2056年 3月11日 1056時 ウズベキスタン
BTR-4の車列は向かって左側に林を見ながら間隔を空け、ターゲットに向かって驀進し続けた。もうじき任務を完了して、帰還するだけとなる。
「指揮官、ターゲットが近いわ。信号をしっかり捉えている。あと数キロ程度で合流よ」
416がタブレット端末を持ってビーコンを確認する。ターゲットは移動中だが、かなり近くなっている。じきに任務完了だ。彼女を回収したら、展開中の味方に知らせて、帰還するだけ。しかし、そう簡単に事が運ぶとは思えない。
こっちで信号を捕捉できているという事は、鉄血も信号を捕捉している可能性が高いと言える。そのため、彼女を回収する時に敵と衝突するのは必然だろう。
「みんな、もうすぐターゲットを目視できる距離に入るわ。でも、油断しないで。私たちにターゲットが見えているという事は、敵にも見えているっていうことよ」
『ラジャー』
『了解だ。全員、警戒して!』
装甲車は雪原に轍を刻み、前進する。その上部のハッチが開き、戦術人形たちが数名、上半身を出して銃を構えた。装甲車のハッチは斜め上を向いた状態で固定される。それは小銃弾程度は防いでくれる盾となった。
「全員、戦闘用意!」
スプリングフィールドが銃のボルトを引き、30-06弾を弾倉から薬室に送り込んだ。装甲車はかなり速い速度を出しているため、彼女が持っているのような単発のボルトアクションの銃では不利となる。
こういう時は、G36やM4のような、小回りと速射が利くアサルトライフルが有利だ。だが、この銃は彼女のAIと烙印されている銃だ。他の銃を使うのは難しい。
五十嵐はMk16SCARを構え、前方を警戒した。道がデコボコしているため、装甲車のサスペンションがガタガタ揺れる。右隣にはUMP45がいて、すぐ後ろには416とUMP9がいる。恐らくだが、真後ろの416は弾丸が飛んできた途端、自分を兵員輸送室の中に引きずり込むだろう。前方の装甲車では、M4とM16らが周囲を銃を持って周囲を警戒していた。
2056年 3月11日 1058時 ウズベキスタン
空を覆っていた雲の切れ目から金色の陽光が差し込んできた。息を飲むほど美しい光景だが、鉄血のハイエンドモデルはそれを無視してターゲットまで人間離れした速度で走り続けた。
やがて、右側に開けた平野が広がっているのを確認した。しかし、サイボーグはそのまま林の中を走り続ける。暫く走っていると、斜め後方から何やら重たい音が聞こえてきた。走りながら耳を澄ます。やがて、後方から大きな装甲車が現れた。
2056年 3月11日 1059時 ウズベキスタン
「敵だ!9時の方向!」
M16はそう叫んだ直後に銃の引き金を引いた。即座に弾丸が一斉に放たれる音が続く。五十嵐は光学サイトで確認した。敵のサイボーグが一定間隔を空けた状態で隊列を組みつつ、左側にいる。
こちらが攻撃を開始したのと同時に敵は走り出した。五十嵐は、自分の頭が開いたハッチの後ろに隠れるように姿勢を低くした。PASGT規格の防弾ヘルメットを被っているが、これは.338ノルママグナムや.460ウェザビーマグナム級以上の威力を持つ弾丸を防いではくれない。敵がそういう高威力の弾丸を撃ってこないことを祈るのみだ。
後ろではM60やAEK999がフルオートで弾丸をばら撒き始めた。この場合は連射できる武器が有利となる。一方で、走っている敵に狙いを定めようとしていたファルコンとSV98は苦労していた。彼女たちは基本的に、隠れた場所から遠くの敵を撃つことを得意としている一方で、近距離で素早く動き回る標的を撃つのは苦手だ。
「SV、無理はしないでください。こういう時は連射できる私たちに任せて下さい」
G36の言葉にSV98は仕方なく兵員輸送室に引っ込んだ。運転席ではRFBが懸命にハンドルを握り、前の装甲車について行っている。
「RFB、代わります。あなたは敵を撃って下さい」
SV98が素早く運転席に滑り込んだ。RFBが交代で兵員輸送室に這いだし、G36の隣で銃を構え、射撃を開始する。彼女は即座に7.62㎜弾を向こうで走っているヴェスピドに命中させた。
装甲車の車体とハッチを弾丸が叩く甲高い音が鳴り続ける。五十嵐が光学サイトのレティクルの中心に敵を捕らえ、引き金を引いた。5.56㎜弾を食らったリッパーが倒れて動かなくなった。ナイスショット。もう一発。鋭い銃声と共に敵が倒れる。
416やUMP45が訓練してくれた賜物だ。高速で走り、ガタガタ揺れる装甲車に乗っていながら、上手い具合に敵に弾丸を命中させることができている。
五十嵐が弾倉を交換し、再度、敵に狙いを定めた時だった。ドサッ、という音と共に背後にいた416が五十嵐の背中にぶつかってきた。振り向くと、右肩から人工血液を流しながら416が床にしゃがんでいる。防弾チョッキとタクティカルベストの肩のベルトが千切れていた。
「くそっ、416!」
五十嵐が振り返り、416の傍にしゃがみ、腰のパウチから止血帯を取り出した。弾が入ってきた傷は直径1cm程だが、貫通して出ていった時に作られたものは1.5cm程にもなっていた。五十嵐は止血帯を416の傷口に当てがい、その上から包帯を巻く。
「私としたことが・・・・・」
「そこで大人しくしているんだ。いいね」
「わかっているわ。G11、ナイン、あんたたち、指揮官をしっかり守るのよ」
416は備え付けられているタブレット端末を手に取った。じき、ターゲットに辿り着く。勿論、この場を切り抜けることができれば、という話であるが。
2056年 3月11日 1101時 ウズベキスタン
銃声がどんどん近くなってきた。RO635は正直、どう行動すべきなのか迷っていた。と、言うのも、ここにいる勢力が鉄血以外にどんな連中がいるのか全く分かっていないからだ。
だが、このまま黙って行動に移らない状態では埒があかない。衛星通信機はとっくのとうに壊れて使い物にならなくなったから捨ててきた。ビーコンも先ほどから信号の発信も受信もできなくなってしまっている。
幸いにも、これまで敵に見つからぬよう上手く立ち回ってきた。しかし、これからはそうもいかなくなるだろう。
歩きながら耳を澄ませ、周囲を見回す。グリフィンの部隊が交戦している可能性もあるが、鉄血がゲリラ相手に攻撃をしている可能性だってある。ROは慎重に銃声がする方向へと向かって歩いて行った。
2056年 3月11日 1103時 ウズベキスタン
五十嵐は自分たちと並走している鉄血部隊に銃撃を食らわせた。G11と交代で銃撃を食らわせ、敵の数を減らしていく。G11は、普段はぐうたらしていて、放っておけば1日15時間以上は眠っていることもあるが、戦闘になった途端、人が変わったかのようなバトルマシンに豹変する。フルオートに設定した銃を素早い指切りでバースト射撃を行い、素早く敵を倒していく。
「装填!」
G11が装甲車の中に引っ込むと、五十嵐が自動小銃を構えて敵に向かって銃撃を浴びせ始めた。5.56mm弾を食らったプラウラーが動かなくなり、銃弾で切り裂かれたリッパーが倒れる。前の装甲車のハッチからM4が銃撃をしつつも、周囲を見回し警戒していた。
M4は視界の右端で何かが動いているのを捉えた。銃口を向けて射撃を開始する。やがて、両手に1挺ずつ拳銃を持ったサイボーグが走っているのが見えた。鉄血のハイエンドモデル、ハンターだ。
M4は敵に銃口を向け、引き金を引いた。ハンターの顔を5.56mm弾が掠め、人工血液が流れる。
「こいつ!」
M4はセミオートで敵に弾丸を放った。ハンターは素早く装甲車の屋根の上を転がり、攻撃を避ける。
M16が妹の援護を始めた。二人で敵に狙いを定め、弾丸を放つ。しかし、敵はジャンプして、後ろの装甲車の屋根に立った。五十嵐が乗る車輌だ。
「くそっ!」
ハンターは五十嵐が持つ自動小銃を弾き飛ばし、腹に蹴りを入れ、首を左腕で締め、頭に拳銃を突きつけた。UMP45と416が銃をハンターに向ける。
「銃を捨てて車を止めろ。さもなければこいつを殺す」
ハンターは拳銃の劇鉄を親指で起こした。
「聞こえなかったのか。車を止めろ」
装甲車を運転していたUMP9はちらりとバックミラーを見た。後ろでは別の装甲車が同じ速度で走っている。ナインは思いっきりブレーキを踏みつけ、装甲車を急停止させた。後ろの装甲車が車体後部にぶつかった。その衝撃で、兵員輸送室の中にいる全員が前に放りだされ、床に叩きつけられた。416にとっては、それだけで十分だった。最初に体勢を立て直した彼女はOKC-3コンバットナイフを引き抜き、鉄血のハイエンドモデルの首に突き刺して、時計回りに捻った。車内に人工血液が撒き散らされる。ハンターは416の手首を掴み、力を込めた。骨格が砕ける音が鳴り、戦術人形が激痛に悲鳴を上げる。
五十嵐は装甲車の中に備え付けてあった大きなスパナを持ち、ハンターの顔面をそれで力いっぱい叩いた。ガツン!という音と共に皮膚が破れ、頭から人工血液が流れる。かなりのダメージを与えられたらしく、ハンターは体をふらふらさせ、持っていた拳銃を床に落とした。
指揮官はそれを見逃さなかった。スパナで敵の頭を何度も殴り付け、隙を見て顔面を両手で掴み、親指で両方の眼球を抉った。
視力を完全に失ったハンターは滅茶苦茶に暴れだした。しかし、五十嵐とUMP45は二人であっさりとそいつを押さえつけた。五十嵐が後ろからハンターを羽交い締めにすると、UMP45はそいつの顔面を、対戦相手にラッシュを浴びせるボクサーのようにボコボコにパンチを食らわす。彼女は裂傷や内出血、更には顔面骨折で元の顔の原型が分からなくなるくらいなるまで敵を殴り続けた。
ハンターが動かなくなると、G11が後ろのドアを開けた。五十嵐とUMP45が外にそいつを放り出す。後ろから迫っていた装甲車がすぐにハンターの体にのしかかった。増加装甲を取り付けて26tまでに重量が増加したBTR-4はあっさりとサイボーグを引き潰し、生体組織や炭素繊維、強化プラスチックなどをそこら辺に撒き散らした。
「ふう・・・・・やっつけたな」
五十嵐が装甲車の床に座り込むとUMP45が五十嵐の首と顔を両手でまさぐる。
「僕は大丈夫だ。それよりも416を」
既にG11が救急箱をから止血帯と包帯を取り出し、416の手当てを始めている。
「私としたことが。それよりも、指揮官は」
「平気だ」
五十嵐は無線機のスイッチを入れた。気づけばいつの間にか銃声は鳴りやんでいる。
「こちら指揮官だ。けが人がいたら報告してくれ」
ややあって全員から報告が戻ってきた。負傷者はいないらしい。他の敵は制圧できたようだ。
「もうじきターゲットに辿り着く。彼女を拾ったら、すぐに引き上げるぞ」
2056年 3月11日 1124時 ウズベキスタン
RO635はすっかり疲れていた。これ以上移動するのは難しい。それに、こんな時に鉄血に襲撃されたらおしまいだ。周囲には原っぱと、点在する森林が見える。それに、鉄血に攻撃される以前に、狼や熊に襲われる可能性もある。
ROは隠れる場所を探した。向こうの森林の中ならば、なんとか姿を隠すことができそうだ。自分の気持ちとは裏腹に体がついて行かない。疲れ切った脚を引きずるように動かす。隠れ場所を確保したら、少し休もう。だが、一度、体を休めたら眠ってしまうだろう。安全が確保できない場所では避けたいが、もうどうすることもできない。
やがて車のエンジンの音が聞こえてきた。それだけではない。微かに自分の名前を呼ぶ仲間の声が聞こえるような気がする。そしてブレーキの音。それが聞こえた時、ROは崩れるようにしゃがみこんだ。
「RO!」
M16が仲間の傍に駆け寄った。
「M・・・・・・16?」
ROはそのまま意識を失った。M16とM4が2人で彼女を抱えて装甲車の車内に運び込む。
「M16、その子がターゲットかい?」五十嵐が訊いた。
「ああ、そうだ。それよりも、早いところここから脱出して、前方展開基地に戻ろうぜ。あと、ジェリーたちにも、作戦を完了したことを言っておかないとな」
「そうだな。G36、聞こえるか?衛星通信機を持ってきてくれ。ジェリーさんにもターゲット確保を伝えないと」
『了解いたしました。早いところ、ここから逃げ出しましょう。長居は無用です』