蜜柑の葉は今日も元気……って、あら?
やだ、揚羽の幼虫だわ!
発見と同時に、私は慌ててそれ用の軍手やら道具を手に幼虫と戦う。だって、虫ダメなんだもん。
毎回命懸けよ。怯えてる私を見てノジコとベルメールさんがそこは成長しないわねって、よく笑ってたっけ。
そんな時にふと、まだ緑色の蜜柑がいくつか見えて、少し嬉しくなる。順調に育ってくれてる事が、何だか故郷と私を繋いでくれてるような、そんな気がするから。
風香る瞬間に、ふと思い出した。ナミちゃんの歌で蜜柑のがあったわよねと。
題名何だっけ?
蜜柑蜜柑って笑ってる所から始まったのは覚えてるんだけど……。ああ、思い出した。
「蜜柑と風車」
思わず言葉を音にして、私はそれを口遊んでいた。1度思い出せば自然と脳内に曲が流れ始める。
ナミちゃんらしい歌。肩に刻んだ家族の歌。
本来これを歌う権利なんて、私には無いのだと分かっているけど。それでも、自然と歌いたくなってしまうの。
「ーーー」
ナミちゃんの台詞だと分かっていても、何だか私が言っても違和感が無い気がするわ。本物より、中身は随分残念だけどね。
「ーーー」
蜜柑の香りと、潮の含まれた風が故郷を思い出させる。だからかな、蜜柑の傍に来る度に、ただいまって呟きたくなるのは。
「ーーー」
遠くて、懐かしくて……でももう、きっと帰る事なんてできない。そんな離れ過ぎたそれを思い出しているの。
「ーーー」
どんな時でも、ベルメールさんとノジコが私の心を支えてくれてた。例え頼ったり甘えたりするのが難しくても、2人は私の大切な人。
いつの間にか、守る対象だと思っていて、甘えられなくなっていた。それでも、愛しい人達である事に何ら変わりはないのよ。
「ーーー」
私が自分で決めたの。守るって事を。
誰かに強要されたんじゃない。私が自分の意思で決めた、数少ない事なのよ。
「ーーー」
私が笑ってる事、大切な人と共に夢を追いかけている事、伝わるといいな。私は犠牲になんてなってないよ。
「ーーー」
もし何かのタイミングでまた会えたら、伝えたい事があるの。ただ1言だけ、ありがとうって。
「ーーー」
今が幸せで、だからって訳じゃないけど、帰りたいとは思わないの。でもね、多くの事を知って行くうちに、余計に故郷が大切になるのよ。
「ーーー」
時に泣きたくなる時もある。2人は、皆はどうしてるかなって思って。
弱気になって、全てから逃げ出したくなる時もある。存在する事が許されない気がする時もあるわ。
「ーーー」
それでもね、そんな時は思い出の中に居る皆の声が、背中を押してくれるの。私は、愛されてるって事をもう知ってるからかな。
「ーーー」
大丈夫だよ。私は今も歌ってる。
噴水の前でノジコと歌ってたみたいに、今も大切な人の傍で歌ってる。村の皆に歌っていたのが、愛しい人へのそれへと変わっただけ。
「ーーー」
他の誰にも見えない、夢の地図を広げて、先へと進んでるよ。それを支えてくれる人が居るから。
「ーーー」
悔しいけど、私の口癖がね、なんか2人に似てきた気がするのよ。そんな些細な事も、虹の向こうにいる皆に届けばいいな。
「ーーー」
私は今、笑ってるよ。私は今、幸せだよ。
明日もきっと笑ってる。そう、当たり前の事として信じられるようになったの。
「ーーー」
だからこそただ1言だけ伝えたい。大切な言葉を。
「ーーー」
空の彼方に居る皆へ、届け。祈るように、願い、歌う。
歌い終えて蜜柑に水もあげ終えた所で、いつの間にか近くに居た愛しい人に背後から抱き締められていた。その腕が暖かくて優しいから、それに無意識で擦り寄ってしまう。
「帰りたくなったか?」
「何処に?」
何を言われているのか分からなくて、思わず振り向いてその顔を見詰めると、何故か唇が降ってきた。それを甘受すればどうやら不安らしいとわかる。
「……ばかね……」
「ん?」
「私の帰る場所は、ここだけよ」
唇の隙間でそう言えば、何故か私を抱き締める力が強くなる。でも、腕力とかの違いを考えて欲しい。
地味に、痛いから。てか、苦しいから。
そうして私は暫く蜜柑の木が作る木陰にて、ぎゅうぎゅうと抱き締められていた。突然歌い出した事で不安にさせたのかなと思って、私は少しだけ申し訳ないような気持ちになる。
この時はまさか、今日が私の誕生日だなんて事を、私はすっかり忘れていたのだ。それにより、この後何が待ってるのかなんて事、当然欠片も理解はしていなかった。
Happy Birthday私。今の人生を、私はこれで案外、楽しんでるのよ。