2056年 1月21日 1007時 ボスニア・ヘルツェゴヴィナ グリフィン訓練施設
五十嵐が銃を撃ち、サイボーグを撃ち倒した。もう慣れたものである。雪の上には空薬莢とサイボーグの生体組織や人工血液、人工骨格の一部などが散らばっている。倒れていたサイボーグが起き上がり、銃を拾い上げたが、即座に416から撃たれて再び地面に転がった。
「右から敵だ!」
M60がそう言って銃口を向けた先には、銃を持ったダミーサイボーグの一団が接近しつつあった。フルオートで7.62mmNATO弾が撃ちだされる音が響き渡り、それに30-06弾や5.8mm弾の音が加わる。銃弾を食らった"敵"がバタバタと倒れた。
「まだ敵がいます!6時の方向!」
スオミと9A-91が後ろを振り返り、銃をフルオートで撃ち始めた。ペイント銃を持つサイボーグの一団がハチの巣になって地面に転がる。
「全く、どこから湧いてくるのよこいつらは!」M14が銃を連射しながら文句を垂れる。
「やっつけるしかないですよ。それよりも指揮官は?まさか、一人でほったらかしではないですよね」スプリングフィールドが銃のボルトを引き、次の弾薬を薬室に送り込み、敵に狙いを定めた。
「416とUMPちゃんたちが護衛しているから大丈夫だよ」
「ならばいいでしょう」
サイボーグが持つ銃から発射されるペイント弾が回りの雪にオレンジ色の染みを付けていく。"敵兵"はじわじわと接近し、包囲網を作りつつあった。
「手榴弾!」
TMPがベルトサスペンダーからM34手榴弾を取り出し、ピンを抜いて投げた。爆発してそこら中に燃える白燐をまき散らし、ダミーサイボーグに着火させた。サイボーグはあっという間に炎上し、地面に倒れる。
「そっちよ!左!」
FALがセミオートで射撃を開始した。G11もそれに加わり、"敵"を倒していく。MG23がFALの隣の位置につき射撃を開始した。やがて、四方八方からシミュニッション弾が飛んできた。どうやら周囲を囲まれてしまっているらしい。
「まずい!囲まれた!」
2056年 1月21日 1009時 ボスニア・ヘルツェゴヴィナ グリフィン訓練施設
「くそっ!まずいわよこれは!」
頭上でペイント弾が雨あられと飛んでいき、全く身動きが取れなくなった。ビシッ、ビシッというという音と共に、そこら中にペンキが飛び散る。416が銃を撃って敵を倒すが、"敵"はどんどんこちらに接近してくる。
「わーちゃん、陽動お願い!」呉明が無線に向かって言った。
『任せて。ぶっ飛ばしてやるわ』
銃声と共にサイボーグの頭が弾けた。予想外の方向から飛んできた銃弾に、訓練用サイボーグの動きが止まる。それだけで十分だった。416、G36、五十嵐が銃撃し、手榴弾を投げ、周りのサイボーグを全て倒した。
「クリア!」
「クリア!」
「クリア!」
「クリア!やるじゃない。伊達にここで5ヶ月も生き残っていた訳では無いみたいね」呉が五十嵐の方を見て言った。
「どうも」
「グリフィンの部隊指揮官の損耗率、知ってる?だいたい3ヶ月くらいで、4割は戦死するわ。実戦と訓練、両方でね。でも、それがだいたい天王山になるの。そこを越えられれば、生存率は急に上がるの。理由は知らないわ。統計データを見ただけだから」呉が肩をすくめる。
「でも、あの子たちの為にも、私たち人間の指揮官は死ぬわけにはいかないのよ。戦術人形は、特定の人間と長く一緒にいると、その人間に精神的に強く依存し始めるの。理由はわからないわ。ペルシカも、彼女たちのAIを分析してみたけど、わからず仕舞いだったみたいね」
呉は一呼吸置いて続けた。
「Z中隊の話は聞いたかしら?あの部隊の名前は、今でも欠番になっている。Z中隊の悲劇を忘れるな、という教訓でね。Z中隊の指揮官が、鉄血との戦いの途中で戦死したの。更に、戦術人形たちが帰って来ない。彼女たち、どうなったと思う?」
「戦いの途中で、戦死した・・・・・とかですか?指揮官がいなくなったことで、統制が取れないまま戦って」
「とんでも無い。後で他の中隊が捜索救難に出掛けて見つけたんだけど、戦術人形たちは自分で自分を撃ったり、仲間に自分を撃たせていたの。つまり、指揮官と無理心中ね。AIのバックアップを使って再び甦らせたんだけど、指揮官を失った時の記憶が残ってしまっていて、結局はみんな自殺したわ。AIに何度か記憶処理をしたけど、どういう訳か、処理には失敗した。何度やっても結果は同じ。勿論、自殺まで追い込まれずに済んでいる子もいるけど、それでもAIの感情モジュールに深刻なダメージを負って、ラボの療養施設にいるわ。PMCによっては、そんな人形は処分しているんだけど、グリフィンではヘリアンさんの方針で、そのままにしておいてあげている。まあ、あの人らしいと言えばらしいけど」
呉は銃のボルトを引き、薬室を確認した。
「何が言いたいかって言うと、あの子たちのことを大切に思うなら、自分のことを大事にしろってこと。それに、私たちが死んじゃったら、あの子たちを無事に連れて帰ってあげられる人間はいなくなるのよ。それと、あなたはあなたで、この先あの子たちの助け無しに生き残れる自信があれば別だけど」
全くもって呉の言う通りだ。例え装備一式とGHSSや物資輸送ドローンの支援があったとしても、この先一人で鉄血相手に戦い、生き残るのは間違いなく不可能だ。
「わかってますよ。武器があったとしても、一人で敵のど真ん中に残されて生きて脱出できるのは、映画の中だけってことくらい」
「その通り・・・・・あら?」
UMP45が五十嵐の体を、まるで点検するかのように見ていた。どうやら、撃たれていないかどうかを見ているらしい。
「大丈夫。撃たれてはいないよ」
「そうみたいね。このペンキは、飛び散ったのが付いただけみたいだし」45は、五十嵐の白い冬季用迷彩服の左の袖に付いた、小さな赤い斑点のような染みを見て言った。
「誰か撃たれたか?」
「大丈夫よ。さっき無線で確認したけど、誰も撃たれて無いわ。それと、狙撃班を呼び戻したわ。もうちょっとしたら、こっちに来るはずよ」
─────────30分後
「こ、ひ、つ、じ、ちゃーん!大丈夫だった?」
ファルコンが五十嵐に駆け寄ってきた。後ろからは、SV98とG36、FAL、更にはWA2000と79式が歩いて来る。
「よっと」
五十嵐は飛び付いてきたファルコンをキャッチした。彼女が背負っている対物ライフルの重さもあり、後ろに倒れそうになる。
「さて、と。これなら、あなたたちを次の実戦に向かわせても大丈夫そうね。さて、訓練はフェーズ2になるわよ。拠点を確保したから、これから帰還するものの、周りは敵だらけ。その中を突破して、基地へ戻る。これがフェーズ2のシナリオよ。しかも、今までと違って、次は私たちが狩られる兎よ」
五十嵐たちには、ブリーフィングでは知らされていない内容だ。
「あれ?迎えのヘリが来る予定だったはずですが・・・・・」
「状況が変わったの。実戦ならば、いつものことよ?こういうのにも慣れておかないと。そうね。想定としては、迎えに来るはずのヘリが残らず撃墜されたってところね」
実に現実的なシナリオだ。
「そういう事ならば、仕方ないですね。帰りのルートを確認しましょう」
「行きに使ったルートを逆戻りしましょう。敵は倒してあるし、道も分かりやすいし」
安全第一というわけだ。だが、演習場はそれほど広くは無く、普通に注意をしていれば問題は無さそうだ。
「では、その通りに。さて、帰りましょう」