2056年 3月10日 0932時 ウズベキスタン グリフィン前方展開基地
3両のBTR-4のエンジンが動き出し、マフラーから黒煙を吐き出した。さて、出発だ。消耗品は持ち出せるだけ持ち出すことにしたが、足りるかどうかはわからない。まあ、足りなくなったら、無人機で送って貰えば良い話だ。遥か上空には最新型のISR機器を搭載した滞空型無人偵察機がいる。ネットワークを利用して、そのUAVが捉えた画像はすぐにパソコンやタブレット端末に送信されてくる。
「全員、準備はいいか?出発するぞ」
『はい。準備完了です』
『よーし!レッツロックンロールだ!』
無線からAEK-999とM4の声が聞こえてきた。五十嵐が助手席で合図すると、416がアクセルを踏み、装輪装甲車を前進させる。グリフィンの警備員が敬礼して出撃する車列を見送る。
今回の作戦は単純だ。信号を辿ってターゲットを探しだし、回収したらすぐに戦場からとんずらする。仲間以外はどうせ消耗品だ。PCも通信機も爆薬も、いざとなったら捨てて帰ればいい。だが、仲間の人形たちだけは、何が何でも連れて帰らねばならない。第一、仲間を見捨てたところで、こんな戦場から一人で脱出なんて無理な話だ。
「みんな、周りをよく見るのよ。ここは敵の支配地域よ」416がディーゼルエンジンの轟音に負けないくらいの大声で言った。
ウズベキスタンの軍や警察はほとんど機能を停止している状態で、民間人は鉄血から逃げ回るので精一杯の状態だった。周囲には草原が広がっており、時折、山羊や鹿の姿を確認する。21世紀前半には3000万人程いた人口は、今ではその半数以下にまで減少している。この国は、第三次世界大戦においては、ロシア軍と中国人民解放軍が激戦を繰り広げた国のうちの一つであり、当時は国内で複数の核兵器が使用されたこともある。
鉄血の支配地域は全世界に広がっているが、主要な支配地域となっているのが、ここ中央アジアとアフリカ、そして、鉄血製造工廠が設立された東ヨーロッパだ。
それにしても、AR小隊はここで何をしていたのだろう。人間の指揮無く作戦を遂行できる、グリフィンのエリート部隊。そんな部隊が、ごく普通の作戦行動をしていたとは思えない。恐らく、アメリカ軍の特殊部隊であるデルタやDEVGRUのような作戦に従事していたのだろう。
「M4、聞こえるか?」五十嵐は無線機のスイッチを入れて話した。
『はい、何でしょう?』
「参考までに聞きたい。君らは中央アジアで何をしていたんだ?通常の作戦では無いことまではわかる。参考までに聞きたいだけだ」
『えっと・・・・・それは・・・・・『話してやれ』』
話すことをためらっていたM4にM16が割り込んだ。だが、M4は黙っていたのでM16が代わりに答えた。
『指揮官、M16だ。私たちは鉄血のある情報を回収する作戦をやっていた。それは、今、鉄血を支配しているエリザというサイボーグに関する情報だ』
「エリザ?」
『ああ。私が知る限りでは、先日、そいつが鉄血に所属していた人間に対して反逆を始めたらしい。鉄血を創設した人間は皆殺し。元々、鉄血は過激な思想の人間が多かったからな。それがAIの思考にも伝染したんだろ。それと、これはペルシカから聞いたんだが、奴らが指揮官を殺そうと躍起になった理由なんだが、グリフィンのある部隊がエリザに関する重要情報を掴んだ。ところがどっこい、その部隊の指揮官は、グリフィンの本部と16LABにその情報を送る時、16LABの方のIPアドレスを1文字間違えてネットワークに接続し、16LABじゃないで、東京のあんたの家のネット回線にその情報を送信してしまったらしい。それを知った鉄血は情報の回収とあんたの暗殺を企てた。グリフィンはそれを察知して、情報の回収のために404小隊と選抜した人形部隊を東京に送り込むことにした。それと、部隊指揮官の人材不足も相まって、情報と一緒に、あんた自身を回収することにした。まあ、グリフィンと16LABとしては、自分たちの不手際で無関係の民間人がテロに巻き込まれて死亡した上に、それが明るみになった場合のリスクも考慮したんだろ。それで、今、あんたはここにいるって訳さ』
「はた迷惑な」
『あ、話が逸れたな。私たちはエリザの別の情報を回収し、中央アジアからオーストラリアに戻るはずだった。だが、乗っていた飛行機が撃ち落とされ、部隊はバラバラになった。しかも、悪いことは続いた。私はSOPⅡという名前の妹と一緒にいたが、SOPⅡのメンタルモデルが原因不明のエラーを起こした。何度話しかけても、反応せず、答えてくれない。私はSOPⅡを背負って移動していたんだが、どうすることもできなくなった上に、後ろからは鉄血の部隊も迫ってきていた。それで・・・あいつは・・・・』
後の話はM4から聞いていた。仲間を置いていかざるを得なくなり、AR小隊は離散。SOPⅡはグリフィン上層部からKIAとして処理され、AR15とRO635もMIA扱い。だが、RO635は生存している可能性がある。自分たちは、そんな彼女の救出に向かっているのだ。
「わかった。じゃあ、早いところ、そのRO635ってのを救出しないといけない訳だ。鉄血に見つかる前に」
『ああ、そうだな』
M16は大酒飲みで、その行動や言動は荒いが、人一倍姉妹思いな性格だ。そこが、彼女の長所ではあった。
2056年 3月10日 0936時 ウズベキスタン
一体、ここがどこなのか全く見当もつかない。最後に自分がどこにいるのかを確認したのは、はるか遠い過去のことだ。
彼女は弾丸の残りと食料や飲み水を確認した。とても十分とは言えない。途中、多くの人間の死体や破壊された人形の残骸を見てきた。
数日前に、ダメもとで通信機の電源を入れてみた。すると、奇跡的にも、通信機は衛星ビーコン信号を送信した。
彼女は、グリフィンの通常衛星がこの信号を受信してくれていることを祈った。そして、通信機は暫く動き続け、断続的にビーコン信号を送信し続けたのだ。
置き去りにされた戦術人形は、もしかしたら救出部隊が送られてくるかもしれない、という可能性に一縷の望みを賭けた。勿論、それと同じくらいの確率で、鉄血に信号を傍受され、自分を狩りに来る部隊が差し向けられるリスクがあることはわかっていた。だが、これが生きてここを脱出する最後のチャンスになるだろう、と、戦術人形は考えたのだ。
RO635は手に持ったサブマシンガンのマガジンキャッチを押して、一度、9mmルガー弾が詰まった細い棒のような弾倉を取り外し、再びマガジンウェルに取り付け、マガジンの下を左手の手のひらで叩き、"カチリ"という音が鳴って確実に装着されたのを確認した。もし、弾丸を撃ち尽くすか、サブマシンガンが故障した場合は腰のホルスターに入れた大きなコンバットナイフを使うしかなくなる。
だが、幸いにも9mm弾はそこら中で手に入れることができた。無人となっと捨てられた軍の基地や警察署、国境警備隊の施設、そして民家で。マガジンの替えは無いので、射ち切っても棄てる訳にはいかなかった。空のマガジンはザックに放り込み、余裕がある時を見計らって9mm弾を再び詰め込んだ。
なんとしても、生き残って仲間の元へ帰らねばならない。その思いだけが、この戦術人形の動力源となっていた。両手でサブマシンガンをしっかりと握り、重い荷物を背負ってRO635はまだ雪が残る山岳地帯を進み続けた。