2056年 2月6日 0012時 ルーマニア グリフィン支部
UMP45はベッドの上で目を覚ました。窓が無い部屋にベッドが並び、白い壁が強い蛍光灯の光を反射している。普段着ている服から、検査用のローブに着替えさせられていた。扉の向こうで誰かが話している声が聞こえてきた。
「・・・・とにかく、心配はいらないわ。あの子はある種のウィルスを打たれただけよ。でも、既に知られているタイプのものだから、さっき投与した抗ウィルス剤ですっきり除去できたわ。全く、折角帰れるかと思ったら、これだもの」
「ペルシカさんがたまたまここにいて助かりましたよ。45に会っても大丈夫ですか?」
「ええ。それにしても、あなた、デブリの時に委員会の連中を前に物凄くキレたって聞いたわよ。普段大人しいあなたを、何がそうさせたのかしらね」
ペルシカが口の右端をやや吊り上げて言った。五十嵐は沈黙したまま彼女を見る。
「まあ、いいわ。あの子に顔を見せてあげなさい」
扉が開き、五十嵐とペルシカが入ってきた。五十嵐はセーターとカーゴズボンという私服姿で、レッグホルスターにSFP-9を入れている。
「指揮官・・・・・」
五十嵐はUMP45のそばにしゃがみ、頭を撫でた。
「指揮官、私、指揮官のこと・・・・」
UMP45は声を詰まらせ、涙をぼろぼろ流した。鉄血のウィルスに操られていた間に、自分が一体何をしていたのかがメンタルモデルのログに残っていたのだ。
「いいんだ。今日のことはもう忘れろ」
「そんなの、そんなのできるわけないじゃない!私は、指揮官を守らなきゃいけないのに。殺そうとしただなんて!」
UMP45は五十嵐の肩を掴み、揺さぶりながら叫び、泣き崩れた。五十嵐はそんな彼女の様子に面食らった。
そんな様子を見ていたペルシカは嘆息すると、五十嵐に話しかけた。
「全く。あなたは、仲間を大切にはするけど、まだまだ彼女たちの気持ちを完成に理解してやるまでは至ってないようね」
「何が言いたいのです?」
ペルシカは再び嘆息する。
「いい?この子は、危うく大好きな指揮官を自分の手で殺すところだったのよ。そんな状況になったら、どうしてやるのが一番かわからない?」
五十嵐は考えた。
「やっぱり、しばらくは来るべきじゃなかったみたいですね」
「ああっ!もう!私は席を外すから、ちゃんと考えなさい!あ、でも、部屋に帰るのは無しよ!」
普段穏やかなペルシカが、半ばキレた理由を五十嵐は理解できず、ぽかんとした表情になった。そんな五十嵐を無視し、ペルシカは大股で歩いて、部屋から出ていった。そして、扉の電子ロックと、古典的な鍵がかかる音が聞こえた。
やれやれ。とにかく、今は45と一緒にいてやる他無くなった。五十嵐は病室にあった椅子に腰かける。
普段ならば、疲れがどっと押し寄せ、そのまま倒れ込んで眠ってしまうはずだった。しかし、ぐするUMP45を放っておく訳にもいかない。
頭を撫でてやろうと、手を伸ばした時だった。45は五十嵐の腕を掴み、引っ張った。五十嵐はバランスを崩して、彼女の上に倒れこむ。
「わっ!す、すまん。大丈夫か?」
UMP45は五十嵐に両手両脚で抱きついてきた。驚く程強い力で押さえ込んでくる。
「ちょ、ちょっとこれは、」
45は無言で五十嵐の目をじっと見た。いや、確かに戦術人形の元になったのは、多分、そういう目的のサイボーグなんだろうが、だからと言って。
五十嵐は、UMP45の抱擁から逃れるような動きをしたが、改めて45の顔を見ると、彼女はひどく悲しそうな表情を浮かべていた。
二人の間に沈黙が流れた。そして、ふと、五十嵐は、もし、自分が今、UMP45を拒否したら、彼女をもっと傷つける事になるだろうということに気づいた。
「わかった。いいよ」
UMP45は五十嵐の唇に吸いつき、舌で舐めた。まさか、自分がこんな経験をする時が来ようとは、全く思ってもみなかった。仲間たちを大切にしつつも、ある程度は線引きをしようとしていたからだ。だが、今は、男としての欲望の方が勝ってしまった。
五十嵐はホルスターから拳銃を引き抜き、弾倉を外してスライドを引いて固定してからキャビネットの上に置いた。腰のマガジンパウチに入った弾倉も取り出す。こんな時でも、銃の安全管理は抜かりが無い。弾みで暴発でもさせたら、洒落にならないだろう。
B中隊の指揮官は、戦術人形の腰に両手を回し、その下にある柔らかい膨らみに触れる。二人は、そのまま朝までお互いの体をむさぼった。
2056年 2月6日 0036時 ルーマニア グリフィン支部
ペルシカは廊下を歩き、コーヒーメーカーにコインを入れ、紙カップをセットしてからブラックコーヒーのボタンを押した。
やがて、リノリウムの床をコツコツと、鉄板が入ったコンバットブーツが叩く音が近づいてきた。廊下の向こうからスコット・ブレナンが歩いてきた。
「あら。1杯どうかしら?奢るわよ」
「貰おうか。ミルクも砂糖も無しでな」
ブレナンはペルシカから紙カップを受け取り、中の暖かい黒い液体を啜った。酷い味だ。
「これ。あんたが興味を持つと思ってな。回収しておいた」
ブレナンはポケットに手を入れ、ジップロックに入ったマイクロチップをペルシカに差し出した。
「鉄血のハイエンドモデルのAIのCPUの1つだ。頭を撃ったのに、これだけがぶっ壊れなかったのが奇跡に近いな。解析には気を付けろよ。マルウェアやウィルスが仕込まれている可能性がある」
「あらー、最高のプレゼントね。上層部も興味を持つわね。報酬弾むように言っておくわ」
「奴ら、ハイエンドモデルにはバックアップのCPUを仕込んでいるみたいだ。あいつには、4つのCPUがセットされていたが、うち3つは50口径でお釈迦になった」
「あら残念。是非とも4つ全部回収して貰いたかったけど、そう上手くはいかないものよね」
「ところで、トモキと45は平気なのか?」
「二人とも心配無いわよ。今頃、きっと"にゃんにゃん"しているわ。見に行ってみる?」
ブレナンは噎せてコーヒーを吹き出した。
「冗談よ」
「ふざけやがって」ブレナンはポケットから小さなタオルを取り出して、手と顔を拭う。
「あなただって、全くの未経験では無いでしょ?戦術人形とだけど」
「ああ。でも、わざわざ他人のを覗く趣味は無い」
ブレナンはコーヒーを飲み干し、カップを屑入れに放り込み、近くにあったモップで床を拭いた。
「さて、もう少し徘徊したらひと眠りしてくるか」
「じゃ、おやすみなさい。AR70をあまり一人で待たせちゃダメよ」
ブレナンは"わかってる"とでも言うように、右手を振ってからその場から大股で歩き去った。