2056年 1月7日 1035時 カザフスタン
鉄血製造工廠の狙撃兵は、情報通りならばすぐにやってくるはずの獲物を待ち続けていた。無人偵察機の情報では、この幹線道路を傭兵の
この狙撃兵チームは、この道を通る車や人を無差別に射殺してきた。500m先にある道路は、大口径のライフルで撃たれた車の残骸や大小様々な人間の死体と、それから飛び散ったと思われる人体組織が転がっている。一部の死体は腐敗が始まっており、腐り落ちた肉から骨の一部が見えている。この部隊が受けていた命令は一つ。この通りを封鎖せよ。通る人間は、軍人であれ民間人であれ。全て射殺せよ。
4人の鉄血兵は、手に持った不格好な狙撃ライフルのスコープをひたすら覗き込んでいた。周囲に対する警戒は完全に疎かになっている。これまでに自分たちにとって脅威となるものは、ほとんど無いに等しい、と考えているかのようだ。先日は、この地域のカザフ陸軍の小さな駐屯地を2ヶ所、壊滅させてきた。援軍が到着するまではかなりの時間がかかるだろう。
鉄血兵のCPUとAIが新たな命令を受信した。その場に留まり、無差別に人間を殺傷せよ。鉄血兵はSF映画に出てきたような形をしたライフルの弾倉を一旦外し、ボルトを引いて薬室の中を確認し、弾倉を元に戻した。その銃に使われているのは、世界のどの国の軍が使っている弾薬とも適合しない、独自仕様のものだった。
だが、その様子を、遥か遠くから見ていたものがあった。上空18000mを飛ぶ、エイのような形をしたグリフィンの
2056年 1月7日 1037時 カザフスタン
「みーつっけた。指揮官、今からマーキングするね。データリンク、オンライン!」
AM-RFBが舌なめずりをしてタフブックのキーボードを猛烈な勢いで叩き始めた。UAVからの俯瞰画像が表示され、所々に赤いマークが付く。鉄血の狙撃兵が潜んでいる地点だ。その情報は、ネットワークを通じて、小隊全員に共有された。
「射角よし。指揮官、始めるよ」UMP45が話しかける。
「準備完了!」
五十嵐は、重い81mm砲弾を迫撃砲の砲口に半分突っ込んだ状態で保持した。両手を離せば、それは即座に飛んでいき、敵を殺傷するだろう。
「こっちもOK。いつでもご命令を」
M14が五十嵐と同じように、迫撃砲に弾をセットしている。
「攻撃5秒前・・・・・・3、2、1、発射!」
青年と少女たちは、迫撃砲を撃ち始めた。
2056年 1月7日 1036時 カザフスタン
鉄血の狙撃兵たちは、現地の簡易指令部にこの先の行動をどうすべきなのかをようやくネットワークを使って問い合わせた。暫くして、移動せよ、との命令が届き、鉄血兵たちは、銃を手に立ち上がった。その時、甲高い風切り音が聞こえてきた。
鉄血兵のSSDには、迫撃砲の音は記録されていたため、すぐに移動しようとした。が、遅すぎた。1発目が着弾し、爆発する。鉄血兵は、蜘蛛の子を散らしたようにその場から走り始めた。だが、一人が右の膝から下を砲弾の破片にもぎ取られ、もう一人は、もろに破片を浴びた。ズタズタに切り裂かれたサイボーグの体から、白い液体がぶちまけられる。
一人の鉄血兵は、ライフルを手に、千切れた左足から白い人工血液を流しながら這いずり周っていた。そのサイボーグに砲弾が直撃し、周辺に人工培養された細胞組織をそこらじゅうに撒き散らした。
2021年 1月7日 1037時 カザフスタン
対物ライフルを持った少女が爆発音を聞いた。近い。どうやら、誰かが戦いを始めたようだ。彼女はライフルを持つと、先ほどまで隠れていた小屋を出て歩き始めた。だが、出会えるのが味方とは限らない。ここでは、グリフィン、鉄血、カザフスタン政府軍の他、様々な武装した人間たちがいて、それぞれが違う理由で戦っている。人間がいたとしても、味方とは限らない。実際、彼女は指揮官から、グリフィンの人間以外は信用するな、と教えられていた。
ライフルを持つ少女、ZVIファルコンは、雪が降り積もった開けた荒野を歩き続けた。爆発音はまだ聞こえている。味方に連絡を取れないのが、かなり堪えていた。だから、遮蔽物に隠れつつ、スコープで周囲を確認しながら慎重に足を進めた。
2056年 1月7日 1043時 カザフスタン
迂闊だった、と南アフリカ出身の若者、ナイジェル・ホーパーは思った。つい鉄血ばかりに注意していた結果、同じ人間に襲われるとは考えてもいなかったのだ。
ホーパーは、グリフィンのO中隊の指揮官だ。だが、今は、両手両足を縛られ、このどことも知れないコンクリート製の建物の一室に拘束されている。
AK47やPKM、UZIで武装した集団からO中隊は襲撃された。部隊の狙撃手である人形を単独偵察に出してから、1時間程した時の事である。男が引き連れる部隊の車列が
ホーパーは両手を縛られ、目隠しをさせられ、椅子に座らされている。ここがどこなのか、全く見当がつかなかった。だが、時折、男たちの下卑た笑い声と、仲間たちの悲鳴と、自分に助けを求める声が聞こえてくるのだけはわかった。どういう状況かは、直接見に行かなくてもわかる。彼女たちは、自分以上の地獄を味わっている。
やがて、扉が開く音が聞こえてきた。入ってきた人間が、何やらカザフ語で喚いているのが聞こえる。そして、また自分にカザフ語で何やら話しかけてきた。残念ながら、自分には英語とアフリカーンス語以外はわからない。だが、1人だけ。部隊の狙撃手であるZVIファルコンだけは、狙撃地点に置いてきた。運が良ければ、味方の部隊が拾ってくれるだろう。だが、すぐ近くにいると言うのに、指揮官である自分が仲間たちを助けに行けないことが、ただただ歯がゆかった。こんな連中、ショットガン1丁あれば、確実に皆殺しにできると言うのに。
間違いなく、自分は死ぬだろう。それが、自分が唯一できる、仲間たちに対する贖罪になるだろう。自分がしっかりと周囲に対する警戒を怠ってさえいなければ、こうして仲間たちは虐待され、レイプされることも無かったのだから。
南アフリカ人を拘束したカザフの武装勢力の男は、腰のホルスターからMP443拳銃を引き抜き、スライドを引いて9mm弾を薬室に送り込んでホーパーに向けた。そして、何やらカザフ語で言って、下卑た笑い声を上げた。しかし、ホーパーには、男が何を言っているのかさっぱりわからなかった。
「おい。俺に何か言いたいのなら、アフリカーンス語か英語で話しやがれ。それ以外の言葉はわからん」
カザフ人の男は、また何かカザフ語で言ってから、天井に向けて1発撃った。そして、また何か言ってから、ホーパーの頭を撃った。