2056年 3月13日 1743時 台湾 台北
「ジェリー、あなたは確かに普段からよく食べる人だけど、お昼ご飯をあんなに食べるだなんてびっくりしたわ」
Five-Sevenは歩きながらジェラルド・グリッドレイを横目で見た。台北の街並みは、第三次世界大戦の爪痕が多く残っており、市街地の区画の所々は更地になってしまっている。
通りには屋台が建ち並び、鍋や蒸籠からは湯気が立ち上っている。通りでは人々が行き交い、威勢の良い中国語が飛び交っている。しかし、グリッドレイには何を言っているのかはわからない。
台湾に来るのは初めてだった。来る前に、呉明に色々と聞いておけば良かったとグリッドレイは後悔したが、タブレット端末で地図や翻訳アプリを使うことができるので、言葉には苦労はせずに済みそうだ。
グリッドレイたちが歩いているのは南機場夜市とかいう場所だ。夕飯時には少々早く思われるが、多くの人々が椅子に座り、麺類やチャーハンを胃袋へと掻き込んでいる。
「後で脂肪を落とすための筋トレが地獄になりそうだな。まあ、仕方がない」
「みっちりしごくから覚悟しておきなさい」
グリッドレイはFive-Sevenだけを連れて歩いていた。と、言うのも、ぞろぞろ大勢連れて歩いたら目立つし、他の人形たちはあまり出歩きたがらなかったのもある。
それに何より、見た目が10代後半の少女に見えるサイボーグを連れた筋骨隆々の大男というのは、嫌でも目立ってしまう。
台湾も第三次世界大戦後に大幅に人口が減った国の一つであり、人間に交じってサイボーグやロボットが大勢歩いている。昼間見た総督府の衛兵までは流石に自律人形に置き換わったりはしていなかったが。
「さて、あいつらに飯を買って帰ってやらないとな。ええっと、リクエストは・・・・・・」
グリッドレイはスマホを取り出し、メールを確認した。何々?餃子に小籠包、麻婆豆腐、炒飯、エビチリに青椒肉絲、カニ玉、北京ダック、杏仁豆腐、etc・・・・。
「こいつは大変だな。仕方ない。出前を頼もう」
グリッドレイは台湾でもかなり有名なレストランのサイトを開き、リクエストされた料理をグリフィンが手配した宿泊先のウィークリーマンションに届くように注文した。
第三次世界大戦では、台湾は中国と日米連合部隊との戦いの主戦場になった国だ。核で国土の大部分が破壊されたが、ここまで復興させたのは正直、驚いた。
「ところでジェリー、あなたまさか・・・・・」
Five-Sevenがグリッドレイを見上げた直後、彼女の指揮官の腹が盛大な音を鳴らした。
「まあ、わかっていたわ」
「もう5時間以上も歩き回ったんだぜ、相棒。胃袋だって空になるさ」
元海兵隊員の胃は、昼飯の蒸し餃子や春巻、チャーハンなどをすっかり消化してしまっていたようだ。
「それで、明日はどうするのかしら?」
「出かけたい子を連れていって、その辺を観光だな」
日が暮れた途端、外気がひんやりとしてきた。沖縄よりも南にあるから、夜でもかなり暖かいとグリッドレイは考えていたが、甘かったようだ。
「ちょっと寒いわね」
Five-Sevenはグリッドレイの太い腕を両手で掴み、体を寄せた。
「ほら。これを着とけ」
グリッドレイは相棒の肩に、自分が着ていたフライトジャケットをかけた。ノーメックス生地なのでそれほど暖かくは無いが、幾分かはマシだろう。ただ、1つだけ問題があるとすれば、この戦術人形にとってはサイズが大きすぎるという点だ。
「うふふ、ありがとう。あなたって、やっぱり最高よ」
Five-Sevenはグリッドレイの頬に軽く唇を当て、一層強く指揮官の腕を掴む。当のグリッドレイは周囲をざっと見回した。台湾は第三次大戦前の情勢を取り戻しつつあり、比較的安定している国の1つだ。さて、今のうちに、休暇をしっかり楽しまなければ。どうせ、すぐにライフルを担いで戦場にとんぼ返りすることになるのだから。
2056年 3月13日 1855時 日本 岩国基地
夜間飛行訓練に向かう海兵隊のF-35B戦闘機が、アフターバーナーの炎をエンジンの排気ノズルから吐き出しながら続々と離陸していった。誘導路では、海上自衛隊の大型航空機が待機している。この航空機には、駱駝のコブのような奇妙なアンテナが付いていた。
やがて、広島湾の南の向こうから小さな赤と緑の明かりが見えた。それは、どんどん接近し、やがて甲高いターボファンエンジンの音を響かせ、滑走路にタッチダウンする。アメリカ海軍のC-40Aだ。
C-40Aは普段駐機するはずの旅客ターミナルではなく、貨物ターミナルの方に向かっていった。人員輸送機は静かに、ひっそりとエプロンの隅っこで停止する。
輸送機にタラップが設置され、ドアが開く。機内から出てきたのは、重装備の海兵隊員と、武装した二足歩行戦闘ロボット、サイクロプスだ。
隊列の先頭を歩くエゴール大尉は周囲をざっと見回した。日本に来るのはもう何回目だろうか。沖縄や富士山麓には、駆け出しの二等兵だった頃から度々赴任したことがあった。
エゴールがこの年齢で未だに大尉なのは、彼が叩き上げの将校だからだ。二等軍曹になった時に、当時、所属していた武装偵察隊の大隊を取り仕切っていた大佐が『将校としての適正があり、士官学校への入校を強く推薦する』と評価したため、半ば強制的にアナポリスの海軍兵学校に送り込まれたのだ。
当時は10歳以上も年下の連中に混ざって、新たに将校になるための教育を受けることには抵抗を感じていた。だが、エゴールは淡々と訓練や授業を受け、指揮官に必要な技能を着々と身につけた。エゴールの教育を担当していた兵学校の教官は、何でこいつが今まで兵学校に無理矢理にでも入学させられなかったのか、と不思議に思ったのだった。
やがてエゴールは、極めて優秀な成績でアナポリスを卒業した。その直後に武装偵察隊に復帰し、少尉としてある小隊を預かることになった。その時の小隊付き軍曹が、ハワード・レックス二等軍曹だった。
エゴールはレックス軍曹に隊で一番優秀な者は誰かと訊いた。レックスはジェラルド・グリッドレイ伍長であります、と即座に回答した。グリッドレイは狙撃手であるため、作戦中は隊から離れた場所から観測手と二人で行動することが多かった。グリッドレイ伍長のスナイパーとしての腕前は確かで、レックスの評価通り、何度も部隊を窮地から救ってきた。
しかし、ある仲間の死をきっかけに、グリッドレイは三等軍曹になりたての頃、ひっそりと海兵隊から去った。エゴールは、グリッドレイの相棒であった観測手が自ら命を絶ったという事実しか知らず、その背景については詳しく聞かなかった。
風の噂では、強いストレス障害を発症し、軍医から退役を勧められたとも聞いた。だが、それは珍しい事では無い。戦闘作戦後に精神を病んで、軍隊生活を続けられなくなる連中は大勢いる。
そして、つい先月、エゴールは思わぬ形でグリッドレイと再会した。なんと、グリッドレイはPMCで民生用のラブドールをあてがわれ、鉄血の掃討作戦をやっているのだそうだ。全く、お笑い草だ。
グリッドレイと次に会うことがあれば、自分は、奴とは敵対することになるだろう。それは、自分の部下たちに多大なる犠牲を強いることになるはずだ。奴の兵士、そして狙撃手としての戦闘技能の高さは折り紙付きだ。一対一で戦った場合、間違い無く奴は、遥か2000m以上先から自分の額の中心を正確に撃ち抜くだろう。エゴール自身が、その事を一番良くわかっていた。