バサバサと言う羽音で顔を上げると、窓の所にクーちゃんが止まってるのが見えた。それに思わず笑いかけて、そっと歩み寄れば何故か誇らしげな様子を見せるクーちゃんに首を傾げる。
新聞の前に差し出して来たのは、当選と書かれた1枚の紙。それによりまさかとクーちゃんを見つめると、頷かれた。
これ迄何度も応募しては外れてきた。……と言うか当たる訳もないと思いながらも新聞の端にある応募券集めては、物は試しと応募を続けていた海賊1番くじの当選である。
「これって、当たるのね……」
「クー!?」
「いや、当たるなんて思ってなかったのよ。これ迄何年も応募してて、当たった事なかったし……」
私の言葉にクーちゃんが抗議するように羽根を動かすから、ごめんごめんと謝りながら次に差し出されたそれを受取る。それを開ければ中から出てきたのは、野外宴会セット。
ピクニック用品とも言える物で、漆塗りに桜の花弁が舞ってるデザインの重箱を含むそれ等が何だか日本を思い出させる。だから、見た時欲しいなって思ってはいたのだ。
1家族分として考えられているらしく、重箱の他5人分の小皿や箸等の食器。それらを包む為の風呂敷と、レジャーシートが含まれたそれ。
勿論人数は合わないけど、それでも欲しかったのだ。これに何かを足すとか、余る分は片付けるとかすれば楽しむ事も可能かなと。
時期的にはお花見とか、したいなって思うし……。でも、難しい事も理解はしているのだけどね。
「クーちゃん、ありがとう。本当に欲しかったのよ」
「クー……!!」
笑顔で言えばまだ終わりじゃないとばかりに差し出されたのは、1通の封筒。中からは温泉旅館のペア宿泊券と、その旅館のパンフレットが入っている。
どうやら離れに泊めて貰える上に、離れの周りはどうやら桜の木で覆われて見えにくい構造になっているらしい。離れの中には家族風呂としての露天風呂もついてる様子で、良いなと思うけど……。
どう考えても現実的に行く事は難しい。だから無理よねと、そっと息を吐き出すと同時に目を伏せる。
温泉に桜の花びらが舞い落ちて来たら、素敵だろうけどね。……あら、食事も何だか喜びそうだわと大切な人の喜ぶ姿が見えそうなメニューに、頬が自然と緩む。
「クーちゃんありがとう。温泉も桜も大好きだから、本当に嬉しい。楽しんでくるわね」
言葉ではそう言って、笑顔で新聞や原稿をやり取りしてから飛び立つその姿を見送る。それから机の引き出しにその宿泊券を仕舞う事にした。
捨てるのは勿体ないし、クーちゃんを悲しませる事は無いわ。でも、見てると未練が残る。
「使えないなら、今度売りに出すとかすればいいだけよね。……残念だけど」
その時風に乗って1枚の花弁が入り込んで来ると、それが桜の花弁だと気付く。何とも懐かしい気持ちになって、私はそっと歌い出した。
これは〝さくら〟または〝さくらさくら〟という歌で、日本人なら誰でも知っているとも言える曲なのに、年代によって知っている歌詞が違う事が面白い。因みに私は『弥生の空は』の方が聞き馴染みがあるけど、本当に『野山も里も』の方が知ってる年代が広い現実がある。
なので今回は、両方歌おうと口吟む。誰に聞かせる為でもないのだから、構わないだろう。
「ーーー」
桜を日本人が昔から愛して来た証拠とも言える歌。そしてこの歌を歌詞は違えども、メロディその物を知らない人は居ないだろう。
無論、障害のある方は別として。それくらいには、有名な曲だと思う。
「ーーー」
日本古謡と表記される場合が多いけど、実際は幕末……江戸で子供用の箏の手ほどき曲として作られた物で、作者は不明。なので今でも、琴を習い始めるとこの歌が初めになる。
「ーーー」
つまりは、ピアノで言うところの猫踏んじゃったに該当する歌なのだ。とは言え、最近は楽器を習う子供の数は減少傾向にあるらしいけど。
少し呼吸を整えて、2番ですとでも言わんばかりにもうひとつの歌詞で続けて歌う。歌詞は曖昧になっても、案外メロディは覚えているものよね。
「ーーー」
昭和十六年の歌の本下にて、私が歌っているように両方載せて1番と2番という形にしているので、間違った歌い方では決して無い。ついでに言えば、駅の発着や、飛行機の車内放送の開始時に使われていたりもする。
「ーーー」
勿論駅や航空により使用してない、または使用曲が違ったりもするけどね。なんだか、懐かしいわ。
「ーーー」
最後を花ざかりと歌い終えた時、窓の外に向けて歌っていた私の背後から物音が聞こえて振り向いた。見れば、部屋の入口に立っている大切な人の姿がある。
日本を思い出して少し情緒不安定気味だった私に、笑顔で手を広げてくれたから、私は甘えるようにその胸の中へと飛び込んで行く。少しだけ、私は今ここに生きているのだと、実感させて欲しくて。
桜は出会いと別れを象徴するけど、私は死が分かつなんて事も出来ないように、ずっと傍に居たい。大切な人に、幸せでいて欲しいと願っているの。
そんな私の様子に何かを感じ取ったようで、心配そうに誰何するからそれに笑う。そんな顔、させたい訳じゃないから。
「海賊一番くじが当たったの。重箱に卵焼きとか詰めて、お花見とかどうかしら?……でも、難しいわよね」
言いながら落ち込む私に、優しく頭を撫でてくれる。それに驚いて視線を向けたら、笑顔で頷いてくれた。
その上でお花見について賛成してくれたから、良いのかなと思いながらも嬉しくて、もう少しだけこうして温もりの中にいようと腕に力を入れる。甘える私に珍しいと言いながらも、それを許してくれるから、私は顔を埋めて情けない顔を隠す事にした。
春の香りが郷愁を呼び心を弱くしても、それを支えてくれる温もりがある。桜の花びらが背後でまた1枚、舞い込んで来ているとは知らないままに、私はもう少しだけと自分に言い訳しながら甘え続けた。
皆様も、大切な人と楽しいお花見ができる事をお祈りします。くれぐれも羽目を外し過ぎず、健康第一で怪我や病気に注意してお楽しみくださいね。