2056年 2月5日 1156時 ツェナーネットワーク
不意に意識が"戻った"五十嵐は周囲を見回した。周りは、青と黄色の光の筋が五十嵐から見て前方に流れる、いかにもSF的な電子空間の中、といった様子だ。装備は現実世界で持っていたものと全く同じ。M870とACR、P226だ。
銃を構え、前に向かって歩く。しかし、実際には自分はドリームマシンに座って眠ったままという、なんとも不思議な感覚だ。
暫く歩くと、前方から何かが向かって来るのが見えた。黒く鈍い金属光沢のあるロボット。プラウラーだ。五十嵐は銃を撃ち、敵を排除した。更にダイナゲートやリッパーも近づいてきたので、全て撃ち倒す。
こいつら、ネットワークに侵入して行動できるのか?それとも、敵がネットワークに侵入させたウイルスやマルウェアがこんな風に見えているだけなのか?
理屈はわからないが、まずは敵を排除しつつ、仲間と合流するべきだ。しかし、ネットワーク上では、現実世界と違って明らかに目印になるような物が無い。光の筋が流れているのがわかるだけだ。無線機もビーコンも役に立たないだろう。まあ、仲間たちは、現実にはすぐ近くで寝ているだけなのだが。
まっすぐ歩いていくと、金色の髪を後ろに纏め上げ、長い銃を持つ見知った少女が見えてきた。彼女は左右をキョロキョロと見回している。慣れない"場所"に戸惑っているようだ。
「おーい、SV」
五十嵐の声に彼女が振り返り、そそくさと駆け寄ってきて、不安げに自分のボスの左腕を両腕で掴む。
「指揮官!探しましたよ。これ、どうなっているんです?」
「うーむ。よくわからないけど、ネットワーク世界の中?なのかな」
「まずは、どうするんです?」
「さっき、プラウラーがいるのを見た。銃で撃てば壊れたから、取り敢えずのところは、現実世界と同じ感覚で動ける・・・・・みたいだ。まずは、敵を排除しながら、他の仲間を探そう」
五十嵐とSV98はネットワーク空間を歩き続けた。SVはまだ不安感から五十嵐の左腕にしがみついているので、自動小銃と散弾銃を使うのは諦め、片手で拳銃を持って進む。片手撃ちでもそこそこ標的に命中させる自信はあるが、 やはり両手で撃ちたいところだ。
「なあ、SV、落ち着いたら少し手を離してくれるかな。援護をして欲しいのだけど・・・・・・」
「えっ、あっ、ごめんなさい。私ったら・・・・・」
「あ、いや。無理はしなくても」
「いえ。大丈夫です。行きましょう」
SV98は背負っていた銃を両手に持ちかえた。五十嵐はP226をホルスターに戻し、ACRを手にして、再び歩き始めた。
続いて合流できたのはTMPだ。彼女はどうやら見慣れない環境にすっかり戸惑ってしまい、その場から一歩も動けなかったという。
五十嵐たちは、奇妙な電子空間の中を歩き続けた。最優先目標は、仲間たちとの合流を目指すことだ。そんな中、ある一人の少女を見かけた。やや浅黒い肌、灰色の長い髪、緑色のジャケットと短いスカート姿の少女だった。何者だ、と五十嵐は彼女の近くへ向かおうとしたが、いつの間にか少女の姿は無くなっていた。今のは一体、何だ?
まあ、いい。仲間たちとの合流と任務が先だ。しかしながら、中隊の中核であるUMP45たちと未だに合流できていないのは不安材料ではある。とにかく、早く404小隊の4人と合流せねばならない。
2056年 2月5日 1159時 ツェナーネットワーク
「おやおや。まさかこんなところにノコノコやって来る人間がいるとは」
ネットワーク上に接続したある
「ところで、こいつは何者なんだ。我々が持っているグリフィンの資料では確認できていないが」
「さあね。まあ、さしずめ中隊指揮官ってところだろ。しかし、どうやって人間がこんなところに入ってこれるのさ?」
「理屈は簡単だ。睡眠障害解消用の機械を使ってごく浅く眠らせて、脳の神経パルスをネットワークと接続すればいいだけの話だ。当の本人は夢を見ているのと同じ感覚だ」
「ふーん。で、どうするのさ」
「まあ、焦ることは無い。まあ、奴らよりも先にブツのありかを見つけることに越したことは無いな」
「確かにね。それに、あいつらに付いて行けば、むしろそれを簡単に見つけられるかもよ」
「それもいい考えだが・・・・・・待て。ううん?」
「何さ?」
「・・・・・・あいつからだ」
「何の用さ」
「"裏切者"を始末しろとな。その前に例のブツを試したいとも言っている」
「ふーん」
「そうだ・・・・・
「これは・・・・・。それで、これを使って何をするっていうのさ」
「本来の任務をやらせるのさ。くっくっく。あいつには最悪の絶望を味あわせてやるさ。まあ、まずはあいつを捕獲しなければ始まらないがな」
2056年 2月5日 1203時 ツェナーネットワーク内部
上下前後左右の感覚がよくわからない。SVとTMPと合流できたのは僥倖だが、他の仲間が未だに見つからない。それにしても、これはVRの延長線上にあるようなものなのであろうが、原理が全く理解できない。だが、そんなことを考えている余裕は無い。
「指揮官・・・・・何か聞こえませんか?」
SV98の声に五十嵐が振り返った。
「何?」
「よく聞いてみてください」
五十嵐は立ち止まり、目を閉じてから耳を澄ませた。フルオートで発射される銃声が聞こえてきた。方向を特定するため、じっくりと聞く。
「あっちだ。11時の方向だな」
五十嵐たちは銃を構え、駆け足で電子の世界を移動した。果たして、これを走っていると言える行動なのだろうか。だが、銃声がする方向には仲間がいる可能性が極めて高い。
2056年 2月5日 1205時 ツェナーネットワーク内部
「ああ、もう。こいつ何?こんなの見たこと無いんだけど」
UMP9が迫りくる敵に銃弾の雨を浴びせていた。G36、AEK-999、9A-91、スプリングフィールドも横並びで後退しながらそいつに銃弾を撃ち込んでいる。
「こんな時ファルコンがいればなぁ。一発で吹っ飛ばしてくれそうだけど」AEK-999が新しい弾薬ベルトを銃にセットしながらぼやく。
「まずいですね。ちっとも攻撃が効いている様子が無いです。どうします?」G36と9A-91が敵を攻撃している隙に、スプリングフィールドが弾倉に30-06弾を押し込みながら言う。
「こうなったら、早いところ逃げましょう。ナイン、手榴弾はありますか?」
「あるよ。どれ使う?」
「スモークを使いましょう。こいつが赤外線センサーを持っていたら無意味ですが・・・・・・」
「試さないよりはマシ。そーれっと」
UMP9はM18スモークグレネードを2発投げた。油っこい緑色の濃い煙が噴き出し、正体不明の敵から姿を隠す。
「今です!」
スプリングフィールドの合図と共に、4人が一斉に走り出した。G36は撤退中に再度、M18を数発投げる。赤いボーリング玉のような敵は、暫くその場で獲物を探してくるくると旋回した後、明後日の方向へと移動していった。
2056年 2月5日 1206時 ツェナーネットワーク
歩けども歩けども、全く同じ光景が広がっている。だが、銃声がだんだんと大きく聞こえてくることを考えると、進むべき方向へと向かっているのは確かなようだ。TMPと五十嵐は全方向に銃を向け、警戒しながら進む。一方でSV98はスコープで進行方向の様子を見て、危険が無いこと確認してから五十嵐に進むよう合図する。やがて、彼女は膝射の姿勢になってその場に止まった。
「指揮官、見つけました!5人います!」
「誰だ?」
「待ってください・・・・・G36とAEK、9Aとナイン、スプリングフィールドです」
「敵は?」
「敵は・・・・・・あ、あれは・・・・・?」
「どうした?」
「見たことも無い敵です!」
「何だと?」
五十嵐は双眼鏡で確認した。確かに、仲間たちが攻撃している相手は、今まで確認しなかったタイプの敵だ。黒光りする丸い体。まるで正月料理の黒豆に手が生えた姿だ。
「な、何だあれは・・・・・・・とにかく、援護するぞ!」
「わかりました!任せて下さい!」
SV98は伏射の姿勢になると、狙いを付け引き金を引いた。7.62mm×54R弾は敵に命中したものの、金属の丸い体に弾かれた。
「こっちに気づいたみたいですね。どうします?」
「スモークを投げまくって視界を塞ごう。その隙にみんなと合流だ」
「わかりました」
五十嵐とSV98はベルトサスペンダーからM18発煙手榴弾を手に取り、一定間隔で投げながら仲間たちの方へ向かう。緑色の煙が敵の視界を遮っている隙に仲間と合流しようとした。
「みんな、こっちだ!」
UMP9が五十嵐の声に気づき、一目散にその方へと走って行った。他の仲間の彼女に続く。7人は固まって息切れするまで猛ダッシュして、敵から遠ざかった。