2056年 2月13日 0749時 ポルトガル グリフィン リスボン支局
縫合された肩の傷がズキズキと痛む。暫くは戦闘には駆り出されないだろう。防弾チョッキの薄いところを貫通されたのが痛い。そこはセラミックとタングステンを重ねたプレートで覆われておらず、ケブラーの繊維だけの部分だったのだ。
とはいえ、命に関わるような怪我では無いとグリッドレイと主治医は請け合ってくれた。特に心配するようなことは無い、と。それを聞いて五十嵐も、付き添いで来た呉も、後は変に化膿したりさえしなければ平気だろうと考えていた。実質上、消毒と縫合、破傷風のワクチンだけで済んだのだから。
だが、そうでないのが一人だけいた。一人だけ、風呂とトイレ以外はどこまでも付いてくるのが。そいつは今、五十嵐の背中から両腕でがっしりしがみついている。
まあいい。怪我がある程度は治癒するまで、ヘリアンは五十嵐を休暇にしてくれた。一方、呉はというと、東南アジア方面の司令部へと派遣され、そこで待機命令を受けることになった。それも事実上の休暇にはなるが、鉄血の勢いが増している今、グリフィンの戦闘部隊指揮官は慢性的に不足している。今の五十嵐のように、負傷して後方に下がるのケースは、物凄く運が良い奴だ。そうでないのは死んでいる。
昨晩、机の上に置いておいたグロック19の状態を確かめようとして、誤って被弾した左肩を動かしてしまった。「痛っ」と思わずやや大きい声が出てしまう。その声にUMP45が目を覚ます。
「あっ、ちょっと大丈夫なの!?」
「間違って左腕を動かしただけだ。それにしても、心配しすぎじゃないか」
「なんでよ。指揮官のことを心配するのは当然でしょ」
「そりゃそうだけどさ。昨日なんて、風呂にまで付いてきそうな勢いだったろ」
「いいでしょ別に。それに、指揮官とは・・・・・・」
UMP45がそこまで言うと、ドアがノックされてすぐに開いた。入ってきたのはSV98だ。
「調子はどうですか?お二人さん」
「まだ傷が痛むな。朝飯を食べたら痛み止めを飲まないと・・・・・・」
「それじゃ、着替えたら食堂に来てください。しっかり食べないと、治るものも治りませんよ」
「言えてる。じゃあ、着替えるから、二人ともちょっと外で待っててくれ」
UMP45はちょっと不満そうな顔をしたが、SV98に促されて廊下に出た。
2056年 2月13日 0801時 ポルトガル グリフィンリスボン支局
五十嵐が廊下に出ると、SV98とUMP45は二人して廊下で棒立ちしていた。3人で食堂に向かって歩いていると、ジェラルド・グリッドレイがAN-94とAK-12、Five-Sevenを連れ、荷物を持ってこちらに向かって歩いてきた。
「よっ!気分はどうだ?」
「悪くないですね。ジェリーさん、もう出発ですか?」
「休暇は休暇なんだが、もうちょっと涼しいところに行きたくてね。それで、アイスランドにでも行って観光をしようかと」
「アイスランドですか?あそこは火山と温泉くらいしか無いじゃないですか」
「いやぁ、訓練で色々なNATO加盟国には行ったんだけど、アイスランドだけ何故か行ったことが無くてね。この機会に行ってみようかと」
「そうですか。それと、銃が壊れたと聞きましたけど・・・・・・・」
「ああ。新しいスコープと銃を早速注文したよ。マクミランTAC-338だ。スコープはカールツァイスのビクトリーV8。届いたら早速調整しないとな。それよりも、お前は怪我を治すことに集中するんだ。この子をあまり心配させるなよ」
グリッドレイはUMP45の方を見て言った。彼女は両手で五十嵐の左腕をがっしりと掴んでいる。
「じゃあな。しっかり休めよ」
グリッドレイと戦術人形たちは手を振ってその場から立ち去った。彼らと入れ替わるように416とUMP9が廊下の門を曲がってやってきた。
「指揮官!45姉!おはよう!」
UMP9が五十嵐と45に抱きついてきた。いつもの朝の挨拶だ。よく見たら、416が『もじゃもじゃした銀色の毛が生えた物体のようなもの』を引きずっている。その正体は言うまでもなくG11だ。
「よっ、と。さて腹が減ったな。早いところ朝飯を食べに行こう」
2056年 2月13日 0813時 ポルトガル グリフィン リスボン支局
五十嵐はベーコンやシリアル、パンケーキを獲物に齧りつくティラノサウルスのような勢いで胃袋に送り込んでいった。朝、起きてから妙に空腹を感じていたのだ。温かいココアを飲み干すと、G36がすかさず二杯目をマグカップに注ぐ。
「おおー、いい食べっぷりだね、指揮官。まあ、怪我してるんだし、栄養付けて、早く治してもらわないとね」
AEK-999がそう言ってクロワッサンを口の中に押し込んだ。
「でも、子羊ちゃんって、よく食べる割には全然太らないよね」と、ファルコン。
「体質だよ。母親は、あんたは食っても食っても全然太らないね、と言っていたな」
日本で自分が行方不明になって半年以上が過ぎた頃か。両親と警察は捜索を続けているだろうが、見つかりやしないだろう。まあ、どっかの戦場でジャーナリストが自分の姿を捉えた写真を撮ったとかなら別かも知れないが、グリフィンを辞めて日本に戻るつもりは無い。
さて、怪我が治るまではおとなしくしているのが一番だろう。朝食を食べ終えたら、部屋でゆっくり本でも読もう。2010年代没の、アメリカの著名な軍事スリラー作家の小説の電子書籍がまだ読みかけなのだ。療養がてら、ゆっくり読み進めよう。そんな事を考えていると、食堂にヘリアンがやってきた。後ろにM16A1とM4A1を連れている。
「おはよう、指揮官。怪我の具合はどうだ?」
「まだ痛みますがね。暫くは痛み止めと化膿止めを飲むように言われました」
「そうか。その怪我が治ったら、君らはS12地区、つまり中央アジア戦区でのミッションを継続してもらう。目標は、まだ行方不明になっているAR小隊2人の捜索だ。SOPⅡの事は二人から聞いた。残念だが・・・・・」
ヘリアンが一旦言葉を切った。
「それともう一つ。クルーガーさんは、M16A1とM4A1を今日づけで君の中隊の正式なメンバーとすることにした」
416の表情が固くなる。この決定に明らかに反対しているようだ。
「よろしくなー。それにしても、賑やかな部隊だな。楽しくなりそうだな」
「よろしく・・・・・・お願いします、指揮官」
416が立ち上がり、M16の肩に手を置くと、耳元で囁くようにこう言った。
「指揮官に手を出したら、両手両脚と首をへし折って、頭蓋骨を砕くわよ」
「全く、恐ろしいな。それで、指揮官はどうするんだ?」
「部屋でのんびりするさ。怪我が治るまで、どうせやることは無い。傷口が開くから、激しい運動はできないからな」
「そうしてくれた方がありがたいわね。私たちからしてみたら、護衛しやすくなるわ」と416。
護衛、ねえ。少なくとも、グリフィンの施設にいる間は安全なはずだ。重武装の警備部隊がいるし、セキュリティシステムも一流のものを使っているからだ。
「さて、部屋に戻ったらネトゲでもやるか。"レインボーシックス"や"バトルフィールド"なら、VR訓練代わりにもなるし」
「あ、指揮官!私もやる!ルームはどうするの?」
RFBが大声で言う。
「この時間ならば、ヨーロッパサーバーはがら空きだろうな。ルームはこっちで立ち上げるから、後で確認してくれ」
「わかったー!じゃあ、後でね!」
RFBはそう言って、足早に自分の部屋へと向かっていった。