2056年 2月9日 0013時 カナダ イエローナイフ空港
B747-8iがイエローナイフ空港に着陸した。凍った滑走路でこの機体を着陸させるにはぎりぎりの長さだ。
グリッドレイは機内ネットワークを使いタブレット端末で現地の天気を確認した。晴れ。オーロラを見るにはこの上ない状況だ。飛行機はビジネスジェットエリアへ向かってタキシングしていく。
飛行機の扉が開くとマイナス10℃を下回る冷気が一気に機体に吹き込んできた。極地用防寒着を着ておいて良かった。こんな寒いところにいると、故郷のアラスカで父親と一緒にヘラジカやグリズリーを撃ちに行っていたことを思い出す。父親のオーランド・グリッドレイは警察官で、今はアンカレッジ市の警察署長をやっているはずだ。
グリッドレイの射撃の腕は、父親に鍛えられたと言っても過言では無い。10歳の誕生日の時にプレゼントとして.22口径のアンシュッツ2013ライフルを送られてから、休日に父親と共に獲物を狩りに行っていた。更に、射撃のジュニア大会で何度も金賞に輝いている。
オーランドは息子のジェリーには同じ警察官か、または地方の保安官になることを望んでいたが、当の息子は、より外の世界に憧れており、更に射撃の腕前を最大限に活かせる海兵隊を進路に選んだ。
「うわー、寒い。なんでこんな所に行くことにしたのよ」
防寒着を着たFive-Sevenがグリッドレイに文句を言った。エプロンは凍り、周囲には雪が積もっている。
「ひゃあ!」
81式が足を滑らせ、転びそうになったところをグリッドレイは素早く支えた。
「よっと。さて、あれを見てみろよ」
グリッドレイは空に人差し指を向ける。
「あれって・・・・・・何ですか!?あれは!?」
81式が見上げた真っ暗な空には、赤や緑の光でできた、巨大なカーテンがかかっていた。それはまるで風になびいているかのように揺らめき、幻想的な風景を産み出している。
「あれがさっき話した、面白いものだよ。オーロラって言うやつだ」
グリッドレイたちがしばし空を見上げていると、大きなハマーが6台とトラックが2台、近づいてきた。ドアが開き、中からグリフィンの職員が出てくる。
「ミスター・グリッドレイ?」
防寒着に身を包んだ男が身分証をグリッドレイに見せて呼び掛ける。
「ああ、そうだ」
「ヘリアンさんからの指示で、宿泊施設へ連れて行くよう言われた。荷物はトラックに入れておいてくれ」
「わかった。よし、みんな。トラックに荷物を入れろ」
2056年 2月9日 0043時 カナダ イエローナイフ郊外
グリフィンの職員がグリッドレイたちをかなり大きなバンガローに案内した。ガレージにはハマーが二台、置かれている。町からは少々離れており、車が無いと不便そうだ。ハワードと名乗ったその職員によると、ここからイエローナイフ市内までは、車で20分程だそうだ。
夜空には、相変わらずオーロラが輝いている。戦術人形たちは、空を見上げ、太陽風のプラズマと地球の大気が織り成す自然のスペクタクルに夢中になっている。
ハワードはグリッドレイに、用があるならばトロントの支部に連絡を取るよう言ってからトラックを運転し、元来た道を戻って行った。他の職員たちも車に乗ってバンガローから離れる。
グリッドレイはバンガローの中を調べた。食料がぎっしり詰まった冷蔵庫にオーブン、ガスコンロ。勿論、暖房は完備され、テレビ、ラジオ、ネットワークに繋がったPCがある。
バスルームは2ヵ所、テラスもあり、ガンロッカーにはスコープ付きのウェザビー・マークⅤライフルとモスバーグM590ショットガンが入っている。弾薬は、近くの金庫の中にあった。
仲間たちがテラスで空を見上げ、オーロラに夢中になっている中、グリッドレイはマークⅤを手に取り、ボルトを引いて状態を確認した。かなりしっかりと整備されているようで、カールツァイス・ビクトリーV8というスコープが取り付けられている。口径は.460ウェザビーマグナム。自分が普段使っている.338ラプアマグナムよりも更に強力なものを使う。確かに、カリブーやグリズリーを狩るには、これくらいの威力の弾薬が欲しいところだが非常に反動がきつく、グリッドレイとしては、PGMヘカートⅡのようなマズルブレーキを取り付けてもらいたいと思えてくるくらいだ。
しかし、ライフルの方は多分、使い物にならないだろう。スコープがどの距離でゼロインされているか、全くわからないからだ。
この時期ならば、グリズリーは大抵の場合は冬眠中だが、希に冬眠せず、うろついている奴もいる。.今ならば任務で使わなかったB300ロケットランチャーもある。万が一、グリズリーがやってきたら、それを使うことになるかもしれない。
それに、バンガローの外側には監視カメラがあり、周囲には動体センサーも仕掛けられている。その様子は、PCでリアルタイムで確認することができる上に、警報が鳴るようセットすることもできる。
グリッドレイはPCを操作し、セキュリティシステムを全て稼働させた。こんな雪原が広がり、森が点在しているだけのど田舎にポツンと建てられたバンガローにわざわざ強盗に押し入るような連中がいるとは思えないが、用心するに越したことは無い。ワルサーPPQ拳銃は常に携行し、Mk18カービンもすぐに使える状態にしておく。
OKC-3SコンバットナイフとM9バヨネットを手に取り、バランスを確認した。申し分ない。古い型とは言え、流石は一流の品質の軍用ナイフと銃剣だ。
「こんな所まで来て戦いの準備なの?」
Five-sevenの不満そうな声が後ろから聞こえてきた。
「やあ、相棒。ここだって、安全とは言い切れないさ。たまに、冬眠しないグリズリーがうろついていたりするからな」
「グリズリー?」
「バカでかい熊だよ。倒すならこいつくらいの威力のある武器が必要だからな」グリッドレイはマークⅤをFive-sevenに見せて言った。
「そんな銃が必要なくらいのバケモノなの?」
「君の銃どころか、7.62mmNATO弾で撃っても平気な顔して突進してくるような奴だからな」
「何よそれ。怖いわね」
「ああ。もし戦うならば、できれば対戦車兵器が欲しくなるくらいの奴だからな。北米大陸最強の地上生物だ」
「見たことあるの?」
「あるぞ。高校生の頃、親父や叔父と知り合い何人かで.460マグナムのライフルで徹甲弾を一斉に何発か撃ち込んでやっと倒したくらいの奴だからな。できれば出くわしたくない奴だ」
「もしこの近くでうろうろし始めたらどうする気なの?」
「対戦車兵器をぶちかますさ」
「近所の人に見られたら大騒ぎにならないかしら」
「ここから隣の家までは数十キロは離れているんだぜ。まあ、あまりドンパチをやらかしたら警察が来るだろうがな」
グリッドレイはセキュリティを作動させ、戸締りを確認した。
「そろそろ寝るか。もう疲れたぜ」
周りを見ると、スコーピオンや64式はもう横になって眠っている。グリッドレイは毛布にくるまり、壁にもたれかかるようにして目を閉じた。さて、明日からはどうやって過ごすか。地図アプリで周囲に何があるのかを探してみたが、イエローナイフ市以外は雪原や湖が点在するだけで、他に何も無いのも同然だ。
まあ、食料はたっぷり備蓄されているから、暫くは飯の心配だけはしなくて済みそうだ。灯油もざっと数えた感じ、1か月分くらいは備蓄されている。後のことは明日以降に考えても良さそうだ。