2055年 12月11日 0915時 ルーマニア ブカレスト市内
五十嵐たちは市庁舎ビルの近くまで後退した。幸いにも、ほとんどの装備品を装甲車の中から持ち出すことはできた。もし、全部置いて行かざるを得ない事態に陥っていたら、悲惨な状況になっていただろう。武器弾薬、無線機、プラスチック爆薬、携帯式無人機コンソール、工具等々、色々ある。
「45姉、これ重いよー」
UMP9が背負っているのはFIM-92スティンガー地対空ミサイルの発射装置だ。予備のミサイルはM14とG36が背負っている。
「じゃあ、鉄血のUAVに出会ったら諦めて死ぬ?」UMP45が言う。
「うう・・・・・・」
五十嵐智基は、余計に15kgも荷物を背負う羽目になった。それは、SMAWロケットランチャーのセットだ。ランチャー1基とロケットを入れたチューブを2つ。装甲車で移動することだけを考えていたことが仇となった。本来はスパイク対戦車ミサイルもあったのだが、重すぎて徒歩での移動に支障をきたすとSV98が助言したため、諦めて置いてきたのだ。
「あのM2を取り外して持っていくことができればよかったんだが、無理か」五十嵐が言った。
「あれを持ち出すのは、どう考えても無理ですよ、指揮官。銃本体に1人、三脚に1人、弾薬ベルトに1人、3人で分けて持って動くだなんて、無茶もいいとこです。それに、こんな所で、いざ50口径が必要な時にすぐに撃つ体制を作れますか?」スプリングフィールドが言う。彼女は予備のSMAWの弾薬チューブを2つ背負っていた。
「流石に無茶だよなぁ。まあ、ロケットの類いを持ち出せただけでも儲けものか。しかし、これで足りるとは思えないけどなぁ」
「いざとなったら、その辺に転がってるRPG-7を頂戴すれば良いのですよ。言い方は悪いですが、亡くなった方には無用の長物ですので」
「言えてる」
「無線機とGPSポインター、支援マーカーもあるよ。いざとなったら、物資輸送ドローンに補給物資を運んできて貰えばいいのさ」と、M60。
確かにその通りだ。グリフィンは、軍では未だに研究中である技術を先行して活用している。物資輸送ドローンもそのうちの一つだ。これは、ネットショッピングサイト大手企業が最初に活用を始めたものであるが、すぐに軍がそれに目を付けて研究を開始した。
UAV先進国と言われているアメリカ軍やイスラエル国防軍、中国人民解放軍ですら、実用化は数年から十数年先と言われている中型及び大型輸送用無人機を、グリフィンは3年前から既に実用化していた。
「さてと、そろそろT中隊と連絡を取ってみてはどう?」UMP45が言う。
「そうだな」五十嵐は無線機を手に取った。
2055年 12月11日 0931時 ルーマニア ブカレスト
彼女たち2人は、砲撃でぼろぼろになったビルの中に隠れていた。物資は乏しく、仲間ともはぐれてしまった。そして何より、指揮官を失ってしまったのだ。
指揮官は、自分たちを逃がすために、潰れて動かなくなった自動車の陰から自動小銃を鉄血兵の集団めがけて撃ち続けていた。
しかし、敵が放ったロケット弾が彼を直撃した。彼は死んだ。命があるのか無いのかわからない、自分たち二人の人形を庇って
「AEK、状況はどう?」9A91という少女が相棒に言う。
「味方がいるとは思えないね。さて、どうする?ここで救出を待つか、それとも自分らでなんとかするか」AEK-999は無線機を左手で握り、外の様子を見ていた。無線機のバッテリーは十分だが今は非常時だ。可能な限り節約せねばならない。
そんな時だった。無線機から声が聞こえてきた。
『・・・・・・聞こえるか?Tちゅうた・・・・・』
二人は、驚いて無線機を見た。
『・・・・・ちら・・・・た』
「9A、出力を上げて」
『聞こえるかT中隊。こちらはB中隊だ』
「T中隊だ、どうぞ」AEK-999が答える。
『只今そちらの救出に向かっている。GPS位置情報を一回、送信してくれ』若い男の声が、今度ははっきりと聞こえる。
「わかった。そうしよう」
AEK-999は位置情報をセットし、送信した。
『確認した。救出に向かう。そっちにいるのは何人だ?』
「2人だ。生憎、仲間とはぐれてしまってね。救助を待つか、自分らで脱出するか決断を迫られていたんだ」
『それなら、今はコインを救助が来る方に賭けておけ。送信終了』
「9A、朗報だ。救助が来るぞ」AEK-999が相棒の方を見て言う。
「途中で鉄血の奴らにやられたら元も子も無いけど・・・・・今はそれを頼りにするしか無いみたいね」
2055年 12月11日 0944時 ルーマニア ブカレスト
五十嵐たちは間隔を空けて通りを進んだ。SV98とM14はビルの上に銃口を向け、スナイパーを警戒している。
2機のスコーピオン攻撃機が低空飛行し、遥か南の方の区画を爆撃していった。鉄血の陣地があったらしい。グリフィンは部隊への近接航空支援を行う攻撃機としてこのスコーピオンとEMB-314スーパーツカノを保有している。
「ちょっと遠回りした方がいいかも。この先に敵の陣地があるよ」
AM-RFBが五十嵐にタブレットPCを差し出した。無人機からの映像とGPSマップが表示されており、敵味方の位置情報がリアルタイムで更新されている。この先真っ直ぐ向かった辺りに、多くの敵兵が配置されているようだ。
「この先の十字路を右に進んで迂回しよう。他に敵の陣地は・・・・・・」
五十嵐の声を風切り音に続いて響いた爆発音が遮った。ロケット弾か砲弾が着弾したらしい。
「こことここだね。必要があれば、リーパーで片付けるのも手だよ」
「ルーマニア陸軍部隊はかなり消耗しているらしいからな。奴らをどれだけ押さえ込めるかもよくわからんし」
「NATOはいつやってくるのかしら」と416。
「ヘリアンさんの話だと、地上部隊の展開には、あと5日はかかるらしい。イタリア海軍の揚陸艦が地上部隊を載せてギリシャへ向けて出港したんだが、鉄血の攻撃で撃沈されたからね。護衛のフリゲート共々。航空部隊ならば、すでにギリシャ空軍やイタリア空軍がやってきているからな」
2055年 12月11日 0945時 ルーマニア上空
イタリア空軍のユーロファイターが4機、飛来した。更に、ギリシャ空軍のF-16Cとブルガリア空軍のMiG-29Sも続く。ルーマニア空軍の戦闘機部隊は既に壊滅し、戦力にならなくなっていた。ルーマニアが陥落したら、次に狙われるのは自分たちになるのは必至のため、ギリシャとブルガリアは特に積極的に介入しようと考えていた。
「こいつは酷い。予想以上だな」
ユーロファイターのパイロットが、地上を見下ろして言った。至る所から火の手が上がり、建物が崩れている。
『あれは鉄血と言ったか。奴ら、ただのテロリストとは思えん。正規軍を撃滅しながら、本格的な侵略をするテロリストなんて聞いたことが無いぞ』
『ああ、俺も・・・・・・うわっ!』
MiG-29が突如として火を吹き、落ちていった。パイロットは何事かと後ろを振り返ると、見たことも無い形をした飛行機が迫ってきていた。
「敵機、6時方向!」
戦闘機が旋回し、敵機の方向へ機首を向けた。パイロットはレーダーでロックしようとしたが、敵機のレーダー断面積が小さく、なかなかうまくいかない。
「くそっ!ステルスか!」
『もっと近づいて、IRIS-TとR-73を試そう』
だが、NATOの戦闘機は、短射的空対空ミサイルの射程圏に入る前に、敵のUAVの武器の射程圏に入り込んでしまっていた。
鉄血のUAVは、奇妙な形をした砲をNATO軍機に向け、弾丸を発射した。しかし、砲口からは、煙も、発砲炎も上がらず、薬莢が落ちていくことも無い。その代わり、砲口が微かに青白く、瞬間的に光るだけだった。
F-16Cは一瞬で切り裂かれた。パイロットが脱出する間も無く、爆発する。
「今のは何だ!?」
続いてMiG-29も爆発する。戦闘機部隊は次々と鉄血の武器に切り裂かれ、全滅した。
2055年 12月11日 0948時 ルーマニア ブカレスト
五十嵐は飛んできた戦闘機が爆発するのを見た。その直後、鉄血のドローンが飛んでいく。
「やられたか。戦闘機を飛ばすことすらまずい状況とは」
「ちょっと!T中隊!聞こえるの!?」416が無線機に向かって言う。
『・・・・・ち・・ひょ・・・・・・』
「聞こえない!もう一度!」
『い・・・・うを・・・・った。か・・・・・・て』
「これこれ。見て」AM-RFBがタブレット端末を差し出した。マップ情報に"Squadron-T"という文字と赤い点が点滅しているのが表示されている。
「B中隊よりT中隊へ。位置情報を確認した。迎えに行く。そこで待っていろ」
五十嵐は銃のボルトを半分引いて、薬室に5.56mmAPM弾が装填されているのを確認した。
『え・・・・・に来る・・・・。き・・・・・・だな』
無線の電波が悪く、上手く通信ができないようだ。
「ビーコンの情報を送信してくれ。位置情報を正確にしたい」
『・・・・い。そうし・・・・』
「これでいいよ。さあ、迎えに行こう」AM-RFBが手に持った銃のボルトを引き、薬室に5.56mmAPM弾を装填した。さて、問題はここからだ。