2056年 4月2日 1353時 ドバイ
RO635とM16は通り先頭を進み、交差点に差し掛かったところで後続の仲間に一時停止するよう合図を送った。他の戦術人形たちが一斉にビルの陰に隠れる。416とUMP45は五十嵐を半ば引っ張るようにしてビルの中に入った。
『指揮官、向こうのビルに狙撃手がいる可能性があります。ここは避けた方が良さそうです』
「わかった。回り道を探さないとな」
その会話を聞いていた416がタブレットを持って無人機にアクセスした。丁度、すぐ近くを飛んでいた偵察用UAVがあったのでそれを拝借することにした。
「ダメね。上からも確認できそうにないわ」
「赤外線でも?」
「見えないわ。いるとしたら、相当巧妙に隠れているわね」
「厄介だな」
「この通りを右に曲がって、真っすぐ進んで、突き当たったところを左に曲がってみたらどう?」UMP9が言う。
「それだとダメね。物凄く遠回りになるから、のろのろ進んでいる間に救助待ちの部隊が全滅するわ」とUMP45。
「そこをショートカットするのは?」と五十嵐。
「もっとダメですね。ほら、他にも高い建物があるから狙撃手にあっという間に狙い撃ちされます」横からタブレットの画面をのぞき込んでいたSV98が指摘する。
「それじゃ、これを使うか」
五十嵐が取り出したのは、手のひらサイズのクワッドコプター式のUAVだ。
「何よ、それを持っているなら早く言いなさいよ。さっさとそれの無線ネットワークのスイッチを入れて」
416がタブレット端末を操作し、無人機管制アプリを開く。
「今になって思い出したんだよ」
「自分が持っている装備くらい、ちゃんと把握しときなさい」
416がタブレット端末を操作すると、小さなUAVは微かなモーター音を鳴らしながら飛び上がった。これは使い捨て式で、内臓されたモーターとリチウムイオンバッテリーによって駆動する。これだけ小さいにも関わらず、滞空時間は6時間にもなる。搭載されているのは、非常に小さな高解像度CCDカメラと画像の送信モジュールだけだ。
416は画面でUAVから送られてくる画像を確認した。建物の屋上にイェーガーはいない。続いて窓をしらみ潰しにしていく。
「いいわ。先導するからついてきて。G11、TMP、援護を」
416はタブレット端末で無人機を操作しながら歩いた。その間、銃を使うことはできないため、TMPとG11が援護する。
そのすぐ後ろから仲間たちがついていく。ROとM16は416の指示に従って部隊を先導した。
2056年 4月2日 1403時 ドバイ
灼熱の太陽が容赦なく照りつけ、気温がどんどん上昇する。自律人形は、厳密に言えば人間のような熱中症にはならないが、長時間高温に晒されるとCPUがオーバーヒートを起こし、機能に様々な支障をきたすことがある。
そのため、QBU-88とR93は交代で冷房の効いた屋内に待避し、電解質をたっぷり含んだスポーツ飲料を飲んだり保冷剤を身体に当てたりした。極端な高温は、生体パーツにも悪影響を与える。
ニーナ・クリモヴァは冷房の温度を確認した。故郷のウクライナは涼しく、こんな灼熱とは無縁な環境だった。
外では、相変わらず鉄血のロボットや自律人形がうろうろしている。まだ本格的な攻勢に移っていないようだ。しかし、自分たちがここに立てこもっていることに敵が気づくのも時間の問題になってきているはずだ。
ヘリアンは救助部隊を送ると言っていたが、どこまでアテにしていいのか怪しいものだ。それに、さっきまで近くで軍と警察が鉄血相手に交戦していたらしく、銃声が断続的に聞こえていたが、それはもう聞こえなくなっている。どういう結果になったのかは考えたくも無かった。
2056年 4月2日 1405時 ドバイ
416は広い通りに放置された巨大なトレーラーの陰から前方の様子を窺った。時折、爆発音や銃声が聞こえてくる。通りの向こうへとダイナゲートが数体、駆けながら姿を消した。その直後、プラウラーが4機、通りを横切って行く。街中には、銃や死体が転がっている。交戦中に鉄血に殺された兵士や警察官、そして逃げ遅れた一般市民だ。
いつからこういう光景に慣れてしまったのか。初めてこのように死体が転がっているのを現実で見たときは動揺したのだが、今ではそれがまるで石ころや雑草のように、五十嵐には普通にありふれたもののように感じる。
五十嵐は自動小銃に取り付けた光学照準器越しに通りを見た。ひび割れた道路に窓ガラスが割れた建物。そして、体に銃創が空いた死体。
「ここから真っすぐ歩いていいよ。建物の屋上や窓の辺りに敵はいないみたいだから」
RFBはタブレットを使い、五十嵐たちの頭上を飛んでいるUAVを操作しながら歩いている。
「わかった。先導恃むぞ」
ふと、五十嵐は違和感を感じた。暫くその正体に気づかなかったが、空をちらっと見上げた時にわかった。軍のヘリや戦闘機などが飛んでいない。
「416、さっき、軍のヘリか飛行機を見たか?」五十嵐が訊く。
「見てないわ。どうして?」
「ほんの30分前まで戦闘機が飛んでいたはずなのに、音も聞こえない」
「制空権を取れ・・・・・・」
そこで416は口をつぐんだ。そもそも、鉄血は人類側が戦闘機を用意しなければならなくなるような航空兵器を持っていない。地対空兵器は持っているが、ジュピター砲を除けば、人間が持つ対空ミサイルや高射砲と何一つ変わらない。
「軍が飛行機を飛ばすのは危険だと考えて、戦闘機を下げたんだわ。だとしたら、かなりの対空兵器が配備されたことになるわね。帰りにヘリを呼ぶのは危険ね」
「だとしたら、帰りは陸路かな。結構きついね」とUMP9。
「なら、車泥棒でもやるか。TMPに頼めば、鍵の無い車のエンジンをスタートさせてもらえるんじゃないか?」
「できますけど、そう簡単に20人近くも載せられるようなバスやトラックなんて、そう都合よく見つかるものじゃないと思いますよ」当のTMPが答える。
「うーむ」
「帰りの事は後で考えましょう。まずは、ターゲットに辿り着かないとどうにもなりません」
「こっから真っすぐ進んでもいいよ」
「わかった。じゃあ、どこまでなら進んでいいか言ってくれ。全員、ゆっくり前進。狙撃手に注意しろ」
五十嵐の命令で、戦術人形たちが動き出す。銃声と爆発音が断続的に聞こえてくるので、五十嵐は、まだ軍は敵と交戦中で、すぐに一斉に鉄血の連中が自分たちや救出を待つ味方に向かってくることは、現実的に考えて無いだろう、と判断した。