あぁ、傷が開いたな……と、何処か呆然と考えていた。海水に浸かった身体が、妙に重くて……熱い。
でも、だからと言ってカリーナを見捨てるつもりは無いの。今、私がこの場にいるのは、カリーナを無事に生かすこ 事のみが目的なのだから。
サイクロンが迫ってるのはわかってたから、カリーナを守りたくてサイクロンを避けられる方向を叫んだその時、カリーナに言われて樽から小舟へと移動する。すると驚いたような顔をしたカリーナに手を伸ばして、その頬に触れて、肩に触れて、傷が無い事を確認したら身体から力が抜けていくのを自覚した。
カリーナは私が船に移動した事に驚いていたらしい。でも、カリーナに怪我が無くて本当に良かったわ。
その時船が海面から浮かび上がり、驚きつつもカリーナを抱き締めていたら、腕の中でカリーナが照れたような顔をする。それから何故か罵倒されてしまったけど。
そのまま巨大な船へと小舟が降りて行き、その船を動かしていた海蛇により持ち上げられて移動されたのだと知る。怯えを隠せないカリーナを強く抱き締め、この子だけは守ると内心で誓いつつ辺りを見れば黒髪の女が立っていた。
その顔は何処か自分と似ていて、そこではたと気付く。この人……ハンコックだわと。
だとするなら、どうしてこんな所に?
それに、ハンコックって人助けとかするようなタイプの海賊じゃない筈。そう思って見詰めていると、突然の回し蹴り。
慌ててカリーナごとその場を移動すれば、背中の熱がスっと引くのと同時に流れ落ちる液体のそれが気持ち悪くて嫌になる。それでも、ここで大人しく蹴り飛ばされる訳にはいかないのよ。
嗚呼、これ……血を流し過ぎた。血圧が1気に低下してるわ。
「ふむ……この攻撃を躱すか。娘、何があったか話してみよ。……その顔、先代の娘である可能性も否めぬ」
「訳あって、海賊に挑み負けました。その場から逃げる途中で、この船に」
自分の声が、遠い。視界が、ボヤける。
そうか、これだけ顔が近いなら、確かに血の繋がりがあってもおかしくないわよね。王族って他国でも案外どこかで血が繋がってる事多いから、人魚姫と海賊女帝の顔が似ているとしてもおかしくはないんだわ。
元々原作者の趣味で形作られたナミちゃんと、それを元に描かれた絶世の美女達だもの。嗚呼、でも、そうなると尾田っちって……気の強い女が好みなのね。
「ナミ……」
不安そうなカリーナの声に反応して、笑う。大丈夫、カリーナの事は必ず守るから。
そう思って震える手を必死で持ち上げて頭を撫でた時、向けられたのはその悪魔の実の能力。けれど、意識が朦朧としてる私も、私を見慣れてるカリーナにもそれは効果を示さない。
「妾の能力が効かぬ、だと!?そなたら、審美眼は確かか!?」
「ナミのが可愛い」
「自分の顔と、似てる、のに、見惚れない、から……」
でも、私の体力はそこで尽きてしまう。ごめんカリーナと思いながら、抱きしめた状態で意識を失う私にカリーナの悲鳴が遠く微かに聞こえていた。
それから、どれくらいの時が過ぎたんだろう。早く……アーロンの所に、行かなきゃ。
「ベルメールさん……ノジコ……まも、る……から、ね……」
朦朧とする意識の中で、手を握ってくれるその温もりにそう笑いかけた時、多くの人の声が霞の向こうから聞こえた気がしていた。その状態で問い掛けられた事に、私は素直に答えていたけど、その時はどうせ夢だと思っていたのだ。
その後に何が起きたのかは、ハンコック側の話で確認して欲しい。ただ、これは有り得たかも知れないもう1つの話の始まりの話である事だけは、間違いようがない事実。
見知らぬ娘達二人を引き上げたのは、それが女であった事と、何やら血の匂いを感じたからでもあった。妾が妹達を守ろうと背に庇っていたあの日のように、髪の長い方は短い方を必死に守ろうとしていて、それが妙に気にかかったのだろう。
姉妹なのか。ならばそれも分かろうと言うものじゃ。
そう思っていたのに、姉と呼ぶでもなくその名を口にした短髪の娘。それをまるで、娘を見守る母のような顔で守る長髪の娘。
関係性が気になりつつも声を掛ければ、愛らしい声がそれに答えた。賢さを伺わせるその瞳、けれども何よりその顔に驚かされる。
……似ている。妾と。
妹達よりも妾と似ているその顔は、妾を含め、見た者達皆を驚かせる。髪の質や色が違う事を除けば、瓜二つと言っても過言では無かろう。
だと言うのに、その瞳は慈愛に満ち溢れ妾とは別次元を生きる、苦しみも悲しみも知らぬモノに見える。それ故の憤り。
八つ当たりであったのだろうと、己でもわかるそれにより放った攻撃を躱し、妾には出来なかった守るという行為をしてのける小娘。……これは、何も知らぬ小娘ではないのやも知れぬ。
そう思いつつ話し掛ければ、短髪の娘を庇いながら受け答えする其の図姿。そんな中で聞こえて来る、ピチャンと言う水の音。
この音に注視しなかった事を、後に己を責め立てたくなるとは、この時はまだ知りもしない。ただ、この時点で妾が長髪の小娘を手元に置いておきたいと思っていた事だけは、間違いようのない事実であった。
この娘達の事を調べる間、逃げられぬようにと石へと変えようとしたが何故か変わらぬ二人に驚かされる。双方の言い分は最もで、確かにと頷こうとしたその時、長髪の娘……ナミの意識が途絶えた。
良く見ればナミの足元には真っ赤な水溜りが出来ており、顔色は既に白い。即座に治療を始めさせたが、服を剥ぎ取ればそこに現れたのは拷問の跡。
息を飲む妾の傍で、泣きながらナミに取縋る短髪の娘。そう言えば、この娘の名を聞いておらぬな。
治療を終えて少しすると、手を握り続ける短髪の娘を誰かと間違える声が聞こえた。何事かと様子を見守れば、ナミは誰かを必死に守ろうとしていると気付く。
コレが強情なのはよく分かる。妾とてそれは同じ事。
なればこそ、この場で夢現の中全てを聞き出すが賢明か。そうして戦士達に話を聞き出させれば、見えて来たのは〝奴隷〟である事実。
……そこまで、妾と同じでなくとも良かろう。妾を助けた魚人と、そなたを苦しめる魚人……人種では無く、ただ、相対する相手を見る事が必要なのだと思い知らされる。
……そなたは妾が守ってやろう。過去の己を見るようで、同時に妾には無い何かをもつ娘に、心でそう語り掛け船を動かす。
それに否はなく、短髪の小娘はその様子に頭を下げて姿を消す。いつか再び会う事があれば、その時は自らを誇れるようになっていると宣言した少女は、名をカリーナと言った。
これは後に、蛇姫のお気に入りや、蛇姫の泣き所と呼ばれる事になる1粒の甘過ぎる蜜柑との出逢い。魚人を始末しようとした妾に、泣きそうな顔で「殺さないで」と言う甘さに言葉を失ったのは言うまでもない。
その後に蛇姫達が知ったのは、ナミの稀有な能力。故郷を七武海である妾の名で守ってやろうと告げた時、生涯お傍にてお仕えしますと膝を折ったナミに、生涯離すものかと内心で誓う。
天候を操る蛇姫の泣き所であり良心は、こうして九蛇海賊団の1員となった。彼女達を狙う愚かしい男共が現れるのは、こうなれば不可避であったと言えるだろう。