もし千葉くんがエロゲの主人公だったら 作:miyakokat
〈中村莉桜視点〉
「ごちそうさま……」
「え…?もういいの?」
昼休みの校舎裏。
凛香は今日も顔色がすぐれず、ため息ばかりついている。お弁当にほとんど箸を付けないので、体調を崩すのではないかと気になって仕方がない。
千葉に振られた日の翌日、泣いてばかりいる凛香から、なんとか事の顛末は聞き出した。
あまりの千葉の身勝手さに、震えが来るほど腹が立ったけど、それよりもっと驚いたのが、いつもツンデレだのクールだのと言われている凛香が、自分をさらけ出してまで千葉に翻意を迫っただなんて、正直とても信じられなかった。
それだけ凛香は追い詰められたのだろう。千葉というパートナーを失うことは、身を切られるほど辛いことだったに違いない。
それでも、少しでもはやくこの傷を忘れて、いつもの彼女に戻ってほしいと、わたしは強く思うのだった。
「あんた、そんなに気が弱ってると、槍本みたいなのにまたつけこまれるよ?」
「…あ、そうだ、これ言ってなかったね」
「なにが?」
「私ね、あの日の帰りに槍本に会ったの」
「へ…!?」
それは凛香がどしゃ降りのなか、ずぶ濡れでバス停に着いたときのこと。
雨宿りをしようと近づくと、椚ヶ丘の制服を着た見知らぬ男子が立っていた。
『…う、うわ、は、速水…!?』
『…えっ!あ、あんた、もしかして槍本…!?』
槍本コウスケは以前の姿と大きく変わり果て、丸坊主頭に牛乳瓶の底みたいなメガネをかけていた。
『…ど、どうしてそんな昭和スタイルなの…?』
『い、いや、その……』
『なに?はっきり言いなさいよ』
『そ、それは……』
『じ、実は突然3メートルくらいある恐ろしい大男に脅されて、1ヶ月この格好をしていろと……もし約束を破ったら、これまでのことをすべて世間にバラすと脅されて……』
殺せんせー…。
知らないとこでそんなことしてたのか。
『…因果応報ってやつね』
『ううう…あのときは速水にもすまんことをした…。そうだ、千葉とは仲良くしてるのか?』
『…あんたには関係ないことでしょ?』
『す、すまん…』
槍本は人が変わったように大人しくなっていた。
『…それよりひとつ聞きたいことがあるんだけど(キッ)』
『(ビクッ)な、なんでしょう…』
『浮羽真緒がどうしてA組からE組に来たのか、それを知りたいの』
『ああなんだ、そんなことか』
槍本が言うには、浮羽真緒の父親が文科省のお偉いさんで、この4月に椚ヶ丘に編入したのも、国とのパイプを当て込んだ浅野理事長が便宜を図ったためらしい。
浮羽はA組に入れるくらいだから当然頭はいいのだが、性格に難があり、協調性にも大きく欠けるため、クラスでかなりもて余したらしい。
『でも色っぽい子だから、あんたもどうせ手を出したんでしょ?』
『んなわけあるかよ、あんなヤツ…』
『どういうこと?』
浮羽は五英傑のひとり、榊原蓮にかなり入れ込んで、ライバルの女子生徒にえげつない暴力を振るったらしい。
もちろん事件はすぐに揉み消されたけど、本人が自分から理事長に「E組に行きたい」と志願したという。
凛香はお弁当を袋にしまって、わたしに飴玉をくれた。
「浮羽はたぶん、騒ぎになって面倒になったから、千葉に乗り換えようと思ったのかなって…」
「まあ、どうせそんなとこだろうね」
「ねえ、莉桜……」
「うん?」
「私ね、今でも千葉のことを信じてるの…」
「…え?」
「昨日、千葉のカバンの中にこれが入っているのが見えた…」
「……?」
それは小さな瓶に砂を詰めたかわいいアクセサリーだった。
「…これは千葉が私に告白してくれた普久間島の海岸の砂なの……」
「はー…二人の絆の証ってわけね。だとしたら千葉がそれを棄てずに持ってるってことは、まだ凛香に未練…失礼、気持ちがあるってことだよね…」
「わからない…。単に棄てるだけの決心がつかないだけかもしれないし……」
…うーん。あの前髪野郎、何を考えているのかよくわからんところがあるからな。
でもそれよりわたしが驚いたのは、どんな境遇になっても決して折れない凛香の千葉へのまっすぐな思いだった。
一途というか、なんというか…、もうここまで来たらさっさと結婚したらいいんじゃね?ってレベルだよ。
「…そろそろ、教室に帰ろ?」
「くうううううううううっっ…!!」
「どうしたの?…きゃっ!」
ああー!なんて素晴らしいんじゃぁぁぁあああ!!!
突然凛香を抱きしめたせいで、二人そろってドタンと地面に倒れ込んでしまった。
「もう!制服が汚れたじゃない…」
「あはは!ごめんごめん!」
「ふふふ、莉桜ったらほんと子どもみたい」
「お!久しぶりに笑ったじゃん!…やっぱ、あんたには笑顔が似合ってるよ…」
「…ありがとう莉桜……」
教室に戻ると、相変わらず千葉は浮羽と楽しそうに話をしていた。せっかくの凛香の笑顔もこれで帳消しだ。
大きな声ではしゃいでいた浮羽がチラリと凛香を見て、当てつけのように「授業が済んだら買い物に行こうよ」と言い出した。
「…おい、今日は菅谷や三村と用事があるって言っただろ?」
「えー?そうだっけ、そんなのどうでもいいじゃん。買い物に行こうよ、ねえ!」
「お、おい…まずいって…」
菅谷と三村がそれを聞いて憮然としている。
「…ちぇっ、まあいいけど?それよりわたし、トイレ行ってくる!」
ドタドタと教室を出ていく浮羽がパッと廊下に出たとたん、殺せんせーの脚に引っかかって、あやうく転びそうになった。
「わっ!」
すかさずせんせーが触手でふわりと浮羽を持ち上げる。
「浮羽さん大丈夫でしたか!?お怪我はありませんか!?」
「何やってんの!気をつけてよ!危ないじゃない!」
は…?なにこいつ…。
教室中にしらけた空気が広がった。
「ひいいいいっ!!す、すいませんでしたあああっっ!!!」
凹んでシクシク泣いている殺せんせー。
「せんせー、そこは謝らなくても…」
呆れた口調で杉野が慰める。
「それよりさー、俺気になってることあんだよねー」
カルマはそう言いながら、もたれたイスをシーソーのように前後に揺らしている。
「千葉さ、お前なんでそんなクソ野郎になったわけー?」
ピキッ…。クラスの空気が凍った。
千葉は意外にも冷静にカルマの言葉の刃を受け止めると、自嘲気味につぶやいた。
「…お前にわざわざ言われなくても、俺が一番自覚してることだから…」
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〈菅谷創介視点〉
放課後
千葉と三村と俺の三人で、久しぶりに原田さんのカフェに集まった。
千葉と速水のことについては、原田さんに話すべきかどうか、正直悩んでいた。
ところが原田さんは別ルートから聞いて知ってたらしく、「千葉くんと直接話がしたい」と言ってきた。それが今日になったというわけだ。
お客さんの帰ったあとのガランとしたカフェのカウンターに、千葉を真ん中に挟む格好で並んで座った。
「速水との関係は…もう済んだことです。誰に何と言われようと、俺は浮羽と別れるつもりはないですから…」
バキッッ…!!ドタンッ!
「やめろ創介!」
カッときて千葉を殴り飛ばした俺は、すぐに原田さんと三村に取り押さえられた。
「大丈夫か、千葉くん」
「…はい…」
千葉は倒れたイスを起こして座り直した。
「千葉くん…俺は君の本当の気持ちが知りたいんだ」
「どうしてあれだけ速水さんのことを愛していたのに、別の人に乗り換えてしまったのか。人ってそんなに簡単に変化できるものじゃあないからね…」
「そろそろ正直に話してくれないか…?」
千葉はうつむいていたが、ゆっくりと顔を上げた。
「お、俺は…今でも、今でも速水のことが…す、好きです。この気持ちは全く変わってません。どころか、むしろ浮羽と付き合うようになって余計に愛しくなって…」
「だったらなぜ…」
「…そ、それは……」
千葉は苦しそうに呻くと、ポロポロと泣き始めた。そして嗚咽が一段落してから、ゆっくりと語り始めた。
千葉は小学校のときに強豪バレーボールクラブに入っていたらしい。そこで知り合ったのが浮羽真緒だった。
当時の浮羽は女子バレーの天才と呼ばれ、将来は全日本の選抜メンバーも夢ではないと囁かれていた。
ところが悲劇は起きてしまう。
6年生になったある日の練習中、浮羽は千葉と激しく接触し、膝を骨折してしまう。
エースのリタイアで、クラブは目指していた大きな大会を予選敗退、とても後味の悪い結果になった。
それまで千葉と仲のよかったチームメイトやその親から責められ叩かれて、千葉は人間不信に陥ってしまう。
「俺だけなら我慢できるんですが、無関係な姉までが悪く言われるようになって…それがどうしても許せなかった…」
そのせいで千葉は、他人と視線を合わせることに苦痛を感じるようになって、クラブを辞め、前髪を伸ばし始めたという。
「…そうだったのか…」
千葉の前髪の長い理由を、俺は今初めて聞いた。
「浮羽さんとはその後どうなったのかな?」
毎日病院に見舞いに行った千葉は、ある日浮羽からこんなことを言われたのだという。
『このケガのせいで全日本のバレー選手になる夢が消えてしまった。千葉くんには一生かけて責任を取って欲しい』
「たしかに浮羽は骨折が治っても、以前のようなプレーをすることが出来なくなった。つまり俺は、本当に浮羽の選手生命を奪ったわけです…」
「もしかして、足を引きずっているのはその後遺症だというのか…?」
俺がそう問うと千葉は頷いた。
「ああ…。始業式の日にもう一度言われたんだ。一生かけて責任を取って欲しいと…」
「まさか、それを真に受けたわけじゃあないよね?」
三村が心配そうな顔で千葉を見た。
「いや、それを聞いて思ったんだ。俺が速水と幸せになることはやっぱり許されないことなんだ、って…」
「なに言ってんだお前、ほんと馬鹿げてる!速水と別れることとそれとは全くの別問題だろ!?」
俺は怒りでカウンターに置いた拳を、強く握りしめた。
「恐れていることがあるんだ…」
「なんだって…?」
「あいつはバレーで天才と言われたように、一度決めたら手段を選ばずとことん勝ちを目指す悪い癖がある。狙撃が上手くなったのも、おそらく俺と仲の良い速水にどうしても勝ちたくて、夏休みのあいだ必死に特訓したに違いない…」
「あいつの恐ろしいところは、自分が勝てないと悟ると、相手に何をしでかすかわからないことだ。だから浮羽が狙撃で速水に勝ったとき、とてもホッとした」
「速水が俺と交際を続けると、必ず浮羽に危害を加えられる日がやって来る。そう考えただけで、もう耐えられなかった…。だから別れを切り出した。一刻も早く俺から遠ざけるために…」
「千葉……」
そうだったのか…。
これで謎は理解できた。
「千葉くん、君は本当に速水さんが好きなんだね…」
「はい…あいつはいつも俺を励ましてくれる大事なパートナーでした…。なのに俺にはそのパートナーを守る方法が、別れるという最悪の選択以外に思い浮かばなかった…」
「だから、どんなにあいつのことが好きでも、俺には速水と付き合う資格がないんです……」
〈中村莉桜視点〉
わたしは凛香と教室に残って、創介たちの会話をスマホのスピーカーを通して聞いていた。
これは大きな賭けだった。
途中、泣いて何度も逃げ出しそうになる凛香をぐっと引き留め、千葉の本音を最後まで聞かせることができた。
凛香も知らなかった千葉の過去。
そして千葉の凛香へのまっすぐな思い。
「(小声で)も、もういいよ…。千葉の気持ち、わかったから…」
「(小声で)なんでー?いまいいとこじゃん、もっとのろけを聞かせてよー(ゲス顔)」
そして凛香は、千葉の「資格がない」の一言で息を飲んだ。
〈菅谷創介視点〉
「待てよ千葉、浮羽の足は、本当に良くなってないのか?」
「ぼくも思った。普通に歩くときもあるし、なんだかおかしいよね」
三村も頷いた。
「ヌルフフフフフッ!実はわたくしもそう思ってました」
「「せ、せんせー!?」」
「失礼、わたくしこの三人の担任をしております、殺せんせーと申します」
「え、ああどうも…」
律儀に原田さんに名刺を渡す殺せんせー。ジャージに笛といかにも教師の格好をしてるけど、存在自体が怪しすぎて原田さんドン引きしてる…。
「き、君たちの先生って、変わってるとは聞いてて思ってたけど、まさか人間じゃないなんて、そこまでは思ってなかったな、さすがに…」
「にゅや!?この完璧な変装がバレるとは、あなた、なかなかのキレ者ですな…」
「せんせー、そんなことより、さっき浮羽のことがどうとかこうとか…」
「ああ、そうでした。まあバレたことですし、正直に説明しましょうか。実は以前から浮羽さんの足のことをたびたびこの触手で検査していました」
「今日も転びかけた際に骨、筋肉、神経などすべてチェックしたのですが、異常は見当たりませんでしたね。すべて健康な状態でした」
「要するに後遺症とかなんとかってのは、やっぱウソだったてわけか」
「まあそういうことですね」
「ほらみろ千葉、お前は騙されてたんだ」
「……。」
「千葉くん」
「…はい…せんせー…」
「相手を思いやり、心配することはもちろん大事なことですが、それは共依存と紙一重。相手に自分を差し出すことが、その相手の本当の幸せにつながると、本気でそう思いますか?」
「…いえ…それは間違いです…」
「そうです。共に自立し、いさという時に助け合える、そんな仲こそ、本当のパートナーなのです」
「はい……」
「千葉くん、あなたはこれからどうしたいですか?」
「……せんせー、俺に少し時間をください。せんせーの言葉を、自分なりに形にしてみたいと思います」
「わかりました。ではまた学校で。ヌルフフフフフッ」
目にも止まらぬスピードで殺せんせーはカフェを出ていった。
気がつくと、原田さんが俺たちに出してくれていた手作りプリンが、きれいさっぱりなくなっていた。