2056年 2月11日 0913時 タジキスタン
さて、休暇が終わったと思ったら、また作戦だ。何でも、ここでは鉄血と正規軍が交戦しているらしい。だが、詳しい任務内容はまだ五十嵐は聞かされていなかった。
今回もB中隊だけで出撃かと思っていたが、どうやら同行者がいるようだ。五十嵐は例に漏れず、UMPの姉妹と416を引き連れてキャンプの中を進んだ。暫く歩いていると、戦術人形を連れた若い男の姿が見えた。体格は五十嵐よりもかなり大きく、筋骨隆々で、黒い髪を過剰な程短く刈り上げている。年は20代の半ばか後半といったところだろう。
その男は五十嵐に気づくと、片手を挙げた。銀色のサングラスをかけ、肌はやや浅黒い。グリフィンの標準的な戦闘服を着て、スリングで銃が入っているとおぼしき大きなケースを背負い、右の太腿とタクティカルベストの左胸の辺りにあるホルスターに拳銃を入れている。男の隣には、長い銀髪を後ろに束ね、拳銃を持つ少女がいた。
「君がB中隊の指揮官かい?思っていたより若いな」
男はサングラスを外して灰色がかかった青い瞳を晒し、五十嵐に右手を差し出した。
「五十嵐智基。出身は日本の京都です」五十嵐は男と握手を交わす。
「ジェラルド・グリッドレイ。V中隊の指揮官だ。出身はアメリカのアラスカ、アンカレッジ。見た目がこうなのは、白人にイヌイットの血が混ざっているからだ。こいつは俺の相棒のFive-Seven」
「よろしくね」
Five-Sevenと名乗った少女が五十嵐に右手を差し出した。彼女は続いてUMP9、UMP45とも握手をする。
「トモキ、君はここに来てどれくらいになる?」
「まだ1年も経っていないですよ。来た理由は・・・・話せば長くなります。ここに来る前は、日本の大学にいました」
「ほう。と、なると頭は良さそうだな。因みに、俺は海兵隊にいた。残念ながら、頭の方はアレでな」
「海兵隊・・・・ですか。どの部隊にいたのですか?」
グリッドレイは五十嵐の言葉にぴくりと反応した。この小柄な日本人の興味を引いたようだ。
「実は・・・・・だな。アメリカ海兵隊で狙撃手をやっていた。おっと、あまり根掘り葉掘り聞くのはよしてくれよ。とにかく、訳あって三等軍曹になりたての時に海兵隊から引退したんだが、暫くまともな仕事に就けなくてな。根なし草みたいな生活をしていたが、運良くグリフィンの部隊指揮官になれたって話だ。ここじゃ、海兵隊の狙撃手だった時の技術を存分に活かせるし・・・・・・おい、A3G!」
グリッドレイは急に後ろを振り返って叫んだ。狙撃ライフルを持った少女が、建物の陰から出てくる。
「おやおや、やっぱりばれてしまったか。流石は愛しの指揮官様だ」
「俺を観察したいならば、もっとマシな方法を考えてみろと言っているだろ・・・・・・失礼。あいつはA3Gといってな。どうも、人を観察するのが趣味らしくてな。付きまとわれてかなわん」
「大変ですね」
そんな会話をしていると、ヘリのローター音が聞こえてきた。他の部隊が来るとは聞いていない。音から判断すると、CH-47FやCH-53Kのような大型輸送ヘリのようだが。
やがて、ヘリの編隊が現れた。UH-1YとCH-53K。かなりの数だ。五十嵐は双眼鏡でヘリを観察する。ライトコンパスゴーストグレーに塗られ、アメリカ軍のラウンデルが描かれている。海兵隊のようだ。CH-53Kの中には、妙なロボットのようなものがスリングで吊り下げている機体もある。
「グリッドレイさん。あれ」
グリッドレイは五十嵐が指し示したヘリを見た。どうやら、古巣から連中が来たようだ。
「ふん。誰だ?俺の知り合いがいるかもな」
2056年 2月11日 0914時 タジキスタン
エゴール大尉は、UH-1Y汎用ヘリの窓から高倍率の電子双眼鏡でグリフィンのキャンプを見下ろした。少女の姿を被ったサイボーグの中に、若い男が二人。一人は知らないアジア人だが、一人はよく知っている男だ。
「カーター将軍、エゴールです」
『どうした?』
「懐かしい顔を見つけました。挨拶したいのですが」
『ふむ。いいだろう。但し、揉め事は起こすなよ』
「わかっています。では、後程」
『ああ』
「少尉。そこのキャンプに下ろせ。知り合いに会ってくる」
「わかりました」
2056年 2月11日 同時刻 タジキスタン
1機のUH-1Yが突然コースを変えてこちらに向かって降下してきたので、グリッドレイと五十嵐は面食らった。UMP9とUMP45は銃を握り、五十嵐を守る体制に入った。416とG36が慌てて指揮官のところに駆け寄ってくる。Five-Sevenは銃のスライドを引き、SPR-A3Gは物陰からヘリに銃口を向けた。グリフィンの警備員もAK-74Mを手に闖入者を迎撃する体制を取った。
ヘリからはM27自動小銃を持ち、アメリカ海兵隊の迷彩服を着た屈強な男が降りてきた。彼がグリッドレイの方を見て笑みを浮かべる。グリッドレイはその男ではなく、ヘリのキャビンにいる連中を観察していた。
「ジェリー!この野郎!手紙もメールも電話も全く寄越しやしねぇ!何していたんだ?」
「見ての通りですよ。PMC、人形、銃。これが俺の商売です」
「ふん。まさか強襲偵察部隊の猛者が、こんな子供の遊びをやっているとはな」
男の言葉にグリッドレイは肩をすくめた。
「俺はもう軍の人間じゃないですよ。忘れましたか?」
「まあ、お前くらいの腕前の狙撃手ならば、PMCで荒稼ぎできるだろうな。それにしても、何で軍を辞めたんだ?」
「言ったところで理解してくれるとは思えないですよ。それより、大尉はこんなところに何用ですか?まあ、聞いたことろで答えてもらえるとは、鼻っから思っていませんが」
グリッドレイは五十嵐と同様、比較的人形を大切に扱うタイプの人間だ。しかしながら、そういう人間はグリフィンの内部でも、他のPMCでも、至って少数派だ。
戦術人形の種類は至って豊富だ。いかにもロボット兵器といったUGV・UAV型、屈強な男性を模したサイボーグタイプ。だが、グリフィンが利用している、可憐な少女の姿をしたタイプは、戦闘以外の機能も併せ持っている。つまりは、男性(及び女性)指揮官の性欲の解消だ。
「ほう。まあ、いい。ところで、そのちっこいのは誰だ?」エゴールは五十嵐を見て言った。
「俺の相棒です」
「ほう。出身は?中国か?韓国か?」
「日本ですよ」
「日本か!あそこは、今やロボットだらけだと聞いたぞ」
「まあ、そうですね。と言っても、日本にはちっとも帰っていないので、今はどうだかわかりませんが。まあ、帰るつもりも無いですけどね」五十嵐がエゴールに答える。
「ほう。英語がなかなか上手いじゃないか。若いの・・・・・・・失礼」
エゴールは無線のスイッチを押して、何事か答えた。
「ふむ。道草を食っている場合では無くなった。では、失礼するよ」
エゴールはヘリの方へ歩いて行った。UH-1Yはエゴールを乗せると、砂ぼこりを巻き上げて飛び去って行った。
「米軍がこんな所で何をしているんですかね。それも海兵隊が」
「しかもあの大尉の所属は
「これはまた。どこの軍事スリラー小説なんですかね」
「さあな。全く、これはトラブルの匂いがプンプンするな」
「指揮官、今のヘリは何?」
「ああ。古い知り合いが来て、すぐ帰って行っただけだよ」
グリッドレイに話しかけてきた少女が持つ銃を見た五十嵐はぎょっとなった。豊和64式小銃。日本が第二次世界大戦後、初めて国産化した自動小銃だ。この銃を戦術人形と烙印させるとは。しかし、IOPは一体、どこからこれらの銃を手に入れたのだろうか。
「驚いたかい?あの子の銃、日本製だろ?俺もペルシカにどうやって手に入れたのか聞いてみたが、ちっとも答えやくれやしない。まあ、気にする必要は無いってことかな。とにかく、あの子は頼りになる。それだけは保証しよう」