2056年 1月8日 1203時 カザフスタン
「指揮官、この先、北の方に地面が変に盛り上がっている場所が・・・・・1、2・・・・・5つあるよ。どうする?」
RFBが五十嵐にタブレットPCを差し出した。画面には、無人機からリアルタイムで送信されてきている映像が映っている。
「45、どう思う?」
五十嵐はUMP45にタブレットPCの画面を見せた。彼女は、すっかりこの部隊の参謀役となっていた。
「機関銃陣地かもしれないわね。または、登山者がビバーグしているかもしれないけど、この辺りに登山をする人間なんているとは思えないわね」
「よし、ターゲットとしてマーキングしておこう。あそこは迂回して進む。西へ向かおう」
「もうちょっと遠回りしましょう。そのルートだと、あそこに50口径ライフルがあったら射程圏内よ」
「わかった。時間はかかるけど、命には代えられないからな」
「了解よ。みんな、ルート変更よ。西に向かって大回りよ」
2056年 1月8日 1232時 カザフスタン
S中隊の指揮官は小さな洞窟から外の様子を伺った。手にはM14EBRを持ち、いつでも敵を撃つ準備はできている。先程、鉄血の奇襲に遭い、仲間たちを引き連れて命からがら逃げ出して、やっとここまでやって来たのだ。
「しきかーん、様子はどうなのー?」
後ろからやって来たのは、イサカM37というショットガンを持った戦術人形だ。
「敵はいないぜ。それにしても、間一髪だったな。あんな襲撃を受けて、よく生き延びたもんだ」
S中隊の指揮官は、スペイン出身のガルシア・デルパルサという若者だ。浅黒い肌と、短く刈り上げた髪型と、高い鼻が特徴的だ。
デルパルサは、元々はスペイン海兵隊の伍長だったが、グリフィンにスカウトされ、今は戦術人形たちと鉄血とやらのテロリスト相手に戦っていた。
「命があっただけでも、ありがたいと思いなさいよ。今朝のニュース見た?またどこかの町が一つ、鉄血に滅ぼされたらしいわね。嫌になっちゃう」
日本でのオリンピックが終わってから数ヶ月で、世界は一気に様変わりした。一部の日本人が使う"世紀末"という表現がぴったりだ。人類が築いた文明は、鉄血によって次々と破壊され始めていた。アメリカ、ロシア、中国、日本、そして西欧諸国。おおよそ『大国』と呼ばれていたそれらの国々も、今は見る影も無い。
鉄血は、人類の生活圏を包囲し、じわじわと締め付けるような意地の悪いやり方で攻撃している。簡単に言えば、人間の主要生活圏、つまり大都市にアクセスする輸送インフラ、つまり、鉄道、車道、空港、港湾を真っ先に標的にして攻撃している。そうすれば、物資と人間の移動は滞り、生活が成り立たなくなっていく。そうして疲弊したところに、一気に攻撃を仕掛ける。それが敵のやり口だった。
「全く、酷いな。これじゃ、お先真っ暗だな。世界最強の米軍様ですら苦戦しているとは、にわかには信じがたいがな」
「どうしてみんな、お互いに協力しないのよ。人間同士で撃ち合いやっているような場所もあるって」
「そりゃ・・・・・うーん。そうだな。鉄血を倒した後、誰が世界の覇権を握るか、という問題だな。奴らがのさばるまでは、アメリカと中国がだいたい世界を二分していて、そこにロシアが食い込み、後はアメリカにくっつく国と中国にくっつく国、独自路線を行く国でバトルロワイアル状態だったからな。多分、鉄血を殲滅したら、その状態がもっと酷くなると思うぜ」
「うーん。よくわからないわね」
「まあ、小難しい事はさておいて、敵はいないから、移動しよう。マルドゥークの状況に探りも入れないとな」
デルパルサは、仲間たちに移動する、と合図をし、イサカM37の尻をおもいっきり掴んでから隠れ場所から這い出た。
2056年 1月8日 1236時 カザフスタン
五十嵐智基が率る部隊は、小さな村に行き当たった。だが、おかしな事に、人の気配がしない。そこらじゅうに家が建っているが、誰かが生活している様子が無いのだ。
「指揮官、ここで待って。偵察してくる。そうね。9A、TMP、私についてきて。他のみんなは、防御陣地を固めて」
416はそう言うと、件の二人を連れて村の中へと向かった。小さな家が整然と立ち並び、幾つか車も見える。通りの向こう側には商店とガソリンスタンド、放置され、雪を被ったトラックや乗用車、バイクもある。
「奴らに攻撃されたか?」五十嵐はFALに言った。
「かも知れないわ。でも、ここには薬莢は散らばっていないし、建物が壊された感じでも無いわ」
FALの言う通りだった。村には雪が降り積もり、除雪をされたような気配は無い。それどころか、人がいる様子でもなかった。
2021年 1月8日 1258時 カザフスタン
416は、何か使えるものは無いかと、民家にそっと入っていった。そして、ドアを開けたすぐ向こうに、人の死体を見つけた。銃で撃たれ、死後数日以上は経っているようだ。だが、氷点下の気温で凍りついたせいで、腐敗はしていない。年齢からすると、指揮官より10歳は上の年齢のようだ。
416は、TMPと9A-91に中に入るよう合図をした。民家の中を調べると、他に銃殺された若い女性、そして、赤ん坊の死体が1つ。民家の中の壁には、銃弾の痕が幾つも刻まれている。9A-91は、弾痕に指を突っ込み、めり込んだ弾丸を取り出した。
「鉄血が使っている弾・・・・・」
「9A、TMP、次、行くわよ」
3人は通りに出た。暫く歩くと、地面に薬莢が散らばっているのが見えた。その先には、カラシニコフ自動小銃を持った、黒いベレー帽を被り、青系の迷彩服を着た男たちの死体が転がり、更には凍った血溜まりが広がっていた。更には、人間の臓器や千切れた腕や脚、肉片も確認できる。それも、大量に、だ。
「鉄血と戦って負けたんだわ」
9A-91が呟いた。通りの先には、破壊されたパトカーや装甲車もある。
「指揮官には・・・・・見せない方が良さそうね。あんなのを普通の人間が見たら、トラウマものだわ」
416は2人を連れて、村の捜索を続けた。とは言え、例え生存者がいたとしても、ここに置いていくしか無い。民間人を連れて作戦行動を続けるのは、足手まといになって返って自分たちの部隊を危険に晒すことになる。
「2人とも。生存者がいたとしても、放っておいて。そうね。水と食料を与えて、怪我をしていたら手当をする程度のことはしてもいいわ。でも、何があっても連れて行くのは絶対にダメ。そうね。位置情報を作戦本部に知らせるから、後で救援部隊が来るとでも言っておいて」
「でも、それは口から出まかせですよね」TMPが言った。
「その通りよ。そうでもしなければ、無理やり付いてくる人間だっている。特に、子供はね。無理にでも付いてくる様子だったら、プラスチック手錠で拘束して。さすがに殺すのはダメよ」
また地面に空薬莢が散らばっているのが見える。更に人間の死体が点在しているのを確認した。真っ二つになって、臓物を地面にぶちまけていたり、四肢の一部が千切れていたりと、かなり凄惨な状態だ。416は、ここに指揮官を連れてこなくて良かったと思った。こんなのを見せられたら、間違いなく今夜は悪夢を見ることになるだろう。この時期であるせいか、蠅が飛んでいる羽音は無く、死体に蛆も湧いていない。昼間でも氷点下10度を下回る気候のため、丁度、冷凍保存されているような状態なのだ。
「さて、もう捜索はやめにしましょう。そうね。本部には報告しておきましょう。この座標にある村が、鉄血の攻撃に遭って、住民が虐殺された、とね」
416は、これ以上、村を捜索しても無駄だと判断した。2人の仲間も彼女に同意して、指揮官たちが待機している村の入り口へと戻っていった。