2056年 1月10日 1035時 イタリア グリフィンローマ支部
五十嵐は、外出の準備をしていた。財布、スマホ、タブレットPC、パスポート、多目的バッテリー、腕時計。国際武器携帯許可証も忘れない。イタリアの法律では、警備会社社員などならば拳銃を携行できる。五十嵐も、表向きの身分は『グリフィン&クルーガー社の警備員』なので、その対象だ。
銃はスミス&ウェッソンのM&P40コンパクトを選んだ。装弾数は10発、小さくて軽いので護身用にはもってこいだ。中には40口径のハイドラショック弾を装填してある。予備弾倉は10個。ちょっと過剰かも知れないが、万が一、鉄血の襲撃を受けた場合を考えたら、少なすぎるくらいだ。
さて、イタリア語はさっぱりだが、西ヨーロッパだから、英語ならば多少は通じるだろう。まあ、五十嵐自身、そこまでぺらぺらと英語を話せる訳では無い。日常会話にあまり支障が無い程度だ。いざとなれば、スマホの翻訳アプリを使えばいい話だ。
パソコンのゲームで遊んでいるRFBを尻目に自室を出てロビーを突っ切ると、そこでは416とUMP45、UMP9の三人が立ち話をしていた。
「あ、指揮官、どこ行くの!?」
UMP9が五十嵐に駆け寄ってきた。
「その辺を適当に歩いて、途中で昼飯でも食べてから帰ろうと思ってね」
「えっ、じゃあ付いていってもいい!?」
「構わんけど、銃は置いていけよ」
「えー!?じゃあ鞄の中に隠すのは?」
五十嵐は考えた。
「いや。それもダメだ。警察に万が一、見つかったら面倒な事になるからな」
「指揮官」416が、五十嵐を見た。
「私の銃は烙印システムが付いているの。つまり、銃は体の一部も同然。よほどのことが無い限り、手放すなんて無理よ」
「じゃあ、留守番して貰うしか無いな」
「えー!?そんなー」UMP9が残念そうに言う。
「だとしても、一人で歩かせる訳にはいかないわね。9、銃はアタッシェに入れておきなさい。予備弾倉と一緒にね」と416。
「おいおい」
「万が一、鉄血の奴等が襲撃してきた場合の護衛が必要に決まっているじゃないの・・・・・・あら」
廊下の角を曲がってきたTMPの姿が見えた。
「みなさん・・・・・・どうしたんですか?」TMPが4人を見て言った。
「TMP、丁度いいわ。もし、暇ならば、指揮官の護衛、頼めるかしら。9と一緒に」
「いいですよ。どこかに行くのですか?」
「特にどこかって訳じゃないみたいよ。指揮官は、外をふらふら歩きたいだけだって。あなたの銃ならば、小さな鞄にも入るでしょ?流石に剥き身で持ち歩く訳にもいかないし、かと言って指揮官を一人で歩かせる訳にはいかない。どう?指揮官の護衛、あなたが適任じゃないかしら?」
「任せて下さい!じゃあ、指揮官。行きましょう!」
2056年 1月10日 1103時 イタリア ローマ
五十嵐は、UMP9とTMPを連れて市内を歩いていた。様々な人々が行き交い、中には、人間の耳が無く、その代わりに頭の上に猫耳やうさぎの耳が付いていたり、TMPみたいにスカートの裾から尻尾が出ている少女の姿を見かける。そして、様々な年代の男たちが、そんな少女たちの手を引いて歩いていた。彼女たちは、戦術人形と同じ、サイボーグだ。戦術人形と決定的に違う点は、彼女らには戦闘能力が無く、その代わり別の能力に長けている、という点だ。
東京オリンピック以降、世界は瞬く間に変わっていった。ハイテク産業が発展し、都市がどんどん再開発されていく北米大陸や欧州、東アジアと東南アジア。そして、鉄血の攻撃や謎の感染症で荒廃していくアフリカや中南米、旧ソ連衛星諸国。荒廃しつつある国からは、まだ体面を保っている国への難民が移動し始めたが、ウィルス感染症の拡散防止のため、感染症非発生国は、感染症が蔓延している国への渡航を禁止し、更には、感染症発生国の人間のビザを全て無効とする措置を取った。
昨年の国連総会では、この問題で会議は完全に紛糾した。結果的に、非汚染諸国は、汚染国を完全にブロックする措置を強行した。更に、帰国時に感染症を持ち帰る危険性があるとして、遂には汚染諸国への人道支援も停止してしまっている。
だが、これについては仕方がない面もあった。感染症が蔓延しているタンザニアへ人道支援へ行ったブラジルのNGOのメンバーの一人がそれに感染し、それに気づかないまま帰国して発症してから瞬く間に感染症がブラジルの人口の45%に感染するという事態になった。ブラジル政府は非常事態宣言を出し、各国に人道支援を求めたが、他国は感染症の広がりを恐れ、それを黙殺した。
一方で、世界各地の工業界は、パーソナルAIを搭載したアンドロイドの開発に乗り出していた。アメリカ、日本、中国がその界隈ではトップを走っている。パーソナルAIは、人間の脳の機能をスーパーコンピューターを利用して再現したもので、プログラミングの過程で個性や感情が生まれるようになっていた。更に、IOP工業というバイオメカニカル産業会社が、人間向けのハイテク義足、義手、義眼カメラを開発した。とりわけ、ハイテク義手、ハイテク義足は、最先端のバイオメカニカル技術が投入され、神経電気信号回路と人工培養筋肉が利用されている。人間の神経回路に繋げることで、違和感の無い、スムーズな動きをする義手、義足が実現した。
更に、IOP工業のグループ会社は、これを更に発展させたものを作り出した。生体サイボーグだ。生体サイボーグは、瞬く間に人間社会に広がっていった。最初は、人間が行うには危険な作業を行ったりする産業目的で利用された。そのサイボーグには、パーソナルAIはインストールされず、命令だけを確実に実行するためのAIが使われていた。ストライキなどを防ぐ目的だ。
パーソナルAIは、顧客が求めるあらゆるプログラムをカスタマイズできるため、かなり評価は高い。サイボーグたちは、単なる労働力としてのタイプから、愛玩用まで、様々なものが設計されるようになった。
だが、それは新たな問題も作り出した。サイボーグは人間を滅ぼす可能性があるので、全て廃棄すべきと主張する団体、サイボーグにも人間と同等の権利を保証すべきと考える団体。そして、鉄血製造工廠のように、サイボーグを利用するテロ組織まで現れるようになった。
鉄血製造工廠。奴らを牛耳っているのは何者だろうか。奴らは、全く政治的・経済的目的を持たず、ただ中央アジアを中心に人間を殺傷し、文明を破壊している。もし、奴らがテロ組織ならば、何らかの主張を世間に向けて発してきてもおかしくはないが、今のところは、全くそのようなことを行った形跡は無い。武力を使い、人間を無差別に殺傷しているのは、単純に人類の絶滅を狙っているのか?だとしたら、生物兵器や核兵器を使った方がずっと早い。勢力圏の拡大?これが考えられる。だが、その後はどうする気なのだろうか。皆目検討がつかない。
まあ、いいや。それは後で考えよう。それよりも、まだ体面を保っているローマを見物するのが先決だ。東ヨーロッパに鉄血がじわりじわりと触手を伸ばしているので、ここが戦場になるのも時間の問題だ、と五十嵐は考えていた。
「ね、指揮官。あれは何?」
UMP9が指した先にあったのは、サンピエトロ大聖堂だ。カトリックの総本山。ちょっと歩けば、その敷地である、世界最小の国、バチカン市国に入る。
「サンピエトロ大聖堂だよ。あの敷地は、世界最小の国だよ」
「へー、ちょっと入ってみようよ」
「TMPはどうする?」五十嵐がTMPの方を見て言う。
「一緒に行きます。指揮官を護衛しなきゃいけないので」