2056年 2月5日 1134時 S15地区某所
「さて、終わったよ。起きていいよ」
やや幼い男の声がした後、戦術人形たちが起き上がった。その黒髪の少年は黄色と黒の服を着て、片手でレンチを弄んでいる。
五十嵐はその少年と一緒にいた、青いベレー帽を被り、眼鏡をかけた少女に銃を向けている。人質というわけだ。もし、五十嵐の右手の人差し指が数ミリでも動けば、12ゲージのマグナムスラグ弾がポンプアクションのショットガンから飛び出し、彼女の頭の1/5程が消し飛ぶだろう。
「あーあ。よく寝た。おはよう、子羊ちゃん」ファルコンが大きく両腕を上げ、あくびをする。
「みんな、大丈夫か。ウィルスか何かをAIに仕込まれたりしていないか?」五十嵐が仲間たちを見回しながら言う。
「へーきへーき。そんなのを書き込まれていたら、すぐにAIに仕込まれているプログラムで駆除しちゃうから」
ファルコンは自分の銃を持ち上げて、ボルトを引き、空撃ちして正常に作動するかどうか点検した。
「それより、あんたたちこそ指揮官に変なことしなかったでしょうね」416が銃のボルトを引き、5.56mm弾を弾倉から薬室に送り込みながら言った。
「自分の身ぐらい自分で守れるさ」五十嵐はレミントンM870を構えたまま言った。彼は、このショットガンを両手で持っている他、15インチバレルのブッシュマスターACRをスリングで肩から吊り下げ、シグP226をレッグホルスターに入れている。チェストリグからはM26、M84といった手榴弾をぶら下げ、2本のオンタリオM11EODという大ぶりなナイフを胸のホルダーに収めている。
「いくらなんでも、あんな武器を持った大人相手に無茶みたいなマネできる訳ないよ。それに、君らの調整に入る前に、あのお兄さんがショットガンに弾を込めているのをはっきり見たし」そのデールと名乗った少年が肩をすくめて言った。
「まーあ、子羊ちゃんならショットガンからライフルドスラグを撃って、50m先のダイナゲートどころか鳥の目玉も簡単に撃ち抜いちゃうからね。この前、一緒に鴨狩り行った時に、ショットガンにスコープを付けたと思ったら、58m先のマガモの目玉を本当にスラグで撃っちゃうんだもん。驚いたよ」
「おかげで、美味い鴨鍋を食べれただろ?」
「指揮官様、いいからその子から銃口をずらしてあげて下さい」
G36がそう言ったので、五十嵐はその少女───シーア───からショットガンの銃口を反らし、安全装置をかけた。
「それにしても、無人機の信号が急に途絶えたのは痛いよねー。鉄血の連中が持ち去っちゃったのかも」
RFBが机の上に置かれたタフブックを起動し、いつものようにキーボードを猛烈な勢いで叩いていた。五十嵐たちは無人機の信号を探知しようとしていたが、それが途絶えたために追跡不能になってしまっていたのだ。
「そいつは最悪のシナリオだな。こっちの無人機のハードディスクは暗号化されているとは言え、絶対に解読されないという保証はどこにも無い」
「・・・・・・・・・」RFBが急に黙りこんだ。
「どうした?RFB」
「ん?あ、ちょっとね。変な信号が入った」
「変な信号?」
「うん。その信号が送信された日時なんだけど・・・・・見て」
五十嵐はタフブックの画面を見た。確かにunexpected signal receivedという表示がある。その信号の送信日時だが、07:36:54 1/22 A.D.2053とあった。
「何だこりゃ?2年も前の信号を、何で今更受信したんだ?」
「うーん。何でだろ?こんなの、普通はあり得ないのに」
そんな中、UMP45が右手を頭に当てて、ずっとベッドに座っていることに五十嵐は気づいた。
「45、大丈夫か?」
彼女は答えない。
「45?」
「えっ?あっ、ごめんね指揮官。ちょっとぼーっとしてた」
「何か調子が悪いのか?」
「ううん。大丈夫。自己診断プログラムは正常よ」
「ならいいんだが。体調が悪いなら無理するなよ」
さて、本題に入らねば。
「なあ、君ら。あの無人機のファイアウォールのプロテクトを破るには、まずはツェナーネットワークに侵入しないとダメだと言ったな」五十嵐がデールに言う。
「ああ、そうだよ」
「どうすればいい」
「あの人形たちは普通にAIプログラムをツェナーネットワークに繋げてオンラインにした後に、意識をまたセカンダリレベルに落とせばいいだけだよ。で、お兄さんの場合は」
デールは古いドリームマシンを指差した。そこにはVRバイザーが備え付けられている。これは、通常は寝不足を解消するための装置で、特殊な超音波や微弱な電流の作用を使って人工的に人間を睡眠させる。416が件のドリームマシンに近づき、丹念に調べ始めた。
「大丈夫。爆薬が仕掛けてあるとか、そういう事は無いよ」デールが彼女に声をかける。
「そうみたいね。さて、みんな。今からネットワーク上での電子戦になるわよ。勿論、向こうは銃弾を撃ってくるけど、撃たれても痛みは無いし、死ぬことも無いわ。だからと言って、無闇に突っ込んだりしたらダメよ。いつも通り、慎重に」
「しかし、奴らがネットワーク上で何かをしているとなると・・・・・マルウェアかウィルスなんかを使っていることになるか。まさか、人形のAIにランサムウェアを仕掛けたり、AIをハッキングして乗っ取ったりするとか無いよな」
「余計な心配よ。私たちのAIのソフトウェアは、グリフィンのネットワーク上で常時アップグレードされている。外部からのサイバー攻撃に備えてね」
「なら問題無いんだが」
「それより、生身の人間が、そのおかしなものでネットワーク上を移動する方が心配だわ」
「ゲームと同じだよ。実際に脳みそに電極を突き刺して意識をネットワーク上に乗せる訳じゃない」
「原理だけど、人形にとっては、そうだね。人間で言う夢を見ているようなもの、と考えればいいよ。お兄さんの武器ソフトウェア設定は、そのカービンとショットガン、拳銃でいい?」
「閃光手榴弾と破砕手榴弾、ナイフ、C4とリモコン起爆装置も付けてくれ」
「わかった。お安い御用だよ」
「それで、ネットワーク上で奴らに撃たれたらゲームオーバーか」
「うん。そして、最初からやり直しだね。まあ、実際に死ぬことは無いけどね。それと、無人機の信号だけど、一定時間で信号のパターンが変わっているから、見つけるのは難しいかもしれないよ」
「そいつは100も承知だ。厄介な奴らにその信号を逆探知されて、データを抜き取られないようにするためだからな」
五十嵐がドリームマシンに座る。仲間たちは既にベッドに横になり、意識をセカンダリレベルに落とし始めていた。
「さて・・・・・と。ゲームスタート、だな」
五十嵐は電極と繋がったリストバンドを両手首に巻き、VRギアを下ろし、右側頭部の辺りのスイッチを押した。目の前には、幾何学的なパターンの模様が動いている光景が見え、イヤホンから微かに特徴的な電子音が聞こえてくる。暫くの間、その模様をじっと見ていると、強い眠気を感じ、ゆっくりと眠りに落ちていった。