2056年 3月13日 0831時 ギリシャ グリフィンアテネ支部
RO635は目を覚まし、ベッドから上半身を起こした。カーテンの隙間から、日差しが微かに差し込んでいる。本来は朝が早いたちとは言え、昨日までの疲れはかなり体に堪え、普段よりも2時間近く遅い起床となった。部屋には酒の瓶や缶が転がっている。全てM16が持ってきたものだ。
今日から数日間、この部隊は休暇となる。それにしても、M16の蟒蛇っぷりは変わっていない。付き合わされたM4はあっという間に酔い潰れて眠ってしまっていた。
ROは折角だからと一杯だけ付き合った。ここにある酒の殆どは、M16が一人で飲んでしまったのだ。当のM16は、この部屋の床に転がった状態で、鼾をかきながら眠っている。M4は普通にベッドの上で布団にくるまり、寝息をたてていた。
ROは普段着に着替え、廊下に出た。わかってはいたことだが、かなり静かだ。M16の話によれば、自分は今後はこの部隊に所属することになるようだ。かつての自分たちの指揮官であったジェラルド・グリッドレイは、再会の挨拶もそこそこに、別の場所へと向かっていった。グリッドレイはどうやらアジア方面に向かったらしい。
一方で、五十嵐とかいう自分の新しい指揮官は、休暇はギリシャで過ごすと決めた。世界遺産を見学するため、とか言っていたはずだ。暫く歩いていると、食堂の方から物音が聞こえてきた。何事かと様子を見に行ってみる。
「あら。もう体は大丈夫なのですか?」
RO635に話しかけてきたのは、確か、スプリングフィールドとかいう名前の戦術人形だ。指揮官が帰りの飛行機の中で部隊のメンバーを軽く紹介してくれたのだ。
「おはようございます。手伝いますよ」
スプリングフィールドはG36という人形と共に朝食の用意をしていたらしい。調理に関してはある程度自動化されているとは言え、22人分の食事を用意するのは生半可な事では無い。
「ありがとうございます。それでは、そこの卵を全部割って、ボウルに入れてもらえますか?」
ROは手を洗い、卵を割り始めた。B中隊はとりわけ部隊に所属している人形の数が多いので、用意しなければならない料理の量は多くなる。まあ、それもそのはずだ。自分たちAR小隊は、そもそもはこの部隊の所属ではなかったのだから。
かつて自分たちを指揮していたジェラルド・グリッドレイは、何か問題を起こしても無いのに、どういう訳か他の中隊を指揮することになった。その理由は、グリッドレイ自身が説明してくれた。どうやら、グリッドレイは元合衆国海兵隊武装偵察隊員だったという経験を買われ、グリフィンが表沙汰にできない作戦に従事しているとのことだった。そのため、メンタルモデルのバックアップが存在しないAR小隊のメンバーを"死亡"するリスクが極めて高く、かつ、グリフィンの関与を否定しなければならないような作戦には投入できない、と上層部は判断したのだ。よって、クルーガーはAR小隊の配置替えをしたという。
卵を割った後、G36は菜箸をROに手渡した。オムレツを作ると言うのだ。ROは鮮やかな黄色い液体になるまで卵をかき混ぜた。しかし、だ。未だに他の人形たちが起きてくる気配がしない。指揮官もだ。
やがて、M14という名の人形がやってきた。彼女はROたちと挨拶を交わし、食器を並べ始める。それを皮切りに、M60やM9、スオミといった部隊の面々が次々と食堂にやって来る。彼女たちは、冷蔵庫からジュースのパックやヨーグルト、チーズなどを取り出して食卓に並べていく。
しかしながら、指揮官がまだやって来ない。G36曰く、指揮官は朝寝を好むため、起こすのに少々苦労するという。
そろそろ朝食の準備が整う。指揮官を起こしに行った方が良さそうだ。ROはそう考え、G36に指揮官を呼びに行くと言って、一旦、食堂から出ていった。その時、他の人形たちがきまり悪そうな顔をしたことにROは気づかなかった。
2056年 3月13日 0902時 ギリシャ グリフィンアテネ支部
RO635は先程、自分がいた宿舎へと向かっていった。万が一、何かあった場合はすぐに駆けつけられるよう、指揮官の部屋番号はしっかりと把握している。暫く歩くと、416とUMP9がG11を無理矢理立たせて、洗面所へと連行しているのが見えた。416の右手には包帯が巻かれている。
廊下の角を曲がり、真っ直ぐ歩いて、非常口の真向かいの部屋にむかう。ここが指揮官に割り当てられた部屋だ。敵襲などがあった場合は、指揮官を最優先で脱出させられるように、人形たちは入念な警備計画を立てている。ROは五十嵐がいる部屋のドアをノックした。反応は無い。
「指揮官、ROです。朝食ができましたよ」
再びノックしたが、無反応。G36の言う通り、指揮官は朝寝坊をする人間のようだ。今度は強めに叩く。それでも反応は返って来ない。
一瞬、ROの頭に、もしかしたら、指揮官は体調を崩して、起き上がれないのかもしれない、という考えがよぎった。
「指揮官、あの、大丈夫ですか?」反応は無い。
ROはこれはまずい、と、考えた。指揮官は昨日、負傷していただろうか。わからない。もしかしたら、指揮官は昨日、怪我をしていて、それが悪化した可能性があるのでは。そうでなければ、風邪でも引いて起き上がれない状態とROは思った。
彼女は突入することにした。ポケットからピッキング道具を取り出し、鍵穴に差し込む。ガチャガチャと鍵を回し、15秒程で鍵を開けた。ROは部屋に入ると、ベッドへと向かった。
「指揮官、起きて下さい。朝食の・・・・・・」
ROは毛布を剥ぎ取ると絶句した。紺色のスウェット姿でぐうぐう眠る五十嵐に、黄色いバスローブ姿のUMP45が静かに寝息を立てながらしがみついていたからだ。
「指揮官!!!あなたって人はー!!!」
ROの怒声が部屋に響き渡った。
2056年 3月13日 0931時 ギリシャ グリフィンアテネ支部
「悪ぃ、悪ぃ。言ってなかったな。404の隊長とうちの指揮官がデキてるって」
M16はベーコンを咀嚼しながらROに言った。当のROは顔を真っ赤にしてトーストを齧っている。M16は休暇なのをいいことに、ジャックダニエルの瓶を持ち込んでいたが、ROが怒りに任せて没収してしまっていた。
「416、腕はどうだ?」五十嵐はココアを一口啜って416に話しかけた。
「暫くはダメみたいね。全治まで最低でも2週間だって」
「それじゃ、暫くは作戦や訓練から外さないとな」
「その必要は無いわ。昨日、ペルシカと電話したわ。私の怪我が完治するまで、部隊は休暇と、それが終わったら訓練だけをさせるって」
「そうか。じゃあ、今日は天気も良いし、観光でもするか」
「あら。どこ行くの?」UMP45が言う。
「ギリシャだし、まずはパルテノン神殿だな。あれは、第三次大戦で半分くらい吹き飛んだけど、当時の手法で修復しているって話だからな。あとは、博物館やら他の世界遺産をいくつか」
「じゃあ、護衛も付けないとね。ま、私が行くわ。他に行きたい子は?」
「それでは、私が行きましょう」そう言ったのはG36だ。
「ついて行ってもいいですか?」9A-91が手を上げる。
「よし、じゃあ4人でアテネ市内を散歩だな。銃はケースに入れておけよ」
五十嵐はそう言ってサラミとピーマンが乗ったピザトーストを一口齧り、胃の中に送り込んだ。
「それじゃ、他はここで留守番だな」M16がソーセージにフォークを突き立てて言った。
「お土産忘れたら後でヘッドロックとくすぐりの刑だからねー」UMP9がにこにこしながら続ける。
「私は大人しくしてるわ。まあ、指揮官なら連れていくつもりは無かったでしょうけど」と416。
「よーし、一日中ゲームしてやろう!」RFBが大声で言ってフォークをソーセージに突き刺した。