2056年 1月10日 1241時 イタリア ローマ
故郷の台湾ほどでは無いが、ここも冬でも暖かいのか、と呉明は思った。AUGはすぐ隣で落ち着いた様子で歩いているが、97式は初めてのローマに興奮気味で、どんどん先に歩いていき、途中で何度か制止したくらいだ。
しかし、まあ。自分たち3人に言い寄ってくる男が多いこと多いこと。イタリア人の男は、どうしてこうなのか。呉は、自分と仲間たちに近づく男を追い払うのに苦労していた。
「しきかーん。ここって面白いね。古そうな家といっつも見るビルとかが混ざってる!」
「あんまり一人で走って行っちゃダメよ」
「わかってるー」
本当にわかっているのかな。97式は外出したら、いっつもこうだ。サンピエトロ寺院の近くともあってか、人通りはかなり多く、97式が人にぶつかりはしないか呉はヒヤヒヤしながら見ていた。ところが、97式は聞く耳を持たず、くるくる回りながら通りを飛び跳ねている。
2056年 1月10日 1248時 イタリア ローマ
頼んだピザが思いのほか小さく、五十嵐の目は点になっていた。あれ?ピザってこんなのだっけ?確かに日本の外食で食べるよりは格段に安いが、こんなものだったか?
まあ、いいや。足りなければ追加で注文すればいい。どうせグリフィンから支給されたブラックカードと小切手があるのだ。まあ、小切手の方はカードが使えないような環境で使うためのものだから、こういう大都市で使うことはまず無いはずだ。
この店はなかなか洒落ているが、値段はそれほど高くはない。しかし、だ。ミネラルウォーターがワインより高いってどういうことだ?だが、休暇中とはいえ、昼間からアルコールを飲む気にはなれなかったので、ホットのコーヒーを注文することにした。
「わー、おいしそー。いただきまーす」
UMP9がライスコロッケを切り、一口食べた。
「うーん、グリフィンで食べるご飯よりずっとおいしー!」
休暇になる前は、カザフスタンでレーションばかり食べていたので、まともな食事はかなり久しぶりだ。レーションは、ヘリアン曰く、以前に比べたらかなりまともになったらしいが、あんなのを連日食べさせられるのは勘弁だった。確かに、サープラスショップで買って食べたアメリカ軍のMREに比べたら遥かにマシではあるが、それでもイタリア軍やフランス軍のレーション、または自衛隊の缶飯やパック飯に比べたら雲泥の差である。あのレーションの開発に関わったのは、果たしてどこの国の軍出身なのだろうか。
五十嵐は、ピザをナイフで切って口に運んだ。周りの客は、ピザはナイフとフォークを使って食べている。果たして、これがイタリアの流儀なのだろうか。それとも、ローマとその周辺地域の流儀なのだろうか。まあ、郷に入っては郷に従え、だ。
TMPは仔牛の煮込みを口に運び、満足そうに目を細めた。かなり味が良いらしい。さて、他のメンバーは何を食べているのやら。
2056年 1月10日 同時刻 グリフィン ローマ支部
「あーあ、またいつものレーションか。やっぱり指揮官に付いていけばよかった・・・・・・」
UMP45が不満げにそう言って、ラミネートパックにスプーンを突っ込んで、中のシチューを掬い上げて口に運んだ。ヘリアン曰く、今日は食堂のコックたちの休日が、たまたま重なりに重なって、厨房が無人になってしまっていたそうだ。そのため、今日一日は、備蓄しているレーションで済ませてくれ、とのことだった。
「指揮官のことだから、絶対に何か美味しいもの食べてるな。まーあ、朝っぱらからロックやデスメタルを聞いてばっかりで、指揮官が散歩しに出掛けるのに気づかなかったから、自業自得だったな」
AEK-999は、やたらパサパサしたパンを食べていた。噛む度に口の中の水分がどんどん吸いとられいき、なかなか飲み込めない。
「あー、もー!明日は絶対に指揮官の散歩に付いていこう!」
「口実は・・・・・・まあ、護衛のため、か。それが一番だな」
「それしか無いでしょ!」
「うー、私も行きたいです。これにはもう飽きました」
スオミはげんなりした顔をしているものの、ラミネートパックの中のジャーマンポテトを食べるのを止めはしなかった。
「よし。スオミ、こうなったら、指揮官の散歩の護衛は持ち回りよ!次は私とあなたの番!」UMP45はそう言ってラミネートパックを逆さまにして、シチューを飲み干した。
「今日は夜ご飯もレーションですか。これを2連続はさすがにきついです。作戦中はこれしか無いから、仕方なく食べますけど」SV98もこの処遇には不満らしい。
「指揮官、お土産にお菓子買って来なかったら、くすぐり100回の刑にしてやる!」FNCが大声で言った。
「騒々しいわね。あんたたちは、食事くらい静かにできないの?」
突然、割って入ってきた声に、B中隊の戦術人形たちが食堂の入り口を見た。その声の主はJ小隊所属の戦術人形、ワルサーWA2000だ。彼女の後ろからは、他のJ小隊の人形たちがやってきている。
「あれ?WA、久しぶりですね」スプリングフィールドがWA2000の方を見て言った。
「あら。あんた、ここにいたの?」
「ええ。つい先日までカザフスタンで作戦行動をしていたのですが、ここで待機状態です。事実上に休暇ですね」
「それにしても、相変わらず随分賑やかな部隊にいるのね。それで、あんたの部隊の指揮官は?」
「今はお出かけ中です。折角ローマに来たから、観光したいとおっしゃいまして」
「ふーん。呑気なものね。私の小隊の指揮官も似たようなものだけど。2人連れて街に繰り出していったわ」
「あら。そうだったのですね」
「それで。ここに来る前は何をしてたのよ」
「カザフスタンで行方不明になったAR小隊の皆さんを探しに行っていたのですよ。幸いにも、M16A1さんを見つけることはできましたが、他の3人がまだ・・・・・」
「それは大変だったわね。まあ、私たちもちょっと前までカザフスタンにいたんだけど、見つけたのは死んだ小隊指揮官だけだったわ」
「それはまた・・・・・・」
「それで。今の指揮官はどうなの?私の部隊の指揮官は、カンフーの練習ばっかり」
「何と言いますか。確かに射撃の腕は良いのですが、普段は・・・・・のんびりしていて、ちょっと心配になるときがありますけど」
「何よそれ。まあ、世話焼き好きのあんたには調度良いんじゃない?」
「それは否定できませんけどね。それで、あなたたちも休暇ですか?」
「ま、そんなところよ」
WA2000は、部屋のテレビの電源を入れた。そのチャンネルでは、ニュース番組が放送されていた。イタリア語はさっぱりだが、中央アジア地域の地図と、ダイナゲートやリッパーの写真が表示されている辺り、十中八九、鉄血に関係するニュースであろう。
「それにしても、404を新米にまかせるだなんて。ヘリアンも何を考えているのか」WA2000は信じられない、と言った様子でハンバーグをナイフで切って口に運ぶ416と、椅子に座ったまま寝ているG11を見て言う。
「どっちかと言ったら、クルーガーの方だと思うぜ。こういうことを考えつくのはな」AEK-999が返す。
「あー、あの髭のおっさんか。まあ、確かに、そうかもね」UMP45はそう言ってスマホを取りだし、メールを打ち、送信した。
2056年 1月10日 1303時 イタリア ローマ
五十嵐がTMPに切り分けたピザを渡すと、スマホが鳴り出した。ポケットから取り出して、メールを確認する。
『指揮官へ
お出かけしているなら、お土産におやつを買ってくること。もし忘れたら、酷いことになるわよ
45より』
やれやれ。後で焼き菓子の詰め合わせでも買っておこう。まあ、いつも命を守って貰っていることを考えたら、多少、高級なお菓子を買ってあげても釣り合わないくらいだ。仲間たちの自分への献身に対する報酬がそれくらいで済むのならば、非常に安いものである。再びメールが着信した。また45からだ。
『今日は、食堂のコックさんたちが、みんなお休みの日になっているから、できれば晩ごはんのお弁当も買ってきて』
さて、そういうことならば、何か美味い弁当でも探すとするか。確かに、あのレーションは連食したいとは思わなかった。