2056年 3月11日 1021時 ウズベキスタン
遠くからくぐもった爆発音が聞こえてきた。グエン・タオ・ランはBTR-4の運転席の窓を開け、音が聞こえてきた南西の方を見たが、黒煙が立ち上ってきている様子は無い。向こうの峰の陰に隠されてしまっているのだろう。彼女は自動小銃を構え、周囲を4倍の倍率が付いたCOMP-MLⅡという光学照準器越しに周囲を見回した。敵がいる様子は無い。
仲間たちに周囲を警戒するよう、無線で指示を出した。暫くすると、真後ろの車輌のハッチから上半身を出すM99が手を上げた。彼女はスコープで前方の林の方を見ていた。
『指揮官、敵。2時方向から10体』
グエンはBTR-4のブレーキを踏んだ。他の装甲車も停止する。Ots-14とショーシャ、T65、モシン・ナガンが降りて銃を構えた。スチェッキンとSAAには車内にいるよう、指示する。どっちにしろ、敵がいる位置は二人が持つ銃の射程の外だ。
グエンは防弾加工された運転席のドアを開けたままにして、その後ろで銃を構える。遮蔽物代わりだ。12.7mmのフルメタルジャケット弾程度ならば防いでくれるが、この軽量級の装甲車の装甲は、RPGは全く防いでくれない。向こうがブッシュマスターの25mmチェーンガン程度の武器を持っていたら、あっという間に蜂の巣にされてしまう。
「MP7、スチェッキン、あなたたちは30mmとミサイルの準備をして。マンティコアやニーマムがいたら、ぶっぱなして」
いくら装甲車があるからと言っても、少人数でこんな敵だらけの場所をうろつきたくはない。そんな時は、やはりグリッドレイのような、軍で特殊作戦を経験した人間が頼りになる。もしくは、AR小隊や404小隊のような、高い戦闘能力を持つ人形たちが。
フルオートで銃弾が放たれる音が聞こえてきた。曳光弾が敵目掛けて飛んでいき、そのうちの数発が敵に命中し、脚や腕を引きちぎる。しかし、その銃声はすぐに止まってしまった。
「ああー、また詰まっちゃいました」
ショーシャは銃から半円形の弾倉を取り外し、ボルトハンドルを数回引こうとした。しかしながら、弾薬は薬室と弾倉、ボルトの3点の間に挟まってしまい、ボルトの動きを完全に妨げていた。こうなっては、一度、通常分解してから弾薬を取り出さねばならない。
鋭い銃声が鳴り、760m先にいる敵が倒れた。モシン・ナガンが放ったものだ。向こうにいるのはストライカーだ。モシン・ナガンは素早く5回撃って敵を倒した後、弾薬パウチから7.62mm×54R弾を取り出し、弾倉に押し込んでいった。
「ああ、もう!」
グエンは銃を撃ちながら毒を吐き続けた。装甲車の外板を弾丸が叩く甲高い音が鳴る。向こうからは敵がどんどん押し寄せてきた。
2056年 3月11日 1025時 ウズベキスタン
グエンたちが押し寄せてくる敵と交戦している間、鉄血の小隊がグリッドレイの部隊が作り出した巨大なたき火の前に立っていた。人工生体組織と強化プラスチック、炭素繊維の骨格が焼ける臭いが周囲に充満し、真っ黒な煙が立ち上っている。ヴェスピドの1体がデータ通信で状況をハイエンドモデルに報告し、指示を待った。
周囲ではプラウラーやダイナゲートが停止した状態で立っている。こいつらのAIは与えられた命令を処理して実行する程度の性能しか持ち合わせていない。そのため、今は所謂"指示待ち"の待機状態になっていた。
その間、一体のリッパーが周囲を見回し、地面に何かが埋まっているのを見つけた。それは赤い紐のようなものだ。リッパーは周囲を再びスキャンした後、その紐に向かって近づき、拾い上げた。出ていた紐は、ほんの氷山の一角だったらしい。絶縁被膜に被われた細く長いワイヤーの束が地面の中からずるずると出てきた。その直後、カチッ、という音と共に大爆発が起き、その場にいた鉄血の兵器を粉々に粉砕した。
2056年 3月11日 1026時 ウズベキスタン
大きな爆発音と共に向こうの平野で真っ黒な煙が立ち上った。グリッドレイは一度、丘の上で立ち止まってTAC-338に取り付けられたカールツァイスのスコープで爆発地点を見た。SPR-A3Gも指揮官と同じことをした。
「派手にやったな。それにしても、あそこに置かれていた大砲の弾だっけ?あんなやり方、教えてくれなかったな、指揮官」
「素人がやったら自爆するだけだならな。これでまた、時間稼ぎができたな」
「でも、奴らが陽動に引っ掻き回されていることに気づいたらどうかしら?」Five-Sevenが指揮官の方を見て言う。
「その時は強襲作戦に打って出るしか無いな。敵を攻撃して、こっちに引き付けるだけだ」
「それがアメリカンスキーの海兵隊の流儀なの?」AN94が言う。
「いや、どっちかと言ったら、英国の・・・・・いや、何でもない」
「イギリス?指揮官はアメリカ人でしょ?」
「ああ。いや、今のは忘れてくれ。それよりも、次のターゲットに集中しよう」
AN94は自分の指揮官を見た。この指揮官の部隊にやってきて1か月が過ぎたが、この指揮官のことをあまり知らない。と、言うより、グリッドレイが海兵隊員だった時の事をあまり話してくれないのだ。しかしながら、グリフィンに来る前にFSBに所属していたAN94は何となく察しがついた。
この指揮官は、軍にいた頃はあまり人に言えない作戦に従事していたのだ。自分がAK12と共にFSBにいた頃に行っていた作戦のような。しかしながら、AN94とAK12はあの手の作戦に加わる時は、あくまでも支援であって、実際に手を下すのは人間だった。
グリッドレイは自分のことをあまり仲間に対して話すことが少ない。しかしながら、この指揮官が率いる部隊にいる人形は指揮官のことをしっかり信用して作戦に従事していた。
グリッドレイは周囲を警戒することに頭を切り替えた。自分がかつて『交換留学生』としてイギリス海兵隊で訓練を受け、そこで特殊舟艇部隊隊員の選抜課程を修了したことは軽々しく他人に話す事ではないと思っているからだ。普通ならば、PMCに就職する人間ならば、それを履歴書に堂々と書くはずなのだが、海兵隊を除隊して暫くした後にグリフィンに入った時も、その経歴はクルーガーにもヘリアンにも申告しなかった。知っているのは、グリッドレイ自身と一緒に訓練を受けたイギリス海兵隊員とSBSの教官、そして、当時、直属の上官だったエゴール大尉くらいだ。
とは言え、あの地獄みたいな訓練の中で身に付けた技術は、かなり役に立っている。もう一度やれと言われたら、1億ドルを目の前積まれても御免だが。
PPsh-41とP226がその場にしゃがみこんだ。仕方がない。さっきから長距離移動しては爆破、また移動しては爆破を繰り返していたのだ。彼女たちは、普段はフォースリーコンの訓練メニューをグリッドレイがアレンジしたものを毎日やっていたが、ここまで長距離移動を繰り返していると、流石に疲労が溜まるだろう。それに、作戦が終わり、ヘリが回収しに来るまではかなり時間がかかるとグリッドレイは考えた。
「よし、ここで休憩も兼ねて、次はどこを潰すか考えよう。見張りは30分交代。3分の1のローテーションでやる。最初は俺と・・・・ネゲブ、64式、そしてスコーピオンだ。他のみんなは休んでてくれ」
2056年 3月11日 1045時 ウズベキスタン
五十嵐はビーコン装置を確認した。ターゲットにはどんどん接近している。グリッドレイがゲリラ戦を仕掛けているおかげで、ここまで敵に遭遇せずに済んでいたが、この先はどうなるかわからない。
M4は装甲車のハッチから上半身を出して、注意深く周囲を見回した。開けた場所なので、遠くまでよく見渡すことができる。確かに、そのおかげで、少なくとも地上にいる敵からは不意打ちされるようなことは無さそうだ。
M4の隣でM16がハッチを開け、双眼鏡を取り出して遠くを見た。目の前には丘が広がり、山羊の集団が見える。野生のものなのか、それとも遊牧民が飼っているものなのかはわからない。
「姉さん、あれは?」
「山羊・・・・とかいう動物だったかな。基本的には害が無い動物のはずだ。近くに人は・・・・・いないみたいだな。だとしたら、野生のやつかもしれない」
「でも、このまま真っすぐ進むのは危険ですね。あの西側の大きな岩山の陰に敵がいたら狙い撃ちにされますよ」
「そうだな。別のルートを探そう」
M16は姿勢を低くして双眼鏡を使って辺りを見渡した。丁度、M4が指示した森に向かって大きな木がまばらに林立しているのが見える。心もとないが、ある程度は遮蔽物に利用できそうだ。
「M4、南西の林はどうだ?あそこならば真っすぐ西の森の中に、他の連中の視界に入らずに動けそうだ。それに、お前が言っている岩山を迂回できそうだ」
「いいですね。まずは私たちで場所を確保しましょう。それから、1台ずつ、援護しあいながら移動すればいいでしょう」
「わかった」
M16は無線機のスイッチを入れた。
「指揮官、聞こえるか?ルートを確認した。今から私とM4が安全を確保するから、合図したらついてきてくれ」
『了解だ』
「M60、私たちが先頭を行く。前に出てくれ」
「ラジャー」
BTR-4を運転しているM60がアクセルを踏みつけた。マフラーから黒煙が立ち上ぼり、エンジンがパワーを上げる音が鳴る。この装甲車でかなりの距離を移動していたため、そろそろ燃料も底を尽き始めていた。
2056年 3月11日 1046時 ウズベキスタン
ハンターはサイボーグに破壊工作を続けている連中を追跡させた。ターゲットは自分自身で仕留めよう。ネットワーク機能を使い、ビーコン信号が発せられていないかどうかスキャンした。
そして見つけた。グリフィンの人形の信号だ。ここからそう遠くは無い。引き連れているサイボーグとロボット兵器に司令を出し、追跡を開始させる。ハンター自身も走り出し、標的までの距離を一気に詰めていった。