2056年 2月5日 1209時 ツェナーネットワーク
地図のようなものが無いのでどこへ行くべきなのかわからないが、とにかく仲間と合流できたのは僥倖だ。先ほど出くわしたおかしな敵から逃げ出すため猛ダッシュしたため、五十嵐は流石に息切れしていた。VR空間に意識を移していても、実際の感覚は現実世界と同じらしい。デールはここで撃たれても死ぬことは無いと請け合ったが、これは信用していいものかどうかわからんぞ。
「ちょっと指揮官を休ませてあげないと。へろへろになってるぞ。周りに敵はいないみたいだし」AEKの提案にその場にいた全員が賛成した。
五十嵐はUMP9に肩を支えられながらその場に座り込み、ハイドレーションのチューブを咥え、水を飲む。やれやれ。9A-91とAEK-999、スプリングフィールドが銃を手に周辺を警戒する。それにしても、だ。無人機の信号を、この広大な電子空間からどうやって見つけ出せば良いのか。まあ、見つけた場合は件のシーアという少女が
暫く休んでいると、向こうから黒い影が近づいてくるのが見えた。五十嵐が座射の姿勢になって自動小銃を構える。他の仲間は五十嵐をぐるりと囲む体制を取った。その影はどんどんこちらに近づいてくる。だが、やがてSV98が銃の上のスコープのカバーを戻し、指揮官の方を振り返って見た。
「大丈夫です。ファルコンです」
SV98が人影に向かって手を振った。向こうも手を振り返して、こちらに駆け寄ってきた。赤いスカーフを頭に巻き、対物ライフルを持つ見知った少女がこちらに走ってきた。あんなものを手に持って、よく全力で走って来れるものだ。
「こーひーつーじーちゃーん!」
ファルコンは一旦立ち止まって、全力疾走したためにすっかり上がってしまった息を整えた。
「大丈夫だったか?他の仲間は見なかったか?416とか45とか」
「全然見かけてないな。404は
「ああ。416も45もG11も、全く見かけていない」
「G11かー。一人だから、どっかで寝ていたりして」
「こんな、鉄血がうようよしている訳の分からん危険地帯でか?いくらG11でも、流石にそれは無いと思うぞ」
「どうかなー。あいつ、本当にどこでも平気でグーグー寝るからねー。昼寝している間に鉄血に殺されてなきゃいいけど。あ、でも、ここではファルコンたちはネット上のアバターみたいなものだから、撃たれたりしても死なないか」
それを聞いて五十嵐は嘆息した。
「とにかく、無人機の信号を探しながら、仲間との合流を目指すしかない。416たちも、僕らのことを探し回っているだろ」
「だね。じゃあ、まずはみんなを探しに行かないとね」
五十嵐は改めて隊列を組みなおさせた。SV98とファルコンが前後を守り、2番目を五十嵐が援護する。あとは9A-91とG36、AEK、スプリングフィールドを左右に展開させる。UMP9だけは例によって五十嵐の護衛役を譲らなかった。
2056年 2月5日 1210時 ツェナーネットワーク
「あー、もー、なんでチョコが無いのー」
「文句言わないの。それよりも、ここは現実の空間じゃないのよ。忘れたの?私たちは、本来はあの地下のガラクタな
そんな会話をしているのはFNCとFALだ。二人はネットワーク上で目覚めた直後からすぐに合流できたのだ。ところが、肝心要の指揮官とは離ればなれ。他の仲間の手がかりも無い、八方塞がりの状況だった。
まだ敵と出くわしてもいないが、たった二人ではまともに戦う事すらままならないだろう。
「それでー。どこに行けばいいのよー」
「そうね・・・・・・まあ、銃声が聞こえる方が正解の道だと思うわ」
「あ、そうか。ここで銃を持っているのは、私たちと鉄血しかいないもんね」
「正確よ・・・・・・・あら?」
歩いていたFALは、前方に見知った姿を確認した。黒いベレー帽に青みのかかった長いストレートの銀髪、自動小銃、タイトな服とミニスカートを身に付けた少女。その少女は、"地面"に寝転んだ別の少女を引っ張り、蹴っていた。見慣れたいつもの光景だ。
「416、そこにいたのね。あらG11も」
「FAL・・・・・とFNCか。指揮官はどこなの?」
「お生憎様。私たちがそれを聞きたいところよ」
それを聞いた416は深く嘆息し、辺りを見回した。
「ナインも45も、ちっとも見つかりもしないわ。まあ、いいわ。合流できたのは幸いだわ。ほら、早く起きて!指揮官たちを探しにいくわよ!」
「うぅー。夢の中だし、寝ててもいいんじゃないの」
「ダメに決まっているでしょ!ほら、早く!指揮官を探しに行くわよ!」
「相変わらずね。先にみんなと指揮官を見つけて、それから目的のものを探すことにしましょうか」
「当然よ。敵に注意するわよ」
416がG11を再び強く蹴ると、ようやくG11は起き上がって歩き始めた。
2056年 2月5日 1216時 ツェナーネットワーク
UMP45は一人でこの奇妙な空間の中を歩き続けた。何だろう。先程から、AIに奇妙なログが残っている感じがする。
UMP45は、今でこそ妹と共に、この中隊の指揮官の右腕のような存在だが、前の指揮官の中隊ではそうでは無かった。
その中隊の指揮官は、いつも訓練で落伍するUMP45を突き放していた。負のスパイラルは続き、訓練の成績は日を追うごとに下がる一方。そのうち、彼女は作戦行動からも外され、妹たちが出撃している時は、ラボで待機させられる。そんな日々が続いていた。
作戦から帰って来た人形たちは、すぐに───特に、妹であるUMP9───は、居残りをする自分に会いに来てくれた。だが、指揮官はUMP45を作戦から外した日以降、全く自分と顔を会わせようとしなかったのだ。
やがて、その指揮官はグリフィンから去っていった。使えない人形といたら、命が幾つあっても足りないということだ。指揮官不在で、作戦を任されることも無く、まともに訓練も受けられない。そんな日を過ごしていたある日、B中隊に新たな指令が下った。鉄血が殺しのターゲットにした人物を、殺される前に保護せよ、というものだった。
そうしてやって来たのが、今の指揮官。五十嵐智基だ。五十嵐が新人指揮官として訓練をUMP45たちと受けていた時、彼女は正直、この男とどう接するべきか手探りだった。
そんなある日、B中隊がアスレチックコースでの訓練をしていた時だ。他の仲間は次々と進んでいき、ゴールする中、UMP45はかなり遅れていた。
すでに仲間たちの姿は見えなくなり、目の前に見えるのは、太いロープが垂れ下がった、高い壁。
何度もやっている事なのに、上手くいかない。ロープを手繰り寄せ、なんとか壁の頂上の近くまで登ってきたUMP45の腕を、五十嵐が掴んで引っ張り上げてくれたのだ。
五十嵐は、その場で息が上がってしまい、壁の頂上にある、人が2人程座れるくらいのスペースで休んでいたのだ。コースの順路の先となる下を見下ろすと、どんどん仲間たちが先に進んで行くのが見えた。
やがて、反対方向を見ると、UMP45が一生懸命ロープを掴み、壁をよじ登って来ていた。五十嵐は、45が自分と同じように苦戦しているため、手を貸してあげることにしたのだ。
UMP45は、五十嵐が掴んでいた腕をすぐに振りほどいた。この指揮官が嫌いという訳では無かった。その先の障害物を乗り越える時も、五十嵐は度々手を貸してくれたが、できるだけ自分の力で進んだ。
自分の力で進まねばならないのは言うまでも無かった。そうでなければ訓練にならない。だが、UMP45が五十嵐の助けを拒否した理由はもうひとつあった。それ以上手を借りたら、その場で指揮官に甘えたくなる衝動に駆られたからだ。
今は、きっと指揮官は自分の助けを必要としている。早く合流しなければ。他の仲間たちも、きっと同じにちがいない。UMP45は薬室に.45ACPのホローポイント弾が装填されているのを確認し、奇妙な電子空間の中を進み続けた。