2056年 3月10日 0843時 ウズベキスタン グリフィン前方展開基地
冷たい冬の日差しの下、滑走路にAn-70が着陸した。飛行機は誘導路を小さなジープに先導されながらエプロンに向かい、停止した。
飛行機から降りたグエン・タオ・ランは仲間たちを引き連れ、ターミナルと言って良いのかどうかわからない急ごしらえの建物に向かった。寒い。なんて寒さだ。しかも、空気は感想している。故郷のベトナムとは真逆の環境だ。
基地の中にはクルガネツ25やプーマといった歩兵戦闘車やAAV-7水陸両用車、ストライカー、ブーメランクK16、BTR-4といった兵員輸送車が整然と並んでいる。
AK-74MやRPK-16、ドラグノフSVDを持つグリフィンの警備部隊が整然と隊列を組んで歩いている。さて、強制的に連れて来られたのはいいが、何の説明も受けていない。駐屯地はいかにも急ごしらえといった様子で、有刺鉄線が上に付いた簡易フェンスでぐるりと囲まれ、プレハブやバラックが並んでいる。この気候なので、流石にテントだけで済ませるような愚かな真似はしていない。さて、どうしたものか。
グエンたちがターミナルの中に入ると、ありがたいことに、パワー全開で暖房が作動していた。こんな真冬の中央アジアで暖房無しで過ごすだなんてかなり厳しい。だが、この後、そんな環境に放り出されるかと思うと、気が滅入ってきた。早めに設置されているシェルターの位置を確認しておかねばならない。シェルターはソーラー発電機、大型蓄電池、備蓄物資、通信施設、冷暖房機器がある。シェルターといっても、簡易プレハブを少しマシにしたようなもので、天候の良い時に大型輸送機で空中投下されることで設置される。その簡易シェルターを積み込んでいたA400M輸送機が今しがた離陸したところだ。
暫く歩いていると、ポケットの中のスマホが鳴った。かけてきた相手はヘリアンだ。
「もしもし」
『ミス・グエン。ヘリアンだ。時間が無いので手短に話す。行方不明になっていたAR小隊のメンバーの信号を捉えた。一番最近で5時間前だ。我々はB中隊を捜索に向かわせることにしたが、鉄血の信号がここ2、3時間で急増した。恐らく、奴らもこの信号を嗅ぎつけたのだろう。偵察衛星から先ほど確認したが、敵の部隊が動いている姿も捉えた。無人偵察機、無人輸送機、無人攻撃機、そして地対地ミサイルを援護のため用意した。必要があれば無線かネットワークで連絡してくれ。君たちの装備は全てN7格納庫に用意してある。足りないものがあれば物資係に言ってくれ。以上だ』
「それじゃ、装甲車とかミサイルとかも根こそぎ持って行っていいってことね」
『構わん』
「わかった。ところで、どこへ向かえばいいのかしら?」
『座標を送る。目標は移動しているから、位置は常に確認しろ。それから・・・・・・ちょっと待て。どうした?』
電話越しにヘリアンが誰かと話す不明瞭な声が暫く聞こえた。
『すまない。再び件の信号を衛星が捉えた。どうやら彼女は移動しているらしい。鉄血の連中が自分を探し回っていることには気付いているようだ』
「わかった。ハイエンドモデルは確認できているかしら?」
『いや。それらしき信号はまだ確認できていない。だが、奴らはどういう訳かAR小隊を壊滅させることに固執しているようだ。現れる可能性は十分考えられる』
「わかった。じゃあ、何が起きてもおかしくないってことね。そういう前提で準備をしておくわ」
2056年 3月10日 0901時 ウズベキスタン グリフィン前方展開基地
「おいおい。こんなのが本当に必要なのか?ちょっと大げさじゃないか?」
M16A1が持ち上げたのは、9M114コンクールス対戦車ミサイルが入ったチューブだ。ランチャーは装輪装甲車の乗員用ハッチのすぐ横に取り付けられている。銃座にはRPK-16汎用機関銃を取り付けた車両が2両、AGS-30自動擲弾銃を取り付けた車両が1両、用意されていた。
「指揮官、どっちがいいでしょうか?」
SV98が手に持っているのはAT-4とSMAWという2種類のロケットランチャーだ。AT-4は使い捨てだが、SMAWはトリガーとサイト付きの砲身は再使用して、弾体が収められたチューブを付け替えて使う。
「うーん。そうだな。使い慣れてるのはSMAWだからSMAWを持っていこう。スティンガーは?」
「少し持って行きましょう。出くわすのが鉄血とは限らないわ」
五十嵐は416の考えに同意した。グリフィンを攻撃してくるのは、鉄血だけとは限らない。その最たる組織が人類人権団体という連中だ。そいつらは世界中に細胞を抱え、銃だけでなく、装甲車やヘリコプターも保有し、グリフィンやその他、サイボーグを利用している組織や、自律人形と仲の良い個人を標的にして攻撃している。
グリッドレイや呉は、以前、数回に渡って連中と交戦している。五十嵐はまだ人間を撃ったことは無いが、グリッドレイも呉も、そいつらに出くわしたら容赦するな。鉄血のサイボーグと同じと考えて撃て。さもないと、指揮官である自分も、仲間の人形たちも酷い目に遭わされて、最終的には殺されると、何度も五十嵐に言っていた。
五十嵐はホルスターに収まった拳銃を取り出して弾倉を引き抜き、装填されている弾丸を確認したRIPと呼ばれるもので、8つの爪が山形に束ねられたような形をした9mmの弾頭が薬莢に収まっている。これが命中すると、体内で外側に開き、命中した標的の傷を大きく抉る。この弾は、UMP9やM9、TMP、スオミにも渡しておいた。UMP45にも.45口径のタイプを持たせている。
「それにしても、この弾えげつない形してるよね。こんなので撃たれたらすぐ死んじゃいそうだし」
UMP9は自分の銃の弾倉を手に持ち、中に入った不気味な見た目の弾丸をまじまじと見た。普段使っていたハイドラショック弾に比べたらかなり恐ろしい見た目だ。
「ん?ああ、これか。人間に向けて撃ったらかなりの殺傷力があるから、軍隊では勿論使えないし、一部の人間はこんな殺傷力の強い弾は規制しろだなんて言っているけど、そんなの全く無意味としか思えないよ。銃で撃つってことは、どうせ殺すんだし、どんな弾で撃とうが殺すことには変わりは無い」
「クレイモアとC4、手榴弾、それから何か持っていくものはありますか?」そう五十嵐に訊いたのはM4だ。
「ガスマスクとパムの注射器も忘れないようにしないとな。毒ガスを浴びたら元も子も無いからな」
「わかりました。まあ、その2つは私たちには必要無いですが」
やれやれ。NBC兵器が効かないのは人間と違う点か。戦術人形はいくら人工生体部品が使われているとはいえ、化学兵器や生物兵器が通用しないように設計されている。
「RFB、信号は捉えたか?」
「ええーっと、さっきはしっかり捉えたんだけど、今はだいぶ信号が断続的になってきてるよ。ジャミングかな」
「この辺は鉄血の巣窟みたいな場所だからね。そこら中にジャミング装置が置かれているのかもしれないよ」とFNC。
「あら。あんたにしては珍しく冴えてるじゃない」FALが言う。
「ECCM装置なんてものは無いか?」五十嵐が言う。
「ありますけど、どれだけ役立つかわからないですよ。あいつらの電子戦能力は、最近かなり強くなっているみたいです」とTMP。
「それに、最近は通信衛星にまでジャミングを仕掛けたり、対衛星ミサイルで撃墜したりする始末だしね。これ見てよ、物凄い妨害電波でモンゴル軍の通信施設が壊滅状態になったって。設備は壊されていないのに、こんなので人間が作ったものが麻痺しちゃうだなんてね」RFBは相変わらずタフブックを膝の上に乗せてキーボードを叩き続けている。
「電子戦で敵の通信を封じるのは普通のことだよ」
「え、そうなの?指揮官」RFBが少し驚いた顔で五十嵐を見る。
「ああ。まずは、電子戦を仕掛けて敵の通信網、防空レーダーを使い物にならなくしてから、通信設備と防空設備そのものを破壊。部隊と部隊との連絡が取れなくなったところを各個撃破。第三次世界大戦じゃ、みんながみんなそのやり方をしたもんだから、電子機器が殆ど使えなくなったそうな」
「うわー。人間ってそれからよくここまで持ち直したね」
「日本は・・・・まあ、通信障害が酷くなる程度で、人は殆ど死ななかったけど。小学生の頃、ネットも電話も全然使えなくなった時期があったのは覚えている」
「それじゃ、任務に集中しよっか。さーて、この他に必要そうなものは・・・・・・」
2056年 3月10日 0701時 ベラルーシ 鉄血製造工廠の施設
「それで。あの信号を捉えたのですね、ウロボロス」
『ええ。恐らく、殺し損ねた奴です。どうします?早めに始末しておくに越したことは無いですが』
「そうですか。ウロボロス、少し待機していなさい」
『どういうことです?』
「命令です」
『そうですか。しかし、奴は始末せねばなりませんが・・・・・・』
「問題ありません。刺客を用意しています。間もなく到着するでしょう」
『わかりました。では、そのように』