2056年 3月11日 0905時 ウズベキスタン
RO635は武器を確認して周囲を見回した。先ほど9mm弾を放置された警察の詰め所で手に入れたばかりだ。その警察の詰め所は無人で、最近はちっとも人がやって来た様子はな無かった。
問題は、その他のものがなかなか手に入らない事だ。食料はスズメの涙ほど。歩けども歩けども、周囲で見るのは人間の死体や壊れた車、散らばった空薬莢、崩れた家屋、葉の無い木。
僅かな望みをかけて衛星電話を探したが、そんなものは無かった。スマホは人間の死体と同じくらいたくさん見つけることはできた。9mmルガー弾を見つけるのもたやすい。
試しにそのスマホを使ってグリフィン&クルーガー社の広報部にダメ元で電話をかけて見た。ジャミングが仕掛けられているのか、呼び出し音すら鳴らず、そのまま電話は切れてしまった。
仕方が無い。歩き回って味方を見つけよう。無線機のビーコン信号は発信され続けているが、味方が拾ってくれているかどうかは怪しいものだ。周囲には、雪と岩山、そして葉が落ちた木々以外、殆ど何も見えない。カザフスタンでの任務で自分たちが乗っていた飛行機を撃ち落としたジュピター砲も無い。この国には設置されていないのだろうか。
凍った水たまりをブーツで踏みつけると、パリパリという音と共に1mm程度の薄い氷の膜に亀裂が入った。その下の水は防水仕様の靴に阻まれ、RO635の素足に達することは無い。
他の3人の姉妹に関する手掛かりは無し。機能不全に陥ったSOPⅡは今頃どうなっているだろうか。回収したのが人間ならば、恐らくは解体して生体部品を廃棄、内部の骨格は金属資源として利用されているだろう。鉄血に回収された場合は、徹底的に体の構造を確かめられ、リバースエンジニアリングの素材になっている可能性が高い。まあ、せめて、意識が全く無い機能不全状態になっているのがSOPⅡにとっては不幸中の幸だろう。
上を見上げると、見事なまでの青空が広がっている。その上を飛ぶ飛行機の姿は無い。少し前まで頻繁に輸送機や戦闘機が飛んでいるのを見たが、数日前からはその姿を全く見かけなくなった。
辺りは不気味なほど静まり返っている。だが、このエリアを鉄血がうようよしているのは確かだ。事前に聞かされていた前線の駐屯地は既に引き払っている可能性もある以上、勝算があるかどうかもわからない可能性に賭けるのは危険だ。しかしながら、それ以外に脱出手段が思いつくかといったらそうではなかった。
2056年 3月11日 0911時 ウズベキスタン
予想通りだ。奴らは右往左往している。ライフルのスコープ越しに敵の様子を見たジェラルド・グリッドレイは確信した。リッパーやストライカーの群れが東に向かったかと思えば、10分後にまた戻ってきて、今度は北に向かって行った。グエンたちと合流する前に、グリッドレイは適当な鉄血の通信施設や空き家、放置された車などに時限式の爆破装置を仕掛けてきたのだ。設定したタイマーはバラバラで、15分にセットしたものから24時間にセットしたものもある。
敵を攪乱させて、別のものに気を逸らせている間に、こっちは目的を達成する。現役の海兵隊員だったころ、留学訓練生として英国海兵隊特殊舟艇部隊に半年ほど送り込まれた経験が役に立った。
あの訓練は、間違いなく、グリッドレイが海兵隊で経験したどの訓練よりも過酷だった。強襲偵察隊の選抜過程も、狙撃手の教育訓練も、あれに比べたら小学生のピクニックのようなものだ。あの訓練には、グリッドレイの他、オーストラリア陸軍のSASRやカナダ軍のJTF-2、そしてアメリカ海軍特殊部隊SEALsの隊員も合わせて20名、送り込まれていたが、そのうち17名が訓練課程の最終段階で脱落するという恐ろしく過酷なものであった。合衆国海兵隊のスナイパースクールを首席で卒業し、強襲偵察隊の隊員であるグリッドレイすら、訓練課程を修了した留学訓練生の中でも最下位の成績だった。
あの訓練課程をもう一度やれと言われたら、はっきり言って、10億ドルを目の前に積まれても拒否するだろう。流石は特殊部隊の元祖を作った国である。特殊部隊の元祖を組織した国の海兵隊員は超人揃いだ。
暫くすると、空気を震わせる爆発音が聞こえてきた。最初の時限爆弾のタイマーがゼロになり、プラスチック爆薬に点火させたようだ。向こうの敵の集団は一旦、立ち止まった。そして、回れ右して全員、同じ方向に向かって駆け足で去って行った。作戦成功。奴らは今の爆発が起きた場所を確かめに行ったはずだ。
「上手くいったわね。あいつら、慌てて走って行ったよ」
グリッドレイの隣で敵の様子を見ていたネゲヴが小声で言う。
「まだ爆発は続くぞ」
再び爆発音が響き渡る。ウズベキスタンの軍や警察はテロだと思って大騒ぎしているだろう。グリッドレイは無線機の傍受機能を作動させ、軍の通信と警察無線の交信が増えていないかどうか確認してみた。無線は沈黙している。今のところ、連中は反応していないようだ。
「ジェリー、あんたそんなやり方、アメリカ海兵隊で習ったの?」
グエンがまるでゴキブリを見るような目でグリッドレイを見て言った。
「いや。イギリスの海兵隊に半年ほど留学していた時にね」
グリッドレイのプロファイルは不明な部分が多い。グエン自身、グリッドレイがアメリカ海兵隊の狙撃手だったことは知っていたが、どういう事をしていたのかはわかっていない。まあ、グリッドレイ本人が話さないのだから全くわからないのだ。
「イギリス留学?そんな事してたの?」
「ああ。地獄みたいな英国留学だったぜ。まあ、詳しく話したら君を殺さないといけなくなるな」
「地獄の留学って?」
「まあ、それについては、死ぬ間際になったら回顧録にでも書くかな。さて、次のターゲットは・・・・・・」
「指揮官、次はこれにしよっかー?」
ZV61スコーピオンがタブレットを差し出した。それには鉄血の倉庫らしきものが映っている。
「周りに敵は?」
「いるよー。リッパーにダイナゲートにプラウラーがうようよしているよ」
「それじゃ、それを吹っ飛ばすか。グエン、君らはどうする?」
グエンはため息をついた。またこのゴリラに振り回されることになるのか。
「あー、もう!私に選択肢があるとでも思っている訳!?」
グリッドレイは肩をすくめた。
「それで、次はどうする気?」
「ダチと通話できるかどうか試してみる。ジャミングがまだ酷いかもしれないがな」
グリッドレイは衛星無線機を取り出し、スイッチを押した。
2056年 3月11日 0907時 ウズベキスタン
UMP9が持っていた衛星通信機が"ピーッ"という電子音を鳴らした。どうやらグリフィンの誰かがコンタクトを取って来たらしい。
「指揮官、グリフィンの誰かがこの近くにいるみたいだよ」
「味方か?他に部隊がいるとは聞かされていなかったけど・・・・・取り合えず出てみよう」
五十嵐は無線機の通話ボタンを押した。
「もしもし」
『トモキか?V中隊のグリッドレイだ。連絡が取れて良かったよ。今、奴らのジャミング装置をぶっ潰したところだ。おかげで・・・・・ターゲットの位置情報がわかった。今から送信する』
タブレットの地図アプリを開くと、"Target"という文字が赤い輝点と共に表示される。その輝点は東に向かって移動していた。
「確認しました。どうしてジェリーさんはここに?」
『訳は後で話す。それよりも、君らはターゲットを探し出すことに集中してくれ。敵は俺たちが引き付ける。何かあったら連絡を寄越してくれ。以上、交信終了』
2056年 3月11日 0908時 ウズベキスタン
グリッドレイはマクミランTAC-338のボルトを引き、弾倉に.338ラプアマグナム弾を押し込んだ。AN94とAK12は弾倉を銃から取り外し、ボルトを引いて銃の状態を確認している。
「さーって、ここからは指揮官お得意の強襲作戦ね」
ネゲブが弾薬ベルトを肩にかけて言った。
「へっへー。さっき、ゴーストタウンでこれを用意しておいて良かった」
スコーピオンはウォッカが入っていた瓶を取り出した。その中には、酒の代わりにガソリンが入れられている。火炎瓶だ。
「ジェリー、あんたがいたのって偵察部隊って言ってなかった?」グエンがグリッドレイをまるで毛虫を見るような目つきで見た。
「ああ、偵察部隊だぜ。他の部隊に先立って侵入して、敵地の様子を探って情報を持ち帰るのが仕事だ。勿論、それが専業だが、副業で空挺降下からの強襲作戦もやっていたからな。あの時は楽しかったぞ。やばいことになったら、無線一つでF-35戦闘機やトマホーク巡航ミサイルが飛んできて、敵を吹き飛ばしてくれたりしたからな」
グエンはため息をついた。グリッドレイは、まるでそのことを新しいおもちゃを友人に自慢するような口ぶりでグエンに話しかけた。
「それで。次はどこを攻撃するかもう決めた訳?」
「ああ。ここだ。ここから20kmほど南に行ったところに敵の拠点を見つけた。襲撃して破壊する」
「破壊って・・・・・?」
「周りの奴を全部撃ち殺して、施設にプラスチック爆薬を仕掛けてぶっ壊す。簡単だろ?」
「それのどこが簡単なのよ」
「そうだな。敵を分断させたいから二手に分かれて破壊工作をするか。グエン、C-4とリモコン信管と時限信管の使い方は知っているだろ?」
グリッドレイがザックからリモコン装置と信管、時限装置、C-4を取り出してグエンに差し出した。
「訓練で習ったし、いつも使っているわよ」
「じゃあ、問題無いな。奴らの施設を見つけたら片っ端から爆破していってくれ。ダチに楽をさせてやるのさ」
「その様子だと、選択肢は無いようね」
グエンは完全に諦めていた。この元海兵隊員と議論しても時間の無駄だ。そんなグエンを後目に、グリッドレイはTAC-338のボルトを引き、銃の状態を確認していた。周りの戦術人形たちも武器を確認している。流石に元海兵隊武装偵察隊の軍曹に鍛えられた人形たちは手際が良い。
「よし、グエン。君らはここから南に15kmほど行ったところにある建物を吹っ飛ばしてくれ。周りに敵がいるから気を付けろよ」
「ちょ、ちょっと!一緒に行くんじゃ無いの!?」
グエンはグリッドレイを慌てて引き留めようとした。この大男は、敵だらけの山岳地帯で、たった10人程度の小隊で戦えと言い出したのだ。
「同時多発的に色々な場所をぶっ壊した方が、敵の戦力がばらけるだろ。何かあったら、無線か衛星通信で連絡してくれ。それじゃ」
グリッドレイと仲間たちはあっという間にその場から立ち去り、森の中に姿を消した。もう今から追いかけても追いつくのは難しい。グエン自身が、そのことをよくわかっていた。
「それで。どうするの?」グエンに話しかけたのはT65だ。
「仕方が無いわ。ジェリーが言った通り、南に向かってそこにある建物を爆破しましょう」