2056年 1月7日 1936時 カザフスタン
五十嵐たちはシェルターで一晩過ごし、吹雪をやり過ごすことにした。鉄血兵は今のところ、襲撃に来る様子は無いものの、またいつやって来るかわからないため交代で見張りを立てることにした。ファルコンは、自分が五十嵐たちと合流するまでのいきさつを話し始めた。
「私は指揮官の指示で、後方から離れた場所から進軍を援護していました。しかし、3日前の昼間に指揮官から襲撃された、と無線で連絡があってからはぐれてしまい、その後、ずっと一人で鉄血と戦いながら、仲間を探していました。そして、やっとあなたたちに見つけて貰ったのです」
「部隊は何人いたの?」416が訊く。
「私と指揮官を含めて20人。無線機は途中で無くしたので、連絡が取れなかったのです。無線機はありますか?もしかしたら・・・・・・」
「残念だけど、こっちも無線機が使えないの。壊れたとかじゃないで、今日の夕方前くらいから、妨害電波のせいで通じなくなっている」
「妨害電波・・・・・マルドゥークの防御施設のものですか?」
「そう。お陰でインターネットも使えなくなって、グリフィンの公式サイトにすらアクセスできない。衛星電話も勿論おじゃん。ここまでの電子妨害を見るのは初めてね」
「これ程の電子戦ができるのは、アメリカ軍とか、ロシア軍か中国軍。それくらいだろうな」五十嵐が言う。
「ロシア軍・・・・・ですか。指揮官とはぐれる前に、彼がロシア軍の輸送機と戦闘機だと言っていた飛行機が何機か飛んでいるのを見ました。しかし・・・・・・」
「撃ち落とされたの?」UMP45が言う。
「はい。何かが飛んできて、飛行機を全部撃ち落としたのです。でも、ミサイルとかでは無かったはずです。飛行機がいきなり爆発しただけでしたから。私たちは様子を見に行きましたが、残念ながら、生きている人は見つかりませんでした。その後、指揮官は私に離れた後方から支援をしてくれ、と言われました。それからは、さっき言った通りです」
「ロシア軍の飛行機を撃ち落としたのは、多分、マルドゥークね。レールガンだから、ミサイルみたいに推進剤の煙は出さない。砲弾の速さも地対空ミサイルとは桁違いだから、パイロットは何にやられたのかもわかりもしなかったはずね」416が言う。
「しかし、火器管制レーダーを照射されたら、飛行機で警報が鳴るんじゃないのか?」と五十嵐。
「理由は単純。レールガンの砲弾はミサイル警戒装置では検知できない。確かに火器管制レーダーに捉えられたら、それに対する警報はコックピットでは鳴るけど、ミサイルアラートは鳴らないわよ」
「厄介だな」
「しかも、一般的な地対空ミサイルの速度が早くてもマッハ5程度。それに対して、レールガンの弾速はマッハ7からマッハ10。あまりにも違い過ぎるわ」
「ああ。それだと、逃げられ・・・・・」
五十嵐は、急に手が震えているのを感じた。シェルターの中は暖かいはずなのに寒気がする。おまけに妙な倦怠感もあり、頭もぼんやりしてきた。
「指揮官、どうしたの?」UMP45がまじまじと顔を覗きこんできた。
「ん?ああ。ちょっと体が冷えたみたいだ」
「ちょっと待って」416が両手で五十嵐の首と頬に触れた。驚く程冷たい。
「体温計は?」
五十嵐はバッグパックから体温計を取り出し、暫く脇に挟んだ。計測値は35.1度だった。
「大変!保温材と毛布!それと、暖かい飲み物を用意して!」
UMP9が毛布を何枚も五十嵐の体の上に掛けた。G36がホットドリンクパックを化学ヒーターで温め始めた。そして45が五十嵐の体に両腕を回した。
「ここにいるみんな、指揮官の周りに集まって!体を温めるの!」
おしくらまんじゅうか。確かに、体を温めるには一番の方法だ。低体温症にでもなったら、作戦そのものに支障をきたすし、なにより命が危なくなる。暫くはこうして固まっているのが一番のはずだ。
2056年 1月7日 2307時 カザフスタン
それからどれだけ時間が経っただろうか。五十嵐はゆっくりと目を開けた。どうやら、眠ってしまっていたらしい。左腕を動かして腕時計を見た。現地時間で23時を過ぎている。シェルターの扉が開き、416とSV98が入ってきた。どうやら見張りの交代の時間らしい。
「どう、指揮官。気分は」
「だいぶ温まってきたよ。これならもう大丈夫みたいだ」
UMP9と彼女の姉が、五十嵐を挟むようにしてぴったりとくっつくようにして眠っていた。他の仲間たちも、体を寄せ合って眠っている。
「どれ」
416は両手で五十嵐の顔と首に触れた。
「だいぶ温まったようね。これならば大丈夫でしょうけど、まだ油断はしないで。暫くは見張りに立つのは駄目よ」
そして、416は次の見張り当番を起こしにかかった。G11とAEK-999だ。
「ううーん、もう交代の時間かい?それじゃ、行ってくるよ」
AEK-999は銃に7.62mm×54R弾を装填し、コッキングレバーを引いた。そして、シェルターの扉を開いて外に出た。強烈な冷気が一瞬だけ、室内に入り込む。だが、G11はなかなか起きなかった。
「こら、起きなさい。見張りの交代よ」
416はG11をやや強く蹴った。
「ううー、まだ眠いよー」
「あんたはもう十分寝たでしょ。さあ、見張りの時間よ」
416が再びG11を蹴ると、彼女はようやく起き上がって銃を手に外に出た。
「G11は僕と同じで、朝に弱いからな」
「あいつは、放っておいたらいくらでも寝るのよ。最長で3日間ずっと寝てたこともあったわ」
「朝寝して夕方に起きたことはあったけど、流石に3日間ずっとというのは無かったな」
「指揮官、何か飲む?もう少し体を温めないと」
「そうだな。さて」
五十嵐は自分のリュックの中を漁り、化学ヒーター付きのコーヒーパックを取り出した。これは、ゼリードリンクのパックのような形をしており、側面に空気に反応する加熱剤が貼り付けられている。加熱剤のフィルムを取り外して暫く揉んでいると、加熱剤が酸素と反応し、コーヒーはすぐに温まった。五十嵐はパックに取り付けられているチューブを咥え、中の温かい液体を吸った。
「薄っ。微かにコーヒー味がするだけのただの水かな、これ」
「指揮官が飲むコーヒーが濃いだけでしょ。よくあんなの毎朝飲めるわね」
「あれくらいが普通だよ」
「へへー。でもさ、指揮官、役得だよね。グリフィンに拉致されなかったら、さっきみたいに、あんな風に女の子にくっつかれること無かったでしょ」いつの間にか起きていたUMP9が五十嵐をニヤニヤした顔で見て言った。
「そう言うあんたは、いつまで指揮官にくっついているのよ」
「えー、いいじゃん。寒いんだし」
「全く。いい気なものね・・・・・・」
416がそこまで言った時、雷鳴のような音が聞こえた。
「今のは・・・・・・?」
416は銃の薬室を確認した。5.56mmAPM弾はしっかりと装填されている。五十嵐も彼女に倣った。
「敵か?こんな状況では戦いたくは無いが・・・・・」
再び雷鳴。
「AEK、今のは何?」
416が外で歩哨として見張りに立っているAEK-999に話しかけた。
「雷の音にしてはおかしい。こんな風に聞こえるなら、普通は稲光が見えてもおかしくないはずだ」
そうなると。
「結論は1つ。この音はマルドゥークの発射音ね」
「レールガンってのは、火薬を使うものに比べたら静かだと思っていたが、そうでも無いんだな」と五十嵐。
「マルドゥークは97口径635mm砲よ。砲身の長さだけでも60mを軽く超えるわ」
「そんなバケモノを壊しに行くとは、参ったね」
「それでも、マルドゥークを放っておく訳にはいかない。あれがあると、この辺りを飛ぶ飛行機は無差別に撃ち落とされる」
「それで。接近してセムテックスを仕掛けて爆破か?」
「それが一番良いはずよ。施設の防衛部隊さえ排除しちゃえばこっちのものよ」
「わかった。まずは、夜が明けて、晴れるのを待とう。動くのはそれからだ」