2056年 1月7日 1059時 カザフスタン
五十嵐たちは迫撃砲を片付け、先程の奇襲の戦果確認をしていた。と、言っても、先程組み立てたRQ-11レイヴン無人偵察機を砲撃したエリア上空に飛ばすだけであった。
AM-RFBが小型コンソールで無人偵察機を操作し、地上の様子を確認した。コンソールのモニターには、鉄血兵の死体と鉄血のUGVの残骸が散らばるだけであった。
「今のところ、生きている敵はいないっぽいけど、まーあ、用心するに越した事は無いよね」
五十嵐は、無人偵察機のコンソールのモニターをRFBの肩越しに覗きこんでいた。UMP9が五十嵐の直衛をして、他の仲間たちは装備の点検と、周囲の警戒をしていた。
「指揮官」
G36の声に五十嵐は振り返った。
「81mm弾が残り少ないです。それと食料と水も。GHSSで送ってもらいましょう」
「確かに、いつでも補給して貰えるとはいえ、調子に乗って景気よく撃ち過ぎたか。無人偵察機のバッテリーは?」
「それも送ってもらいましょう。バッテリーも必要です」
「わかった。そうしよう」
五十嵐はタブレット端末を操作し、補給リクエストを送った。
2056年 1月7日 1302時 モンゴル
マスドライバーからカプセルが連続して射出された。このマスドライバー施設には、連日、ヘリコプターや飛行機で大量の物資が届けられてきている。武器弾薬、食料、飲み水、医薬品その他諸々々。それらの物資は、グリフィンの部隊がリクエストしたものごとに仕分けられ、カプセルに詰め込まれ、マスドライバーで撃ち出される。周囲には、歩兵戦闘車、攻撃ヘリ、地対空ミサイルなどが配備され、物々しい雰囲気を醸し出している。ここは、グリフィンが世界中に派遣している部隊の生命線となる施設だ。
2056年 1月7日 1341時 カザフスタン
五十嵐たちがいる地点から350m離れた場所の上空でパラシュートが開いた。大きな炭素繊維でできたカプセルを吊り下げている。
カプセルはゆっくりと空中を降下し、地面に落ちた。隠れ場所からスオミとAEK-999が駆け寄り、蓋を開けた。中身の弾薬や食料、飲み水などを部隊のメンバーに配る。幸いにもまだ負傷者はいないため、医薬品は手持ちの分だけで事足りそうだ。
装備品をまとめ終わった時、雷鳴のような音が響き渡った。だが、雷ではない。空は晴れ渡り、白い雲が疎らに見えるだけだ。
「マルドゥーク」416が呟くように言った。今回の目標である、鉄血の超兵器。出発前にペルシカから聞いた話では、マルドゥークは従来の火砲兵器と違い、装薬を使わず、電磁石の力で砲弾を撃ち出す兵器だという。つまり、レールガンとかいう類いのものだ。
しかし、レールガンは、アメリカ海軍や中国海軍などが、駆逐艦や巡洋艦に搭載する兵器として開発を続けているものの、技術的問題から一向に実用化の目処が立っていないのが現実だ。
「なあ、416」
「何、指揮官」
「マルドゥークってのは、レールガンだろ。だが、レールガン自体は、どの国の軍でもまだ実用化されていない。なのに、何故奴らはそれを実用化できたんだ?」
「確かに、奴らは人間を遥かに越えたオーバーテクノロジーを持っている。でも、人間だって、ここ数年でかなりの技術を進化させた。私たちが、元々何の為に開発されたものの発展型なのかくらい知っているでしょ?」
勿論、五十嵐はペルシカからそれについては聞いていたため知っていた。戦術人形の元になったのは、I.O.P.製造会社というアンドロイドメーカーが開発したAI搭載型セクサロイドだ。極めて精巧な10代半ばから20代後半くらいの女性を型どったアンドロイドシリーズで、世界的なヒット商品となっている。
それは、前世代のアンドロイドと違い、触感が生身の人間に極めて近く、体内に搭載された発熱システムにより、人間の体温に近い温度を発し続けている。更に、搭載されるAIには細かく、複雑なプログラムを設定することができる。エネルギーの維持には、人間と同じ食べ物を与え続けるだけで良いのだ。
「ああ」
「鉄血の連中が持っている技術は、人類のテクノロジーと比べたらかなり進んでいる。だけど、人類がそれを手に入れたら、テクノロジーは50年か100年は早く発展すると考えているの。もっとかもしれない」
「そりゃそうだろうな。マルドゥークなんかは、その代表みたいなものだろ」
「奴らは、更にはサイボーグの電子頭脳をネットワークに直結させたりしている。勿論、グリフィンも対抗策を研究しているところ」
「つまり、それをやれば、コンピューターウィルスやワームを使わずとも、直接コンピューターの中に侵入できるってことになるじゃないのか」
何てこった。SF映画の中の出来事が、もう既に現実のものになりつつあるのか。
「そういうこと。勿論、奴らがそういう攻撃を、近いうちに実行するとグリフィンは予測している」
「厄介だな」
「さて、補給も済んだ事だし、先に進みましょう、指揮官」
416は、他の仲間と違い、あまり表情を変えず、感情を表に出すことも少ない。G11が、作戦前になかなか起きない場合は別だが。とはいえ、無表情で無感情な機械を相手に話すよりは遥かにマシだ、と五十嵐は思った。
2056年 1月7日 1421時 カザフスタン
つい30分前から、天候が急変した。強風が吹きすさび、それに乗って北からどす黒い雪雲が流れてきた。
「指揮官、東に3キロ行った場所に、簡易シェルターが設置されているみたい。そっちでやり過ごした方が良いみたいだよ」
AM-RFBがタブレットPCの画面を五十嵐に見せて言った。確かに、これから天候は荒れそうだ。無理に進軍すべきでは無い。
「よし、そうしよう。みんな、はぐれないように、出来るだけ固まって歩こう」
それから、すぐに猛烈に雪が降ってきた。風はまだ強くないが、視界が悪く、極めて危険な状態だ。降り積もった新雪に足を取られて歩きにくい。五十嵐は、銃を持つ手が、だんだんと冷えて動かしづらくなってきている事に気づいた。サイボーグである仲間たちは平気な顔をして歩いているが、B中隊の指揮官は次第に動きが鈍くなってきた。
そして、シェルターが目の前に迫ってきた時、五十嵐は雪に足を取られて転んでしまった。隣にいた416がすぐに支える。彼女は、五十嵐の顔と首に触れた。かなり冷たい。
「早く指揮官をシェルターに!このままだと危険だわ!」
2056年 1月7日 1437時 カザフスタン
グリフィンが設置したシェルターは、2枚の鋼鉄の間に、タングステン、チタン、そして特殊加工したセラミックを挟んだ材質でできていた。広さは、かなりのもので、極めて大容量のバッテリーと太陽光パネルが設置され、電力を供給している。
スプリングフィールドが、五十嵐を暖房器具の前まで連れていき、スイッチを入れた。シェルターの中は冷えきっており、暖まるまで時間がかかりそうだ。そして、彼女は、五十嵐をシェルターの中にあった毛布でくるんだ。
「さて、見張りは3人ずつ、交代で。そうね。この状態だし、1時間ごとにしましょう。だれか、動体センサーを持ってきた?」
UMP45が戦術人形たちを周りに集め、これからの行動指針について話していた。
「これね。シェルターの周りに?」
9A-91がクレイモア地雷を大型化して、下の脚をかなり太く、ごっついものに取り替えたような装置を取り出した。上には小さなセンサーが幾つか乗っている。
「そう。それをお願い」
「わかった」
9A-91は極寒の外に出ると、装置を仕掛けに行った。動体センサーは小型のレーダーのようなもので、約1km先の動くものを天候に関わらず探知できる。
「それと、誰か暖かい飲み物を用意して。それと、食べ物も」
シェルターには、保存食、ミネラルウォーター、医薬品、固形燃料などがあった。G36が水を薬缶に入れて、火を点けた固形燃料をくべた簡易ストーブの上に置く。AM-RFBが衛星無線機で基地に連絡を取ろうとしたが、雑音が聞こえるだけで、繋がらない。
「うーん、天気のせいかな?無線が繋がらないよ」
「それは、極超短波から超長波までチャンネルを使えるのよ。この天候でも・・・・・・」
そこまで言って、UMP45はハッとした。恐らく、ジャミングのせいだ。
「まずいわね。これだと補給を受けられるかどうかもわからない」
「45姉、どうするの?」UMP9が訊く。
「まずは、天候回復を待とう。これだと、補給もできないし、作戦も続けられない。みんな、食料と水は、出来るだけ節約して。それと、指揮官の体調に気を付けて」