2056年 1月8日 1113時 カザフスタン
昨日の吹雪が嘘のように収まり、周囲はすっかり静かになった。彼女は武器を確認し、隠れ場所から這い出た。撃墜された軍の輸送機は快適とは言えなかったが、中には食糧と5.56mm弾、固形燃料、防水マッチなどが大量に残されていたため、それらを手に入れることはできた。どれも生き残るためには不可欠なものだ。
姉妹たちとはぐれてからどれだけ経っただろうか。たった3人での任務には不安は全く無かった。いつものことだった。だが、作戦がこれからという時に、乗っていた輸送機が撃墜された。最初は他の仲間とは、一緒に行動していたが、先程、敵と戦闘している最中にはぐれてしまった。
手元には無線機も無く、グリフィンの前方指令部とすら連絡を取ることができない。発煙筒や信号弾はあるが、敵に気づかれる危険性がある中で使うのはどう考えても致命的だ。
だから、彼女はあらかじめ決められた回収地点へと向かった。運が良ければ、グリフィンの部隊と合流できるだろう。
2056年 1月8日 同時刻 カザフスタン
五十嵐は朝食のターキーサンドにかじりついた。化学ヒーターで温めておいたので、普通に食べられる状態だ。
気象衛星からの情報によれば、今後は低気圧はこの辺りには無く、天候は安定するようだ。
「よし、出発しよう。装備を確認しておいてくれ」
明け方まで見張りをしていたAM-RFBとG36を休ませていたため、出発は昼近い時刻となったが、無理は禁物だ。
仲間たちは、武器と装備品を確認し、五十嵐に大丈夫だと伝えた。
「まずは、目標地点の飛行機が墜落した辺りへ向かおう。ここから30km程東の場所だ」
「みんな、5m間隔で歩くこと。416とG36は先頭を歩いて。M60とM14は後ろをお願い。9、あなたは私と一緒に指揮官の護衛よ。RFB、滞空無人機にはアクセスできた?」UMP45が戦術人形たちに指示を出した。
「できたよー。無人機は今はここから15km東を飛んでるよ」
「わかった。できるだけ他の人間は避けて進みましょう。ゲリラとかに遭遇したら面倒な事になるから」
ここにいる敵は鉄血だけではない。武装した民兵もいるし、中にはグリフィンの装備や戦術人形目当ての強盗団のような連中もいる。そういう連中との戦闘も考慮に入れなければならないのだ。
果たして、その時になれば、自分は人間を撃てるだろうか。『民間人』である五十嵐は、それが少々気がかりだった。
2056年 1月8日 1136時 カザフスタン アルマトイ国際空港
グリフィンがチャーターしたIl-76が滑走路に降り立った。ヘリアンは、ターミナルの窓越しにその様子を見ていた。
昨日の嵐が嘘のように今日は空が晴れ渡ったが、まだ複数の部隊と連絡が取れていない。天候の回復と同時に、ヘリアンは滞空無人偵察機を作戦区域に飛ばすよう指示した。部隊の支援と、状況確認のためだ。運が良ければ、作戦中の部隊が戦術端末で無人機にアクセスするだろう。それに、無人機であれば、マルドゥークに撃墜されても、誰も死ぬことは無い。
さて、まずは、部隊と連絡を取らねばならない。あの天候ならば、無事で済まない部隊も出てくるはずだ。
2056年 1月8日 1242時 カザフスタン
五十嵐は、うっすらと積もった雪の下の"何か"に足を取られて転んでしまった。幸いにも、膝と肘に装着した頑丈なプロテクターのお陰で怪我をすることは無かった。だが、UMP45がすぐさま銃を構え、五十嵐と未確認の敵との間に割って入るような動きをした。他の仲間たちは、銃を手に防御体制を取る。
『こちらSV、敵はいないようです』
『G36から45へ。異常無しです』
「暫くは警戒しておいて。以上」45が無線で仲間に指示を出した。
五十嵐は立ち上がり、一体、自分は何に躓いたのかを、地面に積もった雪を払いのけて確認した。それは、白と薄い灰色の斑模様の布に覆われた何かだった。
更に雪を払うと、それの正体がわかった。人間の遺体だ。ヘッケラー&コッホXM8自動小銃を持っている。顔を見ると、五十嵐とそれほど変わらないくらいの若者だった。腕にはグリフィンのパッチが縫い付けられている。
五十嵐は一瞬、たじろいだが、すぐに若者の首に触れた。脈も呼吸も止まっている。体は既に凍り始めており、死後数日は経っているようだ。血の痕や外傷は見当たらない。
「あ・・・・・そんな・・・・・指揮官・・・・・」
振り返ると、ZVIファルコンが呆然とした様子で立っていた。五十嵐は、その遺体からしっかりと雪を払いのけた。服装は、自分とほぼ同じだ。荒らされた形跡も無く、装備はそのままだ。
「きっと、昨日の吹雪のせいだわ。隠れ場所を探していて力尽きたのよ」UMP45が言う。
五十嵐は立ち上がり、死者の為に両手を合わせ、その場でやや頭を垂れて目を閉じた。
「遺体の回収は・・・・・今はできそうに無い・・・・かな。ごめんよ、ファルコン」
「今は進むしかありません。仕方ないですが、任務を優先しましょう。GPSポインターを作動させてください。運が良ければ、回収部隊が来るはずです」
FALの言葉に従い、五十嵐は若者のチェストリグに取り付けられている機器を操作した。いずれはグリフィンの部隊がやってきて、彼を回収するはずだ。
2056年 1月8日 1657時 グリフィン&クルーガー社
ベレゾヴィッチ・クルーガーは、死亡した指揮官のプロフィールを改めて確認した。彼の部隊に所属していた戦術人形たちは、日本人の若者に合流できたファルコン以外は行方不明だ。できるだけ回収してあげたいが、簡単にはいかないだろう。
鉄血の部隊の勢いが強まっている現状、人間の小隊指揮官の死亡率は日に日に高まっていた。一方、各国の軍の方はと言うと、やはり足並みは揃わず、それぞれがばらばらで鉄血の掃討作戦を行っているのが現状だ。
だから、グリフィンのような民間軍事会社が、戦術人形のような戦闘用サイボーグと人間を組み合わせた部隊を編成し、独自に作戦を行っている。しかし、これについては、様々な議論があった。生命を持たないサイボーグに全ての戦闘を任せてしまい、何も人間が犠牲になる事は無いのでは、というものから、サイボーグも個性と感情を持つ以上、無理矢理戦わせるのは、サイボーグたちの自由意思に反した権利侵害だ、という意見だ。
更には反サイボーグ運動を行っている連中もいる。中には、人類人権団体という、世界規模で活動する過激な組織もあり、PMCやサイボーグ製造企業に対してテロ攻撃を行うこともある。グリフィンの実働部隊の現場指揮官かは、そういう連中と直接交戦したという報告も上がっていた。
暫く報告書を確認していると、ドアをノックする音の直後にペルシカが入ってきた。
「クルーガーさん、失礼します。先程、新たな戦術人形の適合化が終わりました」
「ご苦労さん。それで、どの銃なんだ?」
「M1918リベロールです。しかし、彼女はちょっと問題を抱えていまして、暫くは実戦に出せる状態では無さそうです」
「わかった。無理はさせるな」
「それと・・・・・・もう一人いるのですが・・・・」
ペルシカの顔が曇った。何やら問題がありそうだ。
「どうした?その子は、何か訳ありなのか?」
「ええ。リベロールは覚醒させましたが、もう一人は、現段階では覚醒を躊躇っています」
「何か問題か?」
「はい。電子頭脳のアルゴリズムをスキャンした結果、非常に強い攻撃性が確認できました。このままの状態で覚醒させたら、誰彼構わず殺し始める可能性があります。なので、暫くは彼女を目覚めさせるのは停止させるつもりです」
「わかった。問題が解決するまで、その子のことは保留しておいてくれ」
「わかりました。失礼します」
ペルシカが部屋から出ると、クルーガーは通信モニターの電源を入れ、ヘリアンからの報告を受けることにした。
「やあ、ヘリアン。カザフスタンに展開中の部隊とようやく連絡が取れたようだな」
『はい。B中隊と連絡が取れました。しかし、AK小隊を中核としたN中隊、K中隊はまだ連絡がありません』
「AR小隊は?」
『未だに消息は掴めていません。しかし、B中隊がAR小隊を最後に確認したエリアにいます』
「わかった。B中隊には、引き続き、AR小隊の捜索を続けさせろ」
『了解しました。では、次の定時連絡で』