2056年 2月7日 2014時 メキシコ メキシコシティ国際空港
1機のガルフストリームG550が着陸し、ビズジェットエリアに向かってタキシングした。エプロンでは30代くらいと思しき一人の女性が立っている。
G550の扉が開き、ジェラルド・グリッドレイと仲間たちが降りてきた。エプロンに立つ女性がグリッドレイに歩み寄ってくる。グリッドレイたちが救出した少女がストレッチャーに乗せられ、運ばれていく。
「はー、疲れたぜ。早く風呂に入って飯にしたいな」そうぼやいたグリッドレイの前に件の女性が立ち塞がった。
「ジェリー」
グリッドレイはため息をついた。目の前の女性はロシア連邦国家保安局のエージェント、アンジェリカ。今回のミッションは、グリフィンがFSBから間接的に請け負った仕事のようだ。なるほど。やばい仕事は元フォースリーコンの指揮官が適任だと誰かが吹き込んだらしい。
「くそっ、何か変だと思っていたら、あんたが絡んでやがったか」
「あら。グリフィンから、この手の事をやらせたら、あなたが適任だと聞いたからよ」
「くそが」
「私があなたのプロファイルを全く知らないとでも思ったの?あなたのことならば、靴のサイズから好みの女の子のタイプまで把握しているわ」
「ひっでぇ」
「さて、報酬の話よ。まずはこれ。お金よ」
アンジェリカはグリッドレイにUSBメモリと小切手を差し出した。
「ありがとよ」
「それと、12、94」
「はい」
2人がアンジェリカに近づいてきた。
「これからはこの人に付いて行きなさい」
「承知しました。それでは指揮官、よろしくお願いします」AK12が言う。
「おい」
「いいじゃない。二人とも頼りになるわよ」
「お前のことだ。どうせモグラにするつもりだろ」
「あら。私にそんな余裕があるとでも思ったの?じゃあね」
アンジェリカはそのまま駐機していたIl-76輸送機に向かって歩いて行った。白い塗装に赤いストライプ。ロシア非常事態省の飛行機だ。周囲には物々しい武装に身を包んだ人間がいる。恐らく、ロシアの軍かFSBの特殊部隊だろう。
さて、メキシコは治安が悪いので、あまり長くは滞在したくないところだ。周囲を見回すと、このエプロンにB747-8i旅客機が駐機しており、その近くにはグリフィンの警備員がいるのを確認した。
「よし。みんな、集まってくれ。あの飛行機に乗せてもらえないかどうか、頼んでみよう」
2056年 2月7日 2114時 フロリダ上空
ジェラルド・グリッドレイと仲間たちは大きな旅客機の機内にいた。仲間たちは、それぞれ別のコンパートメントで休んでいるようだ。グリッドレイは武器庫の机にL115A3ライフルを置き、銃身、薬室、ボルトの汚れをバリストールで除去した。最後にアクション・クリーナーとガンオイルを軽くさして仕上げ、正常に動くかどうか、空撃ち用のダミーカートリッジを薬室に入れて数回空撃ちする。いついかなる時も、銃の手入れは常に怠らない。
続いてMk18カービンを素早く分解し、バリストールを染み込ませた布で汚れを拭き取る。慣れた手つきで、あっという間に銃身の中にこびりついた鉛や真鍮のカス、火薬の煤を除去し、まるで新品のようにピカピカに磨き上げた。M45A1拳銃も同様に点検整備を行った。グリッドレイはL115A3とMk18を専用のケースに入れて、機内に固定されたガンロッカーに入れ、その中にあるベルトで更に固定した。拳銃の方はホルスターに戻す。その直後、ドアをノックする音が鳴ったので、グリッドレイは扉を開けた。目の前にはPPsh-41がいた。
「指揮官様、さっき厨房の人に聞いたら、冷凍のパンプキンパイがあるって言っていましたよ。焼いておいてくれているそうです」
「おっ、そいつは良かった。こっちは、丁度、銃の手入れが終わったところだ。よし、AK-12とAN-94の歓迎会にしよう」
グリッドレイはPPsh-41が去ってから、銃の清掃道具を片付けた。パイを食べる前に、手を洗わねば。銃の清掃をしている時は手術用のゴム手袋を使っていたとは言え、両手が火薬の煤や土で汚れている。
「やっぱり、仲間ってのは最高だな、ジェリー」グリッドレイは独り言を言って洗面所へ向かった。
2056年 2月8日 1214時 オーストラリア グリフィン&クルーガー社
「クルーガーさん、FSBからの依頼は完了しました。部隊は帰還中です」ヘリアンはタブレット端末を操作しながら言った。
「確か、V中隊が担当していたな?グリッドレイに依頼主の情報は伝えていたのか?」
「いいえ。しかし、早晩、知ることになるでしょう。ミスター・グリッドレイのことですから」
「そうか」
ベレゾヴィッチ・クルーガーはジェラルド・グリッドレイのプロファイルを確認した。出身はアメリカ合衆国、アラスカ州、アンカレッジ。元海兵隊三等軍曹で、武装偵察部隊の狙撃手。この若者の経歴は、軍出身者が少ないグリフィンの指揮官の中では、とりわけ異彩を放っていた。グリッドレイは現役の海兵隊員の時に、銀星賞と対テロ従軍紀章を受賞している。
グリッドレイはアフリカでの作戦後、自己申告で海兵隊から退役していた。公式記録にはストレス障害による傷痍退役とされていた。
グリッドレイはグリフィンにやってきた直後は、軽度なストレス障害の症状が出ていたが、今ではそんな兆候を全く見せていない。それどころか、直近の彼の心理査定では、経過観察は必要だが、ストレス障害はほぼ克服できている、との診断結果も出ている。
仲間たちの功績だろうか、とクルーガーは思った。民間向け愛玩人形の中には、人間に対するメンタルケアを行うものもある。戦術人形には基本的にはそんな機能は無いが、グリッドレイと彼の仲間との交流の中で、それに似た作用が少なからずあったのだろう。まあ、それはそれで喜ばしいことであるのは確かである。
2056年 2月8日 2235時 アメリカ東部上空
ジェラルド・グリッドレイはパイやピザをたらふく胃袋に突っ込み、シャワーを浴びて、倒してベッドにしたリクライニングシートで横になっていた。作戦中は、碌な飯が食べられなかったので、久々にのんびりできた気分だ。
帰ったら休暇に入るが、それが終わったらAK-12とAN-94と、部隊の隊員との連携を練り直さねばならない。元海兵隊の狙撃手だなんて人材が、グリフィンにそう多くいるものでは無い。グリフィンの部隊指揮官の大半が民間人だからだ。自分はすぐに厄介ごとが起きているところに派遣されるだろう。
Semper-Fi。常に忠誠を。かつて、アメリカ合衆国に立てていた誓いを、グリッドレイは今は仲間たちに対して立てている。忠誠心を向ける相手こそ違うものの、その精神はやはり海兵隊員そのものであった。
やがて、席の仕切りの扉を叩く音が聞こえてきた。
「おう。どうした?」
「指揮官、81式です。機長さんが行きたい場所があれば、リクエストに答えてくれるそうです」
「うーん、そうだな。カナダのイエローナイフって所をリクエストしたいな。この時期ならば、君らにも面白いものを見せてあげられそうだからな」
「わかりました。カナダのイエローナイフですね。伝えておきます」