2056年 2月11日 1035時 タジキスタン
作戦ブリーフィングの予定の時間を過ぎてもヘリアンがやってこない。一体、何が起きているのだろうか。窓から周囲を見てみると、グリフィンの職員がタブレット端末を持って慌ただしく走り回っているのが見える。グリッドレイは情報部の連中だ、と五十嵐に教えた。そして、海兵隊員だった時の経験から、ブリーフィングが遅れているのは、状況が変わったか、もしくはろくでもないことが起きている証拠だ、ということも。
暫くすると聞きなじみのあるヘリの音が聞こえてきた。AH-64EとUH-60Lだ、と五十嵐は判断した。ここにアメリカ陸軍はいないはずなので、グリフィンが保有する機体だろう。窓から外を見て見ると、4機のブラックホークと2機のアパッチがヘリパッドに向かっているのが見えた。
やがてバラックの扉が開き、ヘリアンが入ってきた。手にはタブレットを持っている。彼女はタブレットのクラウドを作動させ、五十嵐、呉、グリッドレイが手に持っているタブレットに同じ情報を表示させた。
「諸君、孤立している民間人の救出だが、それはE中隊とU中隊、R中隊に行ってもらうことになった。その代わり、君らには他の任務にあたってもらう」
ヘリアンが再びタブレットを操作した。タジキスタンの地図が表示され、西部のチムタルガという山岳地帯がクローズアップされる。
「ここで救難信号を受信した。君らにはその信号の発信主の救出に向かってもらう」
「救難信号だと?こんな所で他に作戦をやっている部隊がいるとは聞いていなかったが」
グリッドレイが返す。
「ああ。救難信号だ。それも、信号の主はAR小隊の一人だと判明した」
「なんだと」
グリッドレイの眼つきが変わる。AR小隊のメンバーは今のところ1人しか発見できていない。
「まだ誰なのかはわかっていないが、クルーガーさんから彼女の救助を最優先で行うようにとの指示が出た。それで、だ。今回は同行者を一人、付けることになった。どこからこの情報を聞き出したかわからんが、彼女がどうしても連れていけと聞かなくてな」
バラックの扉が開き、戦術人形が入ってくる。その姿を見た416の目が鋭くなった。やってきたのはM16A1だ。既に装備を整え、いつでも出撃できる、といった格好だった。
「よお!久しぶりだな!そこのあんたは海兵ゴリラか?」
グリッドレイは嘆息した。海兵ゴリラという渾名は、M16A1の妹の一人、M4SOPMODⅡがグリッドレイに付けたものだ。
まあ、気持ちはわからんでもない。自分には兄弟はいないが、もし、立場が同じだったら、救出部隊への参加を希望しただろう。人間も人形も、それは同じことだ。
ヘリアンが咳払いをして、話を続ける。
「さて、問題が一つある。ここに投入された鉄血の数がここ数日で増えていて、ハイエンドモデルの目撃例も報告されている。奴らも、ここにAR小隊の隊員がいることを嗅ぎ付けたらしい。ハイエンドモデルは、先日、スコット・ブレナンの部隊が一人仕留めたが、他にも大勢いるというのが、我々の考えだ。この作戦では、ハイエンドモデルとの交戦も避けられないと見なしている。十分に用心しろ。装備は好きなものを全部持っていけ」
「それにはアルマータT-15歩兵戦闘車も含まれるのか?」とグリッドレイ。
「勿論だ。なんなら、ハリアーやアパッチも無人機の携帯コンソールも持って行っても構わん」
「俺は操縦できないから、無理だな。ミン、君は操縦できるか?」
「ハリアーにアパッチ?冗談でしょ?」
「そうか。じゃあ、ヘリとVTOLは・・・・そうだな。航空支援が必要な時に出して貰えるんだろうな?例え民間人を巻き込む可能性があったとしても」
「我々は軍では無い。よって、そういった事を気にする必要は無い」ヘリアンが答える。
「それなら安心だ」
グリッドレイは現役の海兵隊員だった頃、民間人を巻き込む可能性があるとして、司令部から航空支援を却下されたことを経験した。そのせいで、死なずに済んだはずの8人の海兵隊員が死んだ。
「無人機は?リーパーか?」
「リーパーとヘロンを用意している」
「携帯コンソールは予備も含めて5つは欲しいところだ」
「用意しよう。他に必要なものは?」
「爆発反応装甲を付けた耐爆装甲車、RPGとスティンガー、プラスチック爆薬にクレイモア」
「いいだろう。全てこちらで手配する。それでは、準備が整うまで待機していてくれ」
2056年 2月11日 1146時 タジキスタン
ジェラルド・グリッドレイの注文が予想以上に多く、グリフィンの兵站部隊はてんてこ舞いになっていた。だが、時間がかかりながらも、全ての装備を用意することはできた。
「こいつを知っているか?」
グリッドレイはRG-33L耐爆装甲車のボンネットを軽く叩いて五十嵐に言った。
「耐爆装甲車ですね。地雷やIEDに耐えられるという」
「ああ。こいつは21世紀前半の対テロ戦争の産物だが、今でも十分な防御力があるからな。それに、こいつならば、RPGを食らっても、ある程度は平気だ」
RG-33Lには爆発反応装甲のタイルとケージ装甲が追加されていた。重量は嵩むが、整形炸薬弾を防いでくれる。上には防弾板で覆われた銃座があり、ブローニングM2重機関銃がマウントされている。
登場から既に120年以上は経過しているM2重機関銃だが、信頼性と威力、操作性は抜群だ。アメリカ軍は何度か後継となるマシンガンの開発を行ったが、結局はM2の座を奪うような50口径重機関銃は登場していない。
歴史関連のウェブサイトなどでは、設計者であるジョン・ブローニングは、実は未来人だったのでは、という説を見るが、納得せざるを得ない面もある。半自動拳銃を量産化したり、簡単にテイクダウン可能なポンプアクション散弾銃を設計したり、分隊支援火器の原型を作ったり。正に銃の歴史を語る上では外せない人物だ。
兵站部隊の人間が、弾薬箱をカートに乗せて持ってきた。.45ACP、9×19mm、30-06、等、等、等、様々な種類の弾薬がある。本来ならば、使用する弾薬の規格は部隊で2~4種類くらいまでに抑えておきたいところだが、そうもいかないのが現実だ。
弾薬を積み込み終え、各々の装備を確認する。必要なものは後で輸送用ドローンで運んでもらうこともできるが、それにも限界はある。全ての点検を終え、人間と戦術人形たちがRG-33Lに乗り込んだ。M60とAEK-999、MG23、ネゲヴが銃座に付き、 周囲を警戒する体制を取る。
先頭の車両に乗り込むのはグリッドレイとAK-12、AN-94だ。AK-12が運転席のハンドルを握り、後部座席にAN-94とグリッドレイが座る。
「よし、出発だ。お嬢さん方、用意はいいか?」
グリッドレイが無線のマイクに向かって言うと、エンジンをアイドリングする音が聞こえてきた。全員、準備完了だ。
「あまり間隔をくっつけすぎるな。そんなことをしたらRPGの一斉攻撃で全滅してしまうからな」
AK-12がアクセルを踏み、RG-33Lを前進させた。グリッドレイが銃座に付こうとしたが、AN-94が彼を引っ張り交代する。
「ここは危険です。指揮官が狙撃されたら、元も子もありません」
2056年 2月11日 1159時 タジキスタン
晴れた空の下、雪煙を巻き上げながら対爆装甲車の車列が間隔を空けて前進する。周囲には何もない雪原が広がっている。ここでも鉄血による襲撃は続き、小さな村がいくつか文字通り全滅したという情報まで入ってきていた。
車内でRFBがタフブックを操作して、先行しているドローンが映し出す映像を確認している。ドローンには赤外線・光学カメラと合成開口レーダーが搭載されており、地上の様子を画面上に送信してきている。
「指揮官、RFBだよ。ドローンの映像は届いてる?」
『ああ、ばっちりだ。はっきり見えている。信号の方はどうだ?』
「まだはっきり捉えていないけど、方向は正解みたいだよ。ビーコンの反応がちょっとずつだけど強くなってる」
『そいつはいい知らせだな。だが、悪い知らせもあるな』
RFBは五十嵐が何の事を言っているのか、すぐに理解できた。ドローンから送信されてきている映像に、敵の集団が映っている。丁度、自分たちの進行方向で待ち構えているようだ。
『グリッドレイさん、見えていますか?』
『ああ。向こうの敵だろ?先手必勝だ。全員、攻撃準備!』