2056年 4月2日 1446時 ドバイ
昼下がりの太陽が、まるで熱線のように皮膚を焼き続ける。先ほど塗り直した日焼け止めは汗で流れていき、焼け石に水だ。
「もうすぐよ。そこを真っ直ぐ・・・・・待って!」
416は五十嵐の右腕を掴み、自分の近くへ引き寄せた。先頭を歩くM16とROが歩みを止め、後ろに下がって建物に隠れた直後、目の前の通りを敵の集団が走り抜けて行った。ターゲットとは別方向に向かっている。
「いいわ、進んで」
「ところで416、脱出手段はあるのか?制空権は敵に持っていかれたから、ヘリは呼べないんじゃないか?」
「それは味方と合流してから考えましょ」
「ところで、ちゃんと水は飲んでるの?ほら」
UMP45が五十嵐に電解質がたっぷり入った水のボトルを差し出した。
「そうだな。飲んでおこう」
五十嵐は水を四分の一ほど飲んで、UMP45にボトルを返す。彼女はそのボトルから少し水を飲んだ。
「あっ・・・・」
その様子を見ていたRO635の顔が、僅かに赤くなる。
「無線で連絡できるかな?そろそろ目標に近づくわよ」FALが無線機を五十嵐に差し出す。
「そうだな。敵と間違われて撃たれたくないからな」
2056年 4月2日 1451時 グリフィン ドバイ支部
沈黙していた無線機から突如として雑音が鳴り、続いてやや滑らかな英語が聞こえてきた。
『・・・・・・おーい、聞こえますか?』
「指揮官!」
PA15がニーナ・クリモヴァに無線機を差し出した。クリモヴァはすぐにそれを受け取り、声に耳をすます。
『グリフィンのB中隊です。N小隊、聞こえますか?』
声色からして男性の声のようだ。だが、それには妙に子供っぽさが残っていた。
「N小隊よ。あなたは?」
『B中隊の指揮官です。今から、そちらの南東の通りから近づきます!いいですか、今から南東の通りから近づきます!』
「南東の通りね。わかったわ!」
クリモヴァは仲間たちの方を見た。
「みんな!助けが来たわ!南東の通りから近づくって!いい、南東の通りよ!南東の通りから来るから、間違っても撃っちゃダメよ!」
2056年 4月2日 1454時 ドバイ
北西の方向にターゲットの建物が見える。あそこに素早く近づきながら周囲の敵を排除。そして、脱出するためにヘリを呼びだして、迎えがくるのを待つだけだ。とはいえ、ある程度対空兵器を排除しなければならないが、それはグリフィンのMQ-9リーパーやMQ-1Cグレイイーグルがやってくれるとカリーナが請け合ってくれた。
RO635とM16が先頭を行き、通りの状況を確認した。敵はいないが、遠くから銃声や爆発音が聞こえてくる。
「あっちか?」
「これから真っすぐ歩いて右方向に行った先ですね。問題は、その周囲に敵がいるかどうかです。もし、奴らが孤立している小隊に気づいていた場合は、先に排除しないといけないですね」
「わかってる。さて、そろそろ進もうか」
「はい。指揮官、先導します。ついてきてください」
2056年 4月2日 1457時 ドバイ
建物の屋上で見張っていたQBU-88が、南東の通りの向こうで動いている集団を見つけた。どうやら、全員、銃を持っているようで、ざっと数えただけで20人近くはいるようだ。
「R93、南東から誰か来るよ!多分、さっき指揮官が言っていた味方だと思う!」
R93が銃を持ってQBUの隣に向かった。そして、スコープ越しに通りを確認した。武器を持った少女たちが20人ほど、そして、その集団の中に自動小銃を持つ若い男の姿が見える。
「指揮官、味方が来ました。もうすぐこっちに辿り着きます!」
『わかった!間違っても撃たないように気を付けて!いい、敵なのか味方なのか、ちゃんと確認してから撃つのよ!』
2056年 4月2日 1458時 ドバイ
五十嵐たちは、やっとターゲットの近くまでたどり着いた。途中、リッパーやダイナゲートを排除し、待ち伏せしていたイェーガーを返り討ちにしながら進んだ。時折、銃声や爆発音が聞こえてくることを考えると、まだ軍は交戦中のようだ。
M16とRO635が先導し、銃を構える。やがて、十字路の右側からリッパーの分隊が現れたため、M16が閃光手榴弾を投げた。
凄まじい爆発音と強烈な閃光で、敵の動きがほんの僅かな瞬間、止まる。そして、鉄血のサイボーグにとってそれが命とりとなった。鉄血のサイボーグは9A-91やG36が放つ弾丸を食らい、人工血液や生体組織を道端に撒き散らして倒れ、そのまま動かなくなる。
敵の排除が完了し、ROの合図で部隊は前進した。もうすぐグリフィンの支部の前に辿り着くだろう。目の前に敵はいない。
「そろそろ一気に突っ込んで、救出してヘリを呼んでもいいんじゃないのか?」五十嵐は周囲を見回して隣にいる416に言った。
「そうね。でも、あっちは身動きが取れない状態なのよ。つまり、そこら中に敵がいるってことよ。下手に突っ込んだら危険だわ。ヘリを呼ぶ前に、着陸地点の安全を確保しないと。乗って帰るのはいいけど、その時に撃ち落とされたら助けに行った意味が無くなるわ」
「だとしたら、そうだな。じゃあ、敵をある程度掃討しておくか?」
「そうね。周りの敵を排除して、支部の建物を確保したら、まずはコンピューターのデータを破棄しましょう。奴らに取られたらまずい情報が残っているかもしれない」
「わかった」
「そういうこと。それと、厄介ごとを呼びそうな目標を見つけたら、レーザーでマークしましょ。そうすれば、無人機がヘルファイアなりペイブウェイなりで屑鉄にしてくれるわ」
「その前に無人機が撃ち落とされなきゃいいけどな」
「そう言われたら、ぐうの音も出ないわね出ないわね。まあ、迎えに来るヘリには、攻撃ヘリの護衛も付くみたいだし、多少はマシな状況にはなりそうね」
「なあに、上手くやれば晩飯までには基地に帰れるだろ」
「指揮官、それってフラグってやつじゃないの・・・・」M14が目をやや細める。
「そうならないように気を付けないとな。RFB、無人機の映像はどうなってる?」
「今のところ、支部の周りにいる敵は少ないみたい。建物を確保したら周りの敵をやっつけて、基地と連絡を取って早くヘリを呼ぼう」
「無人機の武装は?」
「ヘルファイアが4発とペイヴウェイが2発だよ」
「まあ、そんなもんか。確か、拾いに来るのはブラックホークだったな」
「そうよ」
「なあ、ヘリを呼ぶのは、少し暗くなってからの方が良いと思うんだが・・・・・」
「あら。そんな余裕があるとでも思っているの?あっちは一昨日の夜から救助を待っているのよ」
「ううむ」
「それに、武装したAH-6Jとガゼルの護衛が付いているのよ。あまり心配することは無いと思うんだけど」
確かに、救助を待っている部隊がどれだけ消耗しているかわからないが、あまり余裕があると言える状況では無いことは確かだ。
仕方が無い。早いところ敵を排除しながら建物を確保し、救助ヘリを呼ぶしかない。もし対空兵器のようなものがあれば、護衛の攻撃ヘリのパイロットが上手く排除してくれることを祈るしか無さそうだ。
ところが、五十嵐は、この状況を、とある自分のお気に入りの映画の場面と重ねていた。その映画では、2機のヘリを撃墜されたことにより、作戦のほぼ全てが破綻して米軍のエリート部隊の兵士たちが地獄のような戦場に取り残されるという状況が描かれていた。
2056年 4月2日 1513時 ドバイ
MQ-9リーパーがGBU-12ペイヴウェイ誘導爆弾を投下し、鉄血の対空兵器を片付けた。別の無人機がミサイルを放ち、敵を処理した。無人機はゆっくりと市街地の上を飛び、戦場となった都市を見下ろす。
リーパーのカメラが発煙筒から立ち上る煙を見つけた。部隊がヘリを呼んでいる。無人機のオペレーターは、前方展開基地の担当者を呼び出し、部隊を回収するためのヘリを派遣するよう要請した。
2056年 4月2日 1514時 ドバイ グリフィン支部
五十嵐たちは素早く建物を確保した。後はヘリを呼ぶだけだ。建物の屋根にM14とSV98が陣取り、敵を警戒している。
赤い煙を吐き出す発煙筒を持つ五十嵐の隣には、やや背の高い、スラブ系の若い女性が立っている。N小隊の指揮官、ニーナ・クリモヴァだ。
五十嵐はクリモヴァに話しかけたとき、日本語で返されたのは面食らった。クリモヴァは日本文化に興味があり、独学で日本語を学んだと五十嵐に返した。
「それで、対空兵器は掃除したのかしら?」クリモヴァが五十嵐に訊く。
「それは無人機がやってくれていますよ。それと、別動隊がいて、鉄血の地上部隊の気を反らしているらしいですね」
「そう。こっちに来るとき、警察官か軍の兵士とかは見なかったの?」
「それが全然ですね。多分、撤退したと思いますよ」
それを聞いたクリモヴァはため息をついた。
「米軍やロシア軍が本気になれば、あんな奴ら半年もあれば掃討できるとか言っていたけど、みんな何をダラダラしてるのかしら」
「軍には、鉄血以外にも対処しなきゃならないことがあったりしますからね。例えば、テロリスト集団、ならず者国家・・・・・・。おまけに、アメリカはロシアや中国とは険悪ですし」
「はぁ、何よそれ。おかけで、私たちに全部しわ寄せが来てるじゃないの」
『指揮官、ヘリが来ました!』SV98の声が無線機から聞こえてきた。
2056年 4月2日 1516時 ドバイ
6機のUH-60Lブラックホークと4機のAH-6Jが編隊を組んでドバイ上空を飛んでいた。危険極まりない任務だが、今日は割と楽な方だ、とパイロットは考えていた。部隊を回収して、基地に帰ったら冷えたビールが待っている。
多分、人形を引き連れた奴らは、帰ったら美少女サイボーグとよろしくやるんだろう。全く、どんな趣味をしているんだ?人形部隊の指揮官どもは。
さてターゲットまであと少し。着陸体制に入ろうかという時、機体の後部に強い衝撃が走り、ヘリはきりもみ運動を開始した。
そして、テールローターを破壊された編隊の2番機は3番機に衝突し、2機はバラバラの破片となって市街地に降り注いだ。