2056年 1月10日 0932時 イタリア レオナルド・ダ・ヴィンチ空港
グリフィンのチャーター機は着陸すると、プライヴェート機エリアへと誘導されていった。エプロンには大きな黒いリムジンが3台駐車している。傍には真っ黒なサングラスをかけた、黒スーツ姿の屈強な男たちが立っている。グリフィンの警備員だな、と彼らを見た五十嵐は思った。
黒スーツの男は、五十嵐が車に近づくと軽く会釈をしてリムジンのドアを開けた。そのドアは異様に分厚く、まるで米国大統領専用リムジン『ザ・ビースト』のようだ。五十嵐と戦術人形たちは、リムジンに乗り込んだ。中には、テーブルをはさんで向き合うように座席が設置されており、小さな冷蔵庫も置かれていた。
「やれやれ、こいつはまた豪勢だな」
五十嵐はブッシュマスターACRのボルトを引き、状態を確かめ、弾倉を外した。それにしても、弾道ミサイルだって?奴ら、そんなものまで手に入れていたとは。恐らくは、パキスタンや北朝鮮辺りが、鉄血の軍事技術と引き換えに提供したのだろう。もしかしたら、中国やロシアも一枚噛んでいるかもしれないが。奴らの軍事技術を欲しがる国はごまんといるはずだ。
他にプライヴェートジェットエリアには、ガルフストリームG550やボーイング737-700といった機体の姿も見える。五十嵐は、エプロンで飛行機から降りてくる人々の中に、ニュースの芸能コーナーでちらっと見たことがある顔を見かけたが、それが誰なのかを思い出すことはできなかった。
リムジンが発車し、3台とも隊列を作ってローマ市内へと向かった。カザフスタンで乗っていた戦車とは乗り心地はえらい違いだが、万が一襲撃された時のことを考えた場合、戦車や歩兵戦闘車の方が安心できるだろう。
「ミスター・イガラシ。俺は運転手を務めるジョージ・ブラックだ。グリフィンの警備員をやっている」
「どうも」
この名前は、十中八九偽名だろう。それに、その黒スーツの下には拳銃を隠しているのだろう。リムジンのダッシュボードの下には、ウージかMP-5K、ステアーTMPのような小型のサブマシンガンを隠しているはずだ。
リムジンのテーブルをよく見ると、下につまみのようなものがあった。一体何だろうと、五十嵐はそれをまじまじと見ていた。
「指揮官、どうしたの?」
隣に座っていたUMP9が言った。
「いや、このつまみが何なのか気になってね」
「それじゃ、動かしてみよっか、それ」
RFBがそのつまみを指で押しながらテーブルを動かした。すると、テーブルの台の部分が中心部をヒンジとして蝶のように開いた。中には、MP5A5サブマシンガンが6丁と、9mmのハイドラショック弾が装填された予備弾倉が30個、収まっていた。
「わーお」RFBが目の前の銃を見てそう言った。
「緊急時専用だな」五十嵐はそう言ってテーブルを元に戻した。
2056年 1月10日 0951時 ローマ市内
スモークガラスのせいで、外の景色が暗く見えてしまうのが残念だ。これから折角ローマ市内をドライブするというのに。
地中海沿岸独特の気候のため、この季節でも最高気温は10℃以上にもなる。あまり寒くはなく、そこそこ快適だ。古い建物が立ち並び、そこを現代のハイテク化された車が走るというのは、どうも奇妙な事だった。そんな中、裏地が赤、表が黒という洒落たマントを黒い制服の上から着た2人組の男が歩いている。カラビニエリだ。
「おっ、コロッセオ」
五十嵐は、世界史の教科書で見た世界遺産を、まさか今日、この目で拝めるとは思ってもいなかった。ただ、残念なのは、スモークガラス越しなので、はっきりと見ることができないことだ。
リムジンはコロッセオをぐるりと半周し、真っすぐ通りへと入っていった。
やがて、通りを真っ直ぐ進むと、突き当たりに高い塀に囲まれた建物が見えてきた。塀はコンクリートでできており、1つだけある門は、分厚い鉄の板でできている。
「あの門は、M1A2戦車の装甲板とほぼ同じ素材でできている」ブラックが五十嵐に言った。
「そいつはまた・・・・・。もしかして、HA型みたいに劣化ウランを使っていたりします?」
「それは想像に任せる」
分厚い門が開き、リムジンが敷地内に入った。敷地はそれほど広くはなく、ヘリスポットが6つ、そして、地下へ下りるスロープがある。リムジンはスロープを下り、地下へと向かった。
それからスロープを15分ほど下りていくと、突如として広大な空間が現れた。そこには、ハマーやピラーニャ装甲車、ブメラーングK-16兵員輸送車、更にはクルガネツ25歩兵戦闘車まで置いてある。
リムジンが止まり、五十嵐と仲間たちは車外に出た。丁度、ヘリアンが銃を持った少女たちを連れたコーカソイドの若者と話している所だった。
「・・・・・・・では、後程」
ヘリアンはその若者から離れ、五十嵐たちの方へと歩み寄ってきた。
「ボンジョルノ。さて、イタリアは初めてかな?」
「はい。ゆっくり観光できれば良いのですが・・・・・無理そうですね」
「いや。本日付けでB中隊は一週間の休暇を与える。のんびり羽を伸ばせ。それと・・・・・・」
ヘリアンはM16A1を見た。
「ん?誰かと思ったら、あんたとは」
M16A1がヘリアンに近づきながら言った。
「AR小隊の捜索は継続中だ。今はE中隊とC中隊をカザフスタンに派遣している」
「おいおい、急いでくれよ。もし、私の妹の誰かが死体で見つかったら、あんたとこいつの頭をぶち抜くからな」
M16A1が五十嵐を指して言った直後、ガチャリ!と、銃のボルトが引かれる音が鳴った。G36とUMP9、UMP45がM16A1に銃を向けている。三人は鬼の形相でM16A1を睨み付けていた。
「M16」ヘリアンが言った。
「何だ」
「お前はB中隊から外す。今からラボへ行け。命令だ」
M16は、この場にいる人間と人形を見回した。
「あーあー、そういうことか。営倉行きかよ。まったく。まあ、短い間だが、世話になったな。じゃあな」
M16は大股でその場から立ち去った。その間、G36とUMP9は、M16に銃口を向けたままだった。
「指揮官様の命を危険に晒す存在は、全て排除します。それが、私の役目です」G36は五十嵐を見て、銃の安全装置をかけてからそう言った。
「さて、ミスター・イガラシ。あとは部屋でのんびりするなり、外を出歩くなり、好きに過ごしてくれ。その間、仕事の話は無しだ。では」
2056年 1月10日 1020時 グリフィン ローマ支部
五十嵐は自分に用意された部屋に入った。デスクトップPCが乗った机とベッド、本棚には、日本語で書かれた銃や兵器についての専門書がぎっしりと並んでいる。まあ、グリフィンの情報部のことだ。自分の趣味を調べるなど、朝飯前だろう。
PCは日本語対応で、WoTとCoDMWがインストールされていた。WoTなんて、暫くやってなかったな。五十嵐はWoTを起動させ、IDとパスワードを入力した。
暫くWoTで遊んでいると、ドアをノックする音が聞こえた。ちょっと腕が落ちたようで、パンターを3回も爆散させてしまった。
「はーい」
ドアが開くと、RFBが入ってきた。
「おっ、珍しいな」
「やっほー、指揮官。あ、ゲーム!?」
RFBはPCの前に駆け寄った。
「ああ。ワールドオブタンクス。オンラインの対戦ゲームだよ」
「ね、ね、ちょっと遊んでもいい!?」
RFBは目をキラキラさせながら、五十嵐の顔を覗き込んできた。
「いいぞ」
「やったー!で、これはどうやって動かすの?」
RFBは、五十嵐のレクチャーをちょっと受けて、5、6回ランダム戦をしただけで、めきめきと上手くなった。15両いる敵チームの戦車のうち、7両をあっさりと葬った。
「へっへーん。どう?」
「ちょっといじっただけで、ここまで上達するとはかなりのものだな」
「ね、暫くこれやらせてよ」
「いいぞ」
RFBにパソコンを占領されてしまった。さて、どうしたものかと考え、五十嵐は散歩に出かけることにした。せっかくのローマだ。観光をしなければ勿体ない。