこんな銃は見たことが無い」
「俺もだよ。さて、始めるとするか」
ロバートソン博士は銃をスキャナーの上に置いた。スキャナーが作動し、銃の外部と内部をX線でスキャンしていく。
長谷川博士は自動小銃のデータを専用のソフトウェアでソースコードに変換し、そのソースコードと人格ソフトウェア、感情ソフトウェアといったものをAIへインストールし始めた。
PCの画面には、次の文字が表示されていた。
AI Souse Code Installing Now
AI Personal Software Standing By........
Emotion Software Standing By.........
AI Program Standing By.......
System Online......
Weapon System Standing By.......
Firearm Link Standing By.......
Mission Protocol Standing By........
Doll`s Body Normal.........
Physical System Normal..........
Electric Brain Normal..........
後はコンピューターが全部やってくれる。長谷川は携帯電話を手に取り、番号を押した。
「ペルシカさん。インストールが完了しました。後は、彼女が目覚めるのを待つだけです。ええ。勿論、"誕生"後は規定に則って独房で48時間の監視を付けます。その後の教育プログラムも勿論、いつも通りに。では、後ほど・・・・・。ええ、そのとおりです。わかりました。では、そのように」
長谷川は電話を切り、ベッドに寝かされた少女の方を見た。
「さて、今日は君の誕生日だ。お祝いのケーキを用意しておかないとな・・・・・」