2056年 3月11日 0838時 ウズベキスタン
五十嵐たちが装甲車のメンテナンスをしていたとき、かなり遠くから微かに轟音が聞こえてきた。やがて、東の空から黒煙が立ち上ぼり、太陽の光を僅かに隠す。
ファルコンとスプリングフィールドが銃のスコープを使い、煙が昇っている場所を観察した。しかし、火元が山の稜線の反対側にあるせいか、場所を特定できなかったようだ。
「おいおい、ありゃ随分派手にやったな。かなりの量の火薬に火を点けないとあんな風にはならんぞ」M16が双眼鏡で煙が出ている地点を観察して言う。
「ロシア軍が侵攻してきたのかも。だとしたら厄介だな・・・・・・TMP、どうだ?」
五十嵐は装甲車の状態を確認しているTMPに言った。
「ええっと、これで・・・・・よし」
TMPがBTR-4のシャーシの下から這い出てきた。
「これでエンジンがかかるはずですが・・・・」
TMPは運転席に座り、鍵穴にピッキング用具を突っ込んで回した。暫くぐずるような音が何度か鳴ったが、エンジンが機嫌の良い音を鳴らして回り始める。
「やったな!よし、じゃあ、もう一台のエンジンも回そう!早いところターゲットを回収して、迎えのヘリを呼ぶとしよう!」
「その前に軍の動きも確かめないと駄目ですね。あの爆発に気づいて大騒ぎしているかも知れないです。ちょっと待って下さい」
TMPが自分のザックに手を伸ばし、中からマルチ無線傍受機を取り出した。この装置はUHF/VHF/FM/AMなど各種周波数、アナログ、デジタル両用の傍受専用器で、アマチュア無線から航空無線など様々な無線通信を傍受できる。条件さえ揃っていれば、潜水艦が海軍の陸上基地と通信する時に利用するVLF通信すら傍受することが可能だ。
TMPは傍受機のアンテナを伸ばし、コードを自分が身につけているヘッドホンに取り付けて耳をすませた。ダイヤルやスイッチを動かし、あらゆる周波数での通信を傍受する。
「・・・・・・何も騒いでいないですね。どうしたんでしょう?」
「侵攻作戦開始前の無線封鎖かな?だとしたらかなりまずい」
「とにかく、急ぎましょう。もう一台の装甲車も動かして」
「そうだな。よし、みんな、乗るんだ」
2056年 3月11日 0841時 ウズベキスタン
思った通りだ、とジェラルド・グリッドレイは隠れ場所からシュミット&ベンダー社製の5-25×56PMⅡ狙撃スコープ越しに敵の集団が向かって来るのを見た。このスコープは5000ドルもする代物で、普通ならばなかなか手が出ないのだが、グリッドレイは大枚をはたいてこれを買った。
一般的に、狙撃用スコープの性能は、ほぼ完全に価格に比例する。300ドル程度の安物は、グリッドレイからしてみたら、はっきり言って同じ価格のゴミと同じだ。休日に鹿を撃つハンターでも、まだマシなスコープを使う。
グリッドレイに狙撃を最初に教え込んだのは、彼の父親だ。父親はハンティングに使う道具に関しては、とにかくこだわっていた。父親のライフルコレクションは、どれも大金を叩いて知り合いのガンブローカーから買い付けたものだ。今では卒倒する程の値段が付くウィンチェスターM70のプレ64モデル、サコーのM75/85、ウェザビーMkⅤ・・・・・・。
父親はスコープにも凝っていた。父はどちらと言えば、ライフルよりもスコープに尋常ならざるこだわりを見せていた。まず、3000ドル以下のスコープは買うなと、父親はグリッドレイに言っていた。勿論、腕前が伴わなければならないが、良い道具、ひいては最高の銃とスコープでなければ、上達はしないと父親は断言していた。安物を使っても、金と時間の無駄。高級、高性能のものを使えば、はっきりと自分の射撃のレベルが出てくると。その上で課題を洗いだし、レベルを上げることができる、と。
グリッドレイは海兵隊に入隊するまで、射撃のジュニア・コンペに何度も参加していて、何度も優勝した経験がある。父親に鍛えて貰ったのもあるが、生まれ持った才能も少なからず影響していたようだ。
「よし。奴ら、俺たちを探してやがる」
「どうするの?」
プローンの姿勢で銃を構えるグリッドレイに体をぴったりと密着させているFive-Sevenが、双眼鏡で様子を見ながら言った。
「当然、殺られる前に殺る。先手必勝だ。81式、A3G、四式、聞こえるか?」
『はっきり聞こえているぞ』
『はい、大丈夫です』
『勿論であります、指揮官殿』
「敵を確認し、俺が最初の一発を撃ったら撃て。その後は自由射撃。一人も逃がすな。そしてネゲヴ。敵は確認できるか?」
『見えてるよ。やっちゃう?』
「敵が一人でも倒れたらぶちかませ」
『わかった。任せて』
Five-Sevenはレーザー測距機能付きの双眼鏡で敵までの距離を測った。不可視光レーザーが鉄血のサイボーグに当たり、ハイテク双眼鏡の中のマイクロコンピューターが瞬時に距離を計算する。
「先頭のストライカーまで453mよ」
「楽勝だな」
グリッドレイはエレベーションノブを回し、着弾点を調節した。幸いなことに風はほぼ吹いていないと言っても差し支え無い状態だ。元海兵隊員はクロスヘアの中心を敵の頭に重ね、大きく、静かに息を吸って、ゆっくりと吐いた。
そして、肺の中身をほぼ出しきったところで息を止め、2秒後に引き金を引いた。
2056年 3月11日 0844時 ウズベキスタン
鉄血のサイボーグの頭部がバシッという音を立てて破裂する。.338ラプアマグナム弾によるものだ。続いて3体のサイボーグが狙撃されて倒れた直後、フルオートで放たれる5.56mmNATO弾の雨がリッパーやダイナゲート、プラウラーを切り裂く。
鉄血の部隊は見えない敵を探してキョロキョロと首を動かした。そうこうしているうちに7.62mm弾や6.5mm弾、7.92mm弾で頭部を吹き飛ばされた。
敵が全滅するまであっという間だった。向こうには破壊された敵のサイボーグが転がっている。グリッドレイはスコープで注意深く周囲を探った。他に動いているものはいないようだ。
さて、状況を確認しよう。グリッドレイはスコープのカバーを閉じ、ライフルを背負ってM45A1拳銃を手に前進した。Five-SevenとAN94が慌ててグリッドレイの前に出る。この指揮官は目を離すとすぐに自分が先頭に立とうとするのだ。
ヴェクターとスコーピオン、PPsh-41が走って前進し、グリッドレイたちを追い越して施設を調べに向かった。3人はパラボラアンテナが載った小さな建物の周囲を歩き回って調べ始める。
「ねえ、これも妨害電波を出しているのかな?見た感じはそれっぽいけど」スコーピオンが歩き回りながらグリッドレイに話しかける。
「かもしれないが、こっちは通信設備かもしれない。他に似たようなものは?」
64式とスピットファイアが周囲を歩き、他の建物を調べていた。殆どが倉庫でロボット兵器のパーツ、サイボーグの生体パーツの維持に必要なベビーフードのようなものが入った缶詰。設備の保守点検に使うと考えられる部品や工具が収められている
「64式、あれを」
スピットファイアが指先を向けた方向にはツナギを着たサイボーグがいた。チェストリグに数多くの工具がぶら下がっていることから、恐らく整備員だろう。しかし、その顔は、スピットファイアたちを見ても何の反応も示さず、無表情のままだった。そいつと瓜二つの顔、背丈、体格の人間が他に4人いる。
そいつらは人間では無い。サイボーグだ。そう判断した64式は銃を持ち上げ、引き金を数回引いた。7.62mmNATO弾が放たれる大きな音が鳴る。
「指揮官さん、生き残りがまだいます。油断しないでください」スピットファイアが無線を使ってグリッドレイに報告する。
一方で64式はククリ刀で5体のサイボーグを解体して調べていた。そいつはアルミニウムの軽量な骨格と生体部品でできている。
「こいつらは工作作業用の人形かしら。この設備の保守点検をしていたみたいね」
64式はかなり器用にククリ刀を使い、サイボーグの脚に切れ込みを入れ、人工生体組織を剥ぎ取っていった。地面に人工血液が流れ出し、中から黒い炭素繊維でできた骨格が見える。今度は腹部と胸部を切り裂き、カエルの解剖のようにかっさばいた。
中には何かの機械とプラスチックの管、生体臓器などがごちゃ混ぜになりながらも、整然とした感じで配置されていた。心臓と肺はゴムのようなものでできているらしい。一方で消化器官系統は人間と同じように細胞でできているが、胃は小さく、腸は極端に細く短い。消化器官があるということは、こいつらも自分たち同様、生体部品の維持のために物を食べるのだろう。
「64式、一体何を・・・・・うわっ!」
スピットファイアは64式の隣まで歩いていき、そこにあったものを見た途端、顔を背けて胃袋の中身をぶちまけた。
「うーん。リバースエンジニアリングできるような代物では無さそうね」
スピットファイアは64式が鉄血のサイボーグを解体している中、ハイドレーションの水で口を漱ぎ、吐き出した。
「何を考えているんですか。指揮官さんが来るまでに全部片付けておいて下さいよ」
「指揮官?あの人なら平気でしょ?毎日みたいに鉄血のサイボーグの頭が破裂するのを見ているんだし」
「おーい、そろそろこれを吹っ飛ばしてとんずらするぞ。俺たちは敵を引き付けなきゃならんからな」
グリッドレイが向こうから二人に呼び掛けた。64式とスピットファイアは自分たちのボスに向かって駆け寄る。
「ジェリー、早いところ逃げましょ」隣にいたFive-Sevenが周囲を見回しながら自分の指揮官に言う。
「わかったぜ、相棒。よーし、全員いるな?さっさとここから離れるぞ」
「指揮官、爆薬のセットが終わったよ。15分で爆発する」ヴェクターがグリッドレイに報告する。
「さて、こっからとんずらだ!走れ!」
グリッドレイたちは固まって敵の設備から足早に逃げ出した。