2056年 1月24日 0711時 ルーマニア ミハイル・コルガニチャヌ国際空港
空港ターミナルの建物からエプロンに出た途端、マイナス10℃という凄まじい冷気が襲い掛かってきた。東の空からは、ようやく太陽が顔を出し始め、藍色の空に鮮やかなオレンジ色が混ざる。An-26には既に燃料が入れられ、離陸準備完了と言った様子だ。
ターミナルの扉が開き、人間と戦術人形たちが姿を現した。一人を除き、全員がパラシュートを背負っている。
部隊が飛行機に乗り込んでいる間、グリフィンの職員たちがAn-26の機体を点検していた。機体は借り物だが、パイロットや整備員はグリフィンから派遣されている。機内はがらんとしており、左右に座席が並んでいる。
昨日、誰が五十嵐とタンデムで一緒に降下するかという話になった時、結構揉めに揉めた。B中隊の数名どころか、J小隊の戦術人形までしゃしゃり出てきたのだ。だが、J小隊の人形たちに対しては、416が有無を言わせない姿勢で却下した。仲間とはいえ、別の部隊の人形に指揮官を任せるだなんてもっての外だとバッサリと言い捨てたのだ。それについては、B中隊の人形たちは全員一致で賛成した。
結局、UMP9が半ば強引にその役目を奪い取った。飛行機に乗り込むときに、五十嵐の隣に素早く座ったのだ。
「コルガニチャヌタワーへ、こちらトランスポーター。リクエストタキシー」
『タワーからトランスポーターへ。ランウェイ36への進入を許可する。風向011、風速14』ノット』
「了解。ランウェイ36」
AN-26がターボプロップの音を響かせ、滑走路へと向かった。離発着する飛行機は無く、エプロンには見送りをするグリフィンの職員しかいない。滑走路の端に達すると、ターボプロップ機はエンジンの出力を上げ、空へと舞いあがった。今のところ、気流は安定し、絶好のフライト日和になりそうだ。
2056年 1月24日 0714時 ウクライナ
T-84Uが対戦車ミサイルの直撃を食らって爆発した。ジャガーという、4足歩行のUGVから放たれたものだ。ウクライナ陸軍部隊は苦境に立たされていた。至る所で部隊が壊滅し、敵は首都キエフへとどんどん迫ってきている。
鉄血が攻撃してきたとき、ウクライナ軍はかなり混乱していた。と、いうものの、東部の一部を占領している反政府組織がロシア軍の協力を受けて本格的な分離独立活動を行っているものと考えていたためである。ところが、鉄血は、軍も民間人も、分離独立派も見境なく攻撃してきた。おまけに、連中は、政治的意図を持たず、単純に勢力を拡大しようとしているようにしか見えなかった。
ここ数日、政府と契約したPMCが奴らの排除に乗り出していた。鉄血とやらと同じような武装したサイボーグを使って、奴らに対して攻撃しているPMCだ。ウクライナ軍は、PMC同士の抗争に巻き込まれているだけなのだろうか?噂によると、中央アジアやアフリカなどでも、同じようなおかしな連中による攻撃が頻発しているという。
ウクライナはNATOに加盟しておらず、基本的にはどの国とも軍事同盟を結んでいないため、他の国から援軍を呼び寄せることは叶わない。そのため、PMCを頼ることになった。軍と契約したのは、グリフィン&クルーガー社とサン・アンドレア社という2つのPMCだ。
この両社、驚いたことに、人間のコンストラクターの他、鉄血と同じサイボーグを戦力として投入していた。しかも、このサイボーグであるが、揃いも揃って見た目が10代くらいの少女ばかりなのだ。だが、戦力としては確かで、組織的な戦術で敵を的確に排除していっている。それだけは軍としても認めざるを得なかった。
2056年 1月24日 0731時 ルーマニア上空
An-26がゆっくりと北東へ飛び、黒海を目指した。降下目標地点はオデッサの北部にあるグリフィンの前方展開基地の付近だ。ウクライナ側には既にフライトプランは提出しているが、ウクライナ政府の航空局は、その手続きをちゃんとさばけているかどうかも怪しいものだ。
「フライトプランがちゃんと受理されていればいいんだが。途中でフランカーやフルクラムが迎撃に来たら洒落にならんぞ」五十嵐が窓の外を見て言う。
「その迎撃する戦闘機が飛べる状況かしら?」
「・・・・・・なんですと?」五十嵐が呉の方を振り返って見た。
「あ、知らされて無かったのね。鉄血がウクライナへ侵攻を始めたとき、最初にベリべク、キーロウスィケ、ヴァスィーリキウ、クラマトールスィク、ドニプロペトロウシク、チェルヴォノフリンスィカ、オゼールネにある防空軍の基地を地上発射型の巡行ミサイルと短距離弾道ミサイルで飽和攻撃したの。空軍司令部のあるキエフ国際空港もね」
五十嵐はタブレットPCでそれらの基地を調べた。全て空軍の戦闘機が配備されている基地だ。
「これは・・・・・制空権はほぼ鉄血側にあるってことじゃないですか!」
「そういうこと。つまりは、ウクライナ軍は、制空権を殆ど失っている状態ってこと。他にも、民間空港もほとんど破壊されたから・・・・・・・何かしら?」
95式が呉に無線のヘッドホンを差し出した。
「本部からです」
「はい。呉です・・・・・・えっ!?・・・・・・・わかりました」
呉の表情から、何か良くないことが起きたことが、五十嵐には想像がついた。
「・・・・・・・U小隊が全滅したわ。ベラルーシでの任務中に連絡を絶って10日になったんだけど、今朝、無人機で偵察したら・・・・・」そこまで言って呉は口をつぐんだ。
そこまで聞けば、何が起こったのかは五十嵐にも簡単に想像がついた。
「わかりました。もういいですよ」
五十嵐はそう言って、機体の天井を見た。An-26のキャビンには窓が無く、外の様子をうかがい知ることはできない。機体には暖房が備え付けてあるものの、あまり暖かいとは言えない状態だ。
五十嵐が輸送機の床に座ると、UMP9が体を寄せてきた。他の仲間たちも、体を寄せ合い、冷たい機内でできるだけ寒さをしのごうとしている。キャビン後部で座っているカーゴマスターの男は、五十嵐たちには関心が全く無いようで、離陸してからというもの、こちらを見向きもせずにひたすら分厚い文庫本を読んでいた。
2056年 1月24日 0801時 ウクライナ南部上空
それから30分後、ポーンという電子音が鳴った。降下開始10分前だ。人間と戦術人形たちは、ヘルメット、ゴーグル、パラシュート、酸素マスク、酸素タンク、その他装備品を確認した。タンクには酸素が20%、窒素が80%の割合で充填されている。大気とほぼ同じ組成だ。
カーゴマスターの男が右手を開いて上げた。降下5分前。呉がUMP9と五十嵐を繋いだタンデムハーネスを確認する。
「いい。降下中は、UMP9ちゃんに全部任せなさい。間違っても暴れたりしたらだめよ」
呉の言葉に五十嵐は頷いた。人間と戦術人形たちが酸素マスクの弁を開放し、全員の装備をお互いに確認する。An-26のランプが下がり、冷たい風が機内に勢いよく吹き込んでくる。飛行機の下には、朝焼けの雲海が広がっていた。
輸送機の中の信号が赤から緑に変わった。先にJ小隊のメンバーが、足首にくくりつけた発煙筒を炊き、一斉に空に飛び出した。B中隊も同じようにして飛行機から飛び出す。カーゴマスターの一人は機内を確認し、相棒に親指を立てた。相棒は機内のスイッチを操作し、ランプを閉じた。
2056年 1月24日 同時刻 ウクライナ上空
なんとも不思議な感覚だった。実際にはかなりの速度で落ちているはずなのに、下から吹き上げる強烈な風の影響で、ゆっくり落ちているようにに感じる。周囲を見ると、赤い煙が地面に向かって伸びていくのが見える。すぐ近くにいたTMPとフィルコンが五十嵐を見て、親指を立てた。他の仲間たちの姿も確認できる。
やがて、開傘高度まで降下した。UMP9がコードを引き、パラシュートを開く。今度は、上昇気流にパラシュートごと引っ張られ、少し高度が上がった後、ゆっくりと地面に向かって落ちていった。周りを見ると、仲間たちのパラシュートが開くのが見える。下には、衛星写真で確認した、降下予定地点と全く同じ地形が見えていた。
2056年 1月24日 0811時 ウクライナ
五十嵐たちが次々と地面に着地した。先に着地していた呉と95式、79式は、全員が無事に着地するのを見届けつつも、周囲を警戒している。空挺部隊が一番狙われやすいのは、着地直後の無防備になる瞬間だ。降りた部隊のメンバーたちは、素早くパラシュートをたたみ、戦闘体制を整えた。
UMP9と共に降下した五十嵐は、仲間たちを数えた。B中隊は全員揃っている。だが、見回しているとJ小隊のメンバーが一人いないことに気がついた。
「ねえ、MGちゃんは?」呉が仲間たちを見回して言った。
「みんな、誰かMGちゃんを見なかった?」