2056年 3月11日 0013時 アラビア湾南部上空 C-5Mギャラクシー機内
ガクン、と機体が沈み込んで再びふわりと浮き上がる動きにジェラルド・グリッドレイは目を覚ました。アメリカ空軍で使われていた時に設置されていた、固く、シートピッチが狭く、決して座り心地が良いとは言えない座席は、かなり広く、仕切りを持つ旅客機のビジネスクラスのような座席に置き換えられていた。グリッドレイはその座席を水平に倒してベッドにしていた。体をねじると、背中に柔らかい感触があるのに気づいた。隣にいつの間にFive-Sevenがいる。先ほどのエアーポケットの揺れなど全く気にしない様子で彼女は眠っている。
この部隊で戦って、もうすぐ半年が過ぎようとしていた。それにも関わらず、今の仲間たちとはもう何年も一緒にいるような気がしている。
この作戦に投入されるのは、先遣部隊が1個中隊。支援部隊が1個小隊と、追加の支援部隊として急に投入される事になった自分たち1個中隊。とはいえ、司令部からしてみたら重要な部隊であるAR小隊のメンバーが発見されたのだ。最優先で救出せよとなるのもわかる。それに、グリッドレイはAR小隊のメンバーを一人一人直接知っている。かつて、自分が彼女たちを指揮したことがあるからだ。途中でAR小隊はグリフィン司令部直轄の特殊作戦を行う部隊となったため、グリッドレイの手を離れた。
時折、司令部でお互い顔を会わせることはあったものの、M4救出作戦を行うまでは殆ど話すことは無かった。グリッドレイは時計とGPSを確認した。向こうに到着するのは、夜明けとほぼ同時になるだろう。今日は空挺降下はせず、前方展開基地に飛行機を着陸させる予定のようだ。スカイダイビングは嫌いでは無いが、真っ暗闇の中でやりたいとは思わない。無論、現役の海兵隊強襲偵察部隊の隊員だった時は、当たり前のようにやっていた事なのだが。
だが、まだ問題はある。鉄血の対空兵器に捕捉され攻撃されたら、パラシュートを使って脱出する余裕さえないかもしれないのだ。ジュピター砲は鉄血の支配地域であればそこら中に配備されている。
ジュピター砲の照準装置はレーダーと画像赤外線のため、一度補足されたら逃げるのが難しい。おまけにミサイルよりずっと速い速度で砲弾が飛んでくるのだ。
グリッドレイは腕時計を見て時間を確認した。夜明けまではウズベキスタンの現地時間であと5時間程。向こうの気候はまだ冬の寒さが厳しいので、極地用装備を用意してある。そういえば、フォースリーコンにいた頃は中央アジアに派遣されたことは無かったな。普段はキャンプ・レジューンに缶詰になって訓練をしていたが、必要に応じて沖縄やオーストラリアに派遣され、そこでは砂漠やジャングルでの戦いの訓練を受けていた。どちらも生まれ故郷のアラスカとは大違いの気候だった。真夏の沖縄は、おかしいくらいに蒸し暑いわ湿気は酷いわ。おまけに、訓練場では常にハブとかいう沖縄特有の毒蛇に噛まれないように注意せねばならない。勿論、訓練時には血清を持っていく。おまけに、時には、そのハブを捕まえて捌いて食べる訓練もしていた。
そして、真夏のオーストラリアは沖縄とはまた違った気候であった。オーストラリアもとても暑いが、沖縄と違って湿気が無く乾燥している。そのため、口の中も目もあっという間に乾いてしまい、目薬と乾燥止めクリームが必須だった。
まだ真冬のアラスカや、訓練で訪れた北海道や東北、カナダの方がいい。涼しいアラスカを出て、海兵隊に入隊した直後に送り込まれたサンディエゴのブートキャンプは気候的には最悪だった。まず、暑い。まだパリスアイランドの方に送られた方がマシだった。
グリッドレイはザックを開け、プレーンビスケットの包みを開けてボリボリかじり始めた。海兵隊にいた頃に食べていたMREと同様に殆ど味が付いておらず、小麦粉の素っ気ない風味がするだけ。だが、MREに比べたら遥かにマシだ。何十年も前のMREはかなり味が酷く、同盟国との訓練でも多国軍の兵士から拒否されるような有様だった。今、米軍兵士に支給されてるものは、かなり味は良くなったと、古参の司令官クラスの兵士たちはよく言っている。しかしながら、グリッドレイはまだまだイタリア軍やフランス軍、陸上自衛隊の携行食の方が遥かにマシな味だと思っていた。
他国との演習は結構楽しい事が多い。例えば、フランス海兵隊のパラシュート部隊の連中ときたら、昼食に普通にワインやコニャックを飲むという信じられない行動に出た奴もいる。しかも、結構飲んだのに、平気な顔をして訓練をしている。陸上自衛隊の連中は、食事の予定時間の30分前にレーションを温め始めたのだ。何故かと聞いてみると、連中のレーションの主食は基本的に米なので、温まるまで時間がかかる。そのため、食事を摂る時に温まっているように時間を調整して温めるのだそうだ。
演習が終わる頃にドライカレーやチャーハン、ハンバーグのパックを幾つかお土産として自衛官から貰ったが、これが結構美味いのだ。しかも、海兵隊のクラッカーやビスケットよりもずっと腹持ちが良いときている。
さて、ターゲットに到着するまであと数時間の余裕がある。それまでひと眠りしよう。まあ、鉄血の対空兵器に攻撃されれば、また別の話になってくるが・・・・・・。
2056年 3月11日 同時刻 ウズベキスタン
暗視ゴーグルを使って五十嵐は周囲を見回した。広い大地と山が広がるばかりで他に何も見当たらない。銃声も何も聞こえず、とても静かだ。ウズベキスタン。サマルカンドの歴史的建造物を見物する暇なんて無いだろう。おまけに、それは軍と鉄血との戦闘で殆ど破壊されてしまっていると聞く。第三次世界大戦では、多くの歴史的遺産も多く失われた。もうネット画像や本でしか見ることができない遺跡が多くなってしまうのは残念だ。
仲間の多くは装甲車の車内で眠っており、見張りに立っているのは416とM14、M4とSV98、スオミだ。彼女たちも暗視・赤外線ゴーグルを使って周囲を見回している。
対人地雷やIEDを周囲に仕掛けておけば更に安心なのだろうが、今度は自分たちが移動する時に邪魔になってしまう。五十嵐はM2重機関銃をぐるりと回し、何か不審なものが近づいてきていないか確認した。
ここは鉄血の巣窟のような状態になっているとブリーフィングでは説明されていたが、驚くほど静まり返っている。
暗視ゴーグルを一旦外して空を見上げると、驚くほどはっきりと星の輝きが見えた。そろそろ時期的にあのオリオン座を見ることもできなくなるだろう。そして、再び暗視ゴーグルを掛け直し、スターライトから赤外線のホットホワイトモードに切り替えた。この暗視装置は1980年代から2000年代のような、緑色のかかった不鮮明な映像ではなく、白黒の、極めて鮮明な画像を提供してくれる。しかも、一定以上の明るさの光は自動的にカットしてくれる優れものだ。そのため、誤ってこの装置越しにスタングレネードの光を見てしまっても、目を傷める事は無い。
暫く周囲を見回していると、装甲車の後部扉が開き、9A-91とSV98、UMP9が降りてきた。もう交代の時間だろうか。SV98がM14に何事か話しかけて交代する。
「指揮官、交代だよ」
UMP9が下から五十嵐に話しかけた。言われてみれば、日没からずっと見張りに立っていたな。もう4時間以上はこうして装甲車の上で座っていたのだ。
「じゃあ、よろしく頼む。ええっと、5時くらいになったら起こしてくれ。自分で起きれる自信が無くてね」
五十嵐は装甲車の屋根から飛び降りた途端、強烈な眠気に襲われた。少し足元がふらつき、SV98の肩を借りて装甲車の中に入った。
「ゆっくり休んでください。何かあったら起こしますから」
五十嵐はSV98に支えられるようにして装甲車の兵員輸送室に座り込むと、壁に背中を預けて目を閉じた。