2056年 1月7日 1712時 カザフスタン
あれから、どれだけ歩いて来ただろうか。ZVIファルコンは、荒れ狂う吹雪の中、銃を手にたった一人で進んできた。先程、グリフィンの部隊とやっと遭遇したが、その部隊は全滅していた。人形たちはバラバラに解体され、指揮官とおぼしき男が、少女に覆い被さるようにして死んでいた。銃瘡が見当たらないことから、恐らくは凍死だろう。その少女の傍らには、SIG-SG510が転がっていた。ファルコンは、SG510がまだ生きているかもしれない、と思い、指揮官の遺体を押し退けて調べてみた。
ダメだった。彼女のコアと電子頭脳は、完全に機能を停止し、指令部のラボでバックアップされた人格プログラムを再インストールしなければ修復不可能な状態であった。だが、早く他のグリフィンの部隊と合流できなければ、自分も早晩、そうなってしまうのは明らかだ。
ファルコンは一度、ビーコンのスイッチを入れてみた。すると、どうだろう。IFFに反応があり、ほんの2キロ先に味方の部隊がいるというのだ。
彼女は、ヌガーバーの包装を破き、噛みついて自分を奮い立たせた。視界は悪く、300m先程までしか見えない。だが、ファルコンはしっかりと、力強く、一歩ずつ、雪原を進み続けた。
2056年 1月7日 1732時 カザフスタン
「指揮官、これを見て」
AM-RFBがタフブックの画面を五十嵐に見せた。画面には戦術GPSマップが表示されている。自分たちがいる場所には青い輝点が点滅している。そして、別の青い輝点が、ほんの1km先の東にあった。それは、どんどんこちらに近づいてくる。
「青は確か味方だったな」
五十嵐は毛布を着たままだった。背中にUMP9がもたれ掛かって眠っている。
「そう。青が味方、赤が敵。緑が無関係の人間とかで、黄色が敵か味方かわからない奴。この青は、さっきまではいなかったんだけど、たった今現れたの」
「よし、部隊指揮官か戦術人形かどうかはわからんが、そいつと合流しよう。念のため、みんなには戦闘準備をさせておいてくれ」
銃を持った少女たちが、小屋の周囲に展開し、防御ラインを作る。五十嵐は、自分のFN-SCAR-Mk17の上に載せたACOGをサーマル式狙撃スコープに取り替えた。更にレシーバーのアンダーレールに二脚を取り付ける。バレルを460mmのスタンダードから508mmのロングに取り替えたため、セミオート狙撃ライフル並みの射程は得られるはずだ。
SV98は自分の銃に載せた光学スコープをサーマルスコープに取り替えた。赤外線画像で、白黒ではあるものの、吹雪の中でもはっきりと外の様子を伺うことができる。不意に、向こうに動くものが見えた。だが、シルエットから判断すると、それは野生の馬のようだ。
『標的は北東からどんどん近づいてきているよ。距離500。あと少しで・・・・・・・待って、東の方にも何かいる。数18、距離5000。IFFに反応無し。こっちに来る』
くそっ、2方向から、正体不明の奴が接近している。しかも、新手は数が多い。だが、最初の奴は味方である可能性が高そうだ。五十嵐は考えた。
「全員、新手の方を警戒しろ。1人の方は僕が引き受ける」
五十嵐はIFF代わりにケミカルライトを両腕、両足、胸と背中に取り付けた。これならば、暗視装置越しだと光って目立つため、敵と間違われる確率が多少は減る筈だ。
「大丈夫なの?それ」416が五十嵐を怪訝な表情で見た。
「1人の方は味方かも知れないんだろ?なら、正体がわからない方を警戒しないと」
「1人の方も味方じゃなかったら?」
「その時はその時さ」
2056年 1月7日 1735時 カザフスタン
ZVIファルコンはビーコンを見た。味方部隊まであと150m。そして、遂にバラックのコンテナに、銃を持った戦術人形たちがいるのが見えた。微かに、1人がこちらに向かってくるのが見える。あの人がこの小隊の指揮官だろうか。ファルコンは、銃をしっかりと抱え、腰を屈めた状態で残り全ての体力を使いきるつもりで走った。だが、突然、左型に衝撃が走った。人工血液が飛び散り、ファルコンは悲鳴を上げて雪の上に倒れた。
五十嵐は、ようやく見えてきた人影がうつ伏せに倒れるのを見た。自動小銃を小脇に抱え、匍匐前進でその人物のもとへ向かう。やがて、銃声が散発的に聞こえてきた。仲間たちが戦闘を開始したらしい。
「大丈夫か!?」
五十嵐は、赤い三角巾を被り、大きなライフルを持つ少女に話しかけた。
「肩を撃たれました。すみません、銃を撃てそうにないです」
五十嵐は、周囲を見回した。そして、暗視ゴーグル越しにサブマシンガンを持つ鉄血兵を見た。銃を構え、引き金を引く。1発撃っただけで敵は倒れ、そのまま動かなくなった。そこまで狙って撃った訳ではないが、運良く鉄血兵の急所に直撃したらしい。
激しい風の音に銃声が混ざる。更に3人の敵が近づいてきた。五十嵐は、少女を庇うように覆い被さり、FN-SCAR-Mk17を撃って敵を倒す。周囲を見回し、更に敵が近づいていないかを確認した。どうやら、この周りにはいないようだ。
「よし、敵は任せてくれ。君をシェルターまで連れていく。離れるなよ」
五十嵐は、少女が持っていた馬鹿でかいライフルをスリングで背負った。かなり重い。大きさからして、50BMGか460ウェザビーマグナムの対物ライフルに違いない。腰のパウチから止血パッドを取り出し、少女の肩に貼る。その上からしっかりと包帯を巻いた。銃声は鳴り続けている。五十嵐は、少女の右腕を肩に捕まらせ、左腕を彼女の腰に回し、身を屈めてシェルターへと向かった。
五十嵐はZVIファルコンを支えながらシェルターに向かった。周囲では銃声が鳴り続けているが、個人用インカムをシェルターに置いてきてしまったため、仲間と連絡を取ることができないでいた。だが、シェルターの位置はしっかりと把握している。暗視ゴーグルの白黒画像に、シェルターがようやく見えてきた。
2056年 1月7日 1739時 カザフスタン
M60が猛烈な勢いで7.62mmNATO弾を敵に向かって撃ち続けていた。すでに数百発の弾丸を撃っていたため、途中で銃身を交換しなければならなかった。熱くなった銃身は、雪の上に置いておいた。そうすれば、すぐに冷えるはずだ。
「ちょっと、指揮官はどこなの!?」
UNP9の声にM14は暗視ゴーグル越しに周囲を見回した。そして、ようやく、匍匐前進でこちらに向かってくる人影を2つ、確認した。
「いた!1時方向!」
白黒画像で、大きなライフルを背負い、少女を支えながらこちらに向かってくる指揮官の姿が見えた。
「みんな、指揮官を援護して!」
UMP45の声で戦術人形たちが一斉に銃撃を開始した。様々なタイプの弾丸が宙を飛び、敵に向かう。これが人間相手であればかなり効果的な牽制であったが、鉄血のサイボーグ兵士やロボット兵士は、ズタズタに切り裂かれても全く構わずこちらに前進してくる。五十嵐とファルコンは、頭上を銃弾が飛び交う中、匍匐しながらゆっくりと、但し着実に仲間たちへの元へと向かっていった。
五十嵐とファルコンはようやくシェルターのすぐ前に到達した。だが、その直後、五十嵐は右の肩甲骨の下の辺りに衝撃を受けて倒れた。
「指揮官!」
UMPの姉妹が五十嵐を引っ張って、バリケードの後ろに隠した。UMP45が五十嵐の背中を確認する。幸いにも、弾丸は防弾チョッキに阻まれて潰れていた。
「大丈夫だ。それよりも、この子を」
M9とスプリングフィールドがファルコンをシェルターの中に連れて行った。G36が傷の状態を確認する。
「防弾チョッキで止められていますね。貫通どころか、かすり傷一つ無いです」
「わかった。じゃあ、大丈夫だな」
五十嵐はMk17SCARの薬室を開けて確認した。弾倉は新型の半透明プラスチック製なので、僅かな明かりにかざせば、残弾数がある程度わかる。まだ半分も使っていない。五十嵐は銃を手にすると、敵に銃撃を浴びせに向かおうとした。だが、次の瞬間。
「馬鹿!」
突然、顔面に衝撃的が走り、視界が天井を向いていた。顔を上げると、UMP9が鬼の形相でこちらを見下ろしている。
「人形なんかの為に危険に晒して!何考えているの!」
普段は明るい性格なUMP9が、かなりの怒気を孕んだ様子で五十嵐に向かって叫んだが、その声はだんだんと涙声になってきた。
「指揮官が死んじゃったら・・・・・私たち・・・・どうすればいいのよ・・・・・・」
五十嵐は、呆然とした様子でぼろぼろと涙を流して泣くUMP9を見上げた。やがて、彼女の姉が助け船を出した。
「2人とも、今はファルコンの傷の状態を確認して、手当てしてあげて。それから、RFB?」
「何?」
「無人機は?」
「リーパーが近くを飛んでるよ。使う?」
「うん。やっつけちゃって」
2056年 1月7日 1742時 カザフスタン
MQ-9から矢継ぎ早に発射されたAGM-114Fヘルファイア対戦車ミサイルが、鉄血兵の陣地に撃ち込まれた。更に、2発のGBU-12レーザー誘導爆弾も投下される。
凄まじい爆発の後に残ったのは、ロボットの残骸とサイボーグの死体だけだった。リーパー無人機は、戦果確認のため、暫くその場の上空を旋回し続けた後、基地へと向かっていった。