2055年 8月2日 オーストラリア北東沖 0913時
五十嵐智基とヘリアン、戦術人形たちは、荷物を持って飛行甲板に出ていた。どうやら、目的地に着いたらしい。
「ヘリが迎えに来る。それまで待っててくれ」
巨体な輸送船と駆逐艦は停泊し、錨を下ろしていた。暫くすると、空気を掻き回す重低音が聞こえてきた。3つのシルエットが、南から近づいてくる。ヘリの羽音はどんどん大きくなり、それ以外の音が聞こえなくなってきた。
飛来したのは、3機のCH-53Eだ。大型輸送ヘリは、黄色いジャケットを着た着艦誘導員の指示に従い、まずは1機が着艦した。
ヘリアンが乗れ、と指示したので、荷物を持った五十嵐と戦術人形たちが乗った。CH-53のキャビンは広く、17人を乗せるなど造作もないことだ。輸送ヘリのキャビンクルーが、乗客と荷物を全て乗せたことを確認し、パイロットに親指を立てて見せた。スーパースタリオンは離陸し、グリフィンの訓練施設へと飛び立った。
五十嵐は、キャビンのシートに座り、ベルトで体がしっかりと固定されているのを確認した。乗り心地は悪くはない。しかし、人生で初めて乗ったヘリが、アメリカ海兵隊が使っている大型輸送ヘリになるとは、夢にも思っていなかった。キャビンの中は、ローターの強烈な羽ばたき音で、会話は困難だ。これから暫くは、決して快適とは言えない空の旅だ。シートはゴツゴツして座り心地が悪く、勿論、リクライニングなんてできない。キャビンの内側は、防弾板が随所に追加され、更には内張りの布はスペクトラ繊維でできている。目的地には、20分程のフライトで到着した。
2055年 8月2日 オーストラリア北部某所 0956時
ヘリが着陸したのは、何重ものフェンスで囲まれた、東京ドーム100個分程の広さの土地だ。周囲では、ジャーマンシェパードやドーベルマンを連れた警備員が巡回している。トラックやハマー、ピラーニャ装甲車、更にはUH-60MとCH-47Fの2種類ヘリが確認できた。周囲には、『警告 私有地につき立ち入り禁止』『警告 警備犬巡回中』『警備 本施設の警備員は殺傷力のある武器の使用を許可されている』といった、物騒な文言が書かれた看板がフェンスに取り付けられていた。事実、警備員は腰にベレッタAPX拳銃を入れたホルスターと予備弾倉を入れたマガジンパウチ、警棒、ナイフ、テーザー銃に予備のアンカーを携行している。
「こっちだ」
ヘリアンに連れられた先は、4階建ての、白いコンクリートのアパートだった。どうやら、暫くはそこに滞在することになりそうだ。
「さて、訓練期間中は、ここで過ごして貰う。部屋には、必要なものは大抵は揃っている。1人1部屋用意した。鍵はドアに刺さったままだが、もし、無くなっていたら申告してくれ。食事は、食堂で、0630時から2200時までの間、自由に食べられる。それ以外の時間に食べたいものがあれば、施設内に24時間営業の売店が3ヵ所ある。さてと、今からこいつを渡す。絶対に無くすなよ」
ヘリアンが五十嵐に渡したのは、2枚のカードだった。片方は、グリフィン&クルーガーのキャッシュカード。そして、もう片方はブラックカードだった。
「当面の報酬と契約金として、アメリカドルで95000ドル出している。無駄遣いはできるだけするな。訓練期間中は1ヶ月につき7500ドル。更に、作戦に出撃する度に危険度に応じた報酬を出す」
おいおい、初期の給料としては、随分な高給じゃないかと五十嵐は一瞬だけ思ったが、作戦中に命を落とす可能性が非常に高いことを考えると、決して高給取りとは言えない。
「まあ、死んでしまえば、何の意味も無いですがね。あの世にお金は持って行けませんから」
「なかなか辛辣だな。ところで、気になった子は見つかったか?」
「はい?」
「まあ、いいさ。さて、と。昼飯までの間は、ゆっくりしてくれ。昼飯は1200時から。そして、最初の訓練を1430時から始めよう。以上だ」
いよいよ戦闘訓練が始まるのか。
「基本的に、射撃場以外の訓練では空砲を使う。空砲アダプターの付け方は覚えているな?」
勿論、ここに来るまでそれは繰り返し復習していた。
「大丈夫です。何十回とやりましたから」
「結構だ。それでは、後でな」
ヘリアンは部屋から出ると、ドアを閉めた。さて、今日はどんな訓練をすると言うのだろう。その前に、銃の取り扱いを復習しておこう。五十嵐は、本棚から日本語訳されたブッシュマスターACRとベレッタAPXのマニュアルを取り出し、それを読みながら通常分解と組み立てを繰り返した。
2055年 8月2日 イギリス ロンドン G&K本部 0123時
ベレゾヴィッチ・クルーガーは、作戦指令部で各地の戦況を確認していた。アフリカ、南米、東南アジア、中東に於いては、特に鉄血の勢いが激しい。しかし、ヨーロッパではNATOが活躍しているため、奴らを押さえることはできている。中央アジアと中米に於いては、それぞれロシア軍とアメリカ軍の活躍により、そこそこ制圧できている。しかし、奴らの戦力はかなり強大だ。
奴らの特に恐ろしい側面は、UAVとUGVは言うまでもなく、所属している人形兵士そして人間の兵士すら、恐怖を覚える事無く、銃弾の雨の中を突き進んでくる面だ。
クルーガーは始め、戦術人形から感情という側面を排除できるのでは、と考えて、感情制御プログラムをインストールすることを何度か試していた。
しかし、それはことごとく失敗に終わった。感情制御プログラムをインストールされた戦術人形たちは、初めは上手く感情抑制ができたかのように見えたが、暫くすると、例外無く彼女たちの感情は暴走し、他人を傷つけたり、更には殺害し、最終的には自殺したりした。最初の死者が出た時点で、クルーガーはこの計画を中止させた。そして、戦術人形たちの個性や感情は、そのままにしておき、普通の人間と同じような扱いをするという方針を固めた。
さて、仕事に戻ろう。行方不明になったAR小隊及びA中隊の手がかりは、未だに掴めていない。しかし、彼女たちは、グリフィンきってのエリート部隊だ。そう簡単にくたばるような連中では無い。まずは、B中隊が実戦投入可能になるのを待とう。
しかし、それには、早くとも木の葉が茶色になり、地面を埋め尽くす季節になるまで待たねばならない。しっかりと訓練を受けていない人間を実戦投入するなど、自殺させに行かせるようなものであり、それは、作戦の失敗に繋がることになるからだ。