もし千葉くんがエロゲの主人公だったら 作:miyakokat
「おー、来たか千葉」
「俺ら、もう注文したぞ」
冬休み三日目。
岡島大河の呼びかけで、商店街の古い中華料理店に集まったのは、菅谷と三村とこの俺。要するにいつもの二班メンバーだ。
「みんな何頼んだんだ?」
「俺は餃子定食、三村がチャーシュー麺と半チャーハン、菅谷が天津飯」
暖房と湿気でムンムンするこの店。俺はニット帽をポケットにしまうと、壁に貼ってあるメニューをちらりと眺めた。
コンクリートの土間に丸椅子とテーブル。ベニヤ板の壁と天井が埃と油で黒ずんでいる。
「…な、なあ、大丈夫か?ここ」
「千葉ぁ、中華はこういう小汚ない店が意外と旨かったりするもんなんだよ」
「…そ、そうか?」
「心配すんな、どれもそれなりに旨い」
「わ、わかった。じゃあ、すいませーん中華丼ひとつ!」
「はぁーい」
顔の恐いおばさんがいかにもやる気のない返事をした。
「あー…すまん、中華丼だけはマズいんだ」
「て、てめえ、それを早く言えよ!」
「ジョークだって、そんな怒んな」
……
…
「お、たしかにそれなりに旨い…かな」
「だろ?」
みんなで黙々と食うあいだ、俺は終業式の日の出来事を思い出していた。
明かされた殺せんせーの暗殺者としての過去。そしてE組に来ることになったヤバすぎる理由。
茅野さんの子役時代の過去と触手にももちろん驚いたけど、殺せんせーの赤裸々な告白は、これまで必死で暗殺に取り組んできた俺らクラス全員に、例えようもなく大きな衝撃を与えた。
今日こうして二班の男子で集まったのは、これから訪れる三学期に、俺たち生徒は殺せんせーとどう向き合えばいいのか、その相談をしようという話だった。
「これはあくまで俺個人の意見だけどな」
「ああ」
岡島が餃子にかぶりつきながら口火を切る。
「殺せんせーの事情はよくわかった(モグモグ)。でもな、俺はやっぱり中途半端に(ゴクン)このクラスを終わらせたくないんだ(ゲーップ)」
「そ、そうだな」
菅谷が同意する。
「たとえ俺たちが殺さなくても、誰かがせんせーを殺さなければ3月でこの地球がなくなってしまう。そうだろ?」
「…おう」
場末の中華料理屋には似合わない「恩師を殺して地球を救う」という極めて重たいテーマ。俺は無性に喉が乾いてコップの水を飲み干した。…この中華丼、ちょっと塩辛くね?
「これまで俺たち物作り班は、自分たちなりに一生懸命暗殺に取り組んできた。おかけで殺せんせーにはずいぶん成長させてもらったと俺は思う」
「おう」
「だからこそ最後に俺たち自身が成果を発揮しないと、やっぱ気持ちがよくねえ。な、そうだろ?」
「なるほどね」
三村がラーメンをすすりながら頷く。
「で、まあここはこれくらいにして、さー、次行くぞ」
「へ…!?いきなりだなおい、どこ行くんだ?」
「茶店だよ。まだ話し足りねえからな。なんだ千葉、はよ食えよ」
「仕方ねえだろ!俺だけ来たの後だったんだからよ!(パク)…あふっ!あひっ!み、水!水!あちちち!」
くっそー!あわてて掻き込んだせいで口の中を火傷したじゃねーか!!
「よーし、ここにしよう」
商店街を少し歩いて4人が入ったのは、いかにもクリームソーダとかホットケーキが出てきそうな、昭和っぽい喫茶店。俺たちは窓辺のソファーにドサッと腰かける。
各自が適当に注文して一息ついたそのとき、三村が窓の外の男に気がついた。
「あ、前原」
見慣れたチャラいクラスメートがこっちに手を振っている。奴はいかにもデート中といった風情で店の中に入ってきた。
「よー、むさ苦しい思春期男子の諸君、お揃いで」
「なんだよ前原、今日もどうせデートだろ?」
「あー…それな、新しい彼女と歩いてたら、拍子の悪いことに二股かけてた別の子に見つかっちまって」
「そりゃご苦労さん」
「ところでおまえら、なんの話をしてたんだ?」
「ああ、それそれ。今日の一番大事なテーマなんだ」
「ほう、話してくれ。あ、俺カフェオレで」
前原が座ると同時に、岡島は目の前でいかにも意味ありげに両手の指を組んで話し始めた。
「…この前のクリスマス会、あのトナカイ三人組を覚えているだろ?」
「ああ…とってもセクシーだった」
「あれはな…、俺にとってまさにE組に来たことを心の底から感謝した瞬間だった。もちろん、夏の水着もよかったがな…!」
…あ、あれ?話題が変わってねえか?
「神崎の清楚な佇まい、矢田のわがままボディ、そして速水のツンデレサンタ…」
「おい」
「もちろんウチのクラスには他にもきれいどころが揃っている。だがな、あの完璧すぎる三人を見て俺はこう思ったんだ。…こんな大事な時期にこんなことを言うのも何だけどな……」
「なんだ岡島…いいから言ってみろよ。楽になるぜ」
前原、こんな奴の話を無駄に盛り上げようとしなくていいから。…つーか、お前が来てから急に雰囲気がゲスくなったぞ。
「俺は…俺は、あの三人をヒロインにしたアクション映画が観たい!!頼む三村この通りだ、撮ってくれ!!」
「は?」
「…はああ?」
「そうなるとやっぱ、エロもありだよな当然」
「もちろんだ前原」
「おい」
「でもなー三村、俺は日本のアニメや特撮のヒロインより、アメコミヒロインに魅力を感じるほうなんだよ」
「岡島、誰もお前の趣味とか聞いてない」
「アメコミか、それいいな」
やめろ菅谷、スケッチブックを出すな。
「そういえば今ア○ンジャーズの映画やってるよね」
止めろ三村、なぜそこで乗っかる。
「そういえば中村って、アメコミヒロインっぽいよな」
「おう、俺もそう思ってた」
菅谷がノリノリでスケッチを始めた。
サラサラサラ…
「どうだ?スー○ーガール莉桜」
「おおー!最高最高!」
胸にSならぬRマークをつけた中村のイラストに、岡島がパンパンとサルみたいな拍手をした。
「でな菅谷、俺が考えたヒロインの設定を今から話すから、エロカッコいいコスチュームを考えてくれ!」
「わかった」
「おい」
サラサラサラ…
「これでどうだ?」
「うッ…うおおおおお!!!かわいいなあ!!!」
「す、すごい…」
「菅谷、お前ってやっぱ天才だわ!」
そこに描いてあったのは、ピッチリとしたアメコミ風ボディスーツに身を包み、邪悪な敵と戦う矢田さん。た、たしかにエロカッコいい…。
「もちろんヒロインはこのコスでピンチに陥るわけだよな?」
「そこがいわば映画の一番の見せ所だからな。三人をどう脱がすか、いろいろ俺も考えたわけよ」
「いいかげんにしろ岡島」
「いいんだよ千葉ぁ、リア充は黙って聞いとけや!」
「あ、そういえばこの中で彼女いないの、岡島だけだよな」
「…ど、どういうことだ前原、み、三村もいないだろ?(震え)」
「ご、ごめん、ついこの前から…」
「そうそう、不破と付き合い始めたんだよな」
「……な、な、な、なんだと…(フラッ)そ、そりゃ、どういうことだよおおおおッッッ…!?!?…お、お前ら、お前ら(グスッ)許せねえええええええええええッッ!!!」
「うるせえぞ岡島、他のお客さんに迷惑だ」
「うおおおおおッ!!ふぐおおおおおおッ!!」
岡島は血の涙を滝のように流しながら、テーブルに突っ伏してしばらくのあいだ嗚咽した。
「で、まあ映画化の話は置いといて、うちのクラスの女子ってほんと素晴らしいよな」
「立ち直り速すぎだろ岡島」
「暗殺が成功すれば今度の春から女子高生、さらに女の色気が花開くってわけだ。想像しただけで鼻血が出そうだろ?」
「おまえはいつも鼻血出してるじゃねーか」
「千葉ぁ、これはお前にハッキリと忠告しとくけどな、速水が高校に行ったらどうなると思う?」
「…は?どういう意味だ岡島」
「あいつ、このクラスに来てから明るくなっただろ?今まで色気の出し方がわかんなくて抑えてたんだよ。それがこの一年でずいぶん自信がついた。高校行ったらさぞかしすんげえ美人になるぞ」
「あー…わかるなそれ」
前原と菅谷が同時に頷いた。
…なるほど、たしかに言われてみればそうかもしれない。今でもあんなにかわいいのに、それがもっと美人になるとなれば…そりゃいいこと尽くめじゃねーか!
「あのなあ千葉、周囲の男どもがあいつを放っておくと思うか?」
ハッ…!
そ、それはたしかにマズい…。
「で、お前がのんきに他の高校行ってボケーッとしてる間に、速水はどこかの馬の骨にかっさわれるってわけだ」
「…やめろ岡島!そ、そういう妄想はやめろって。マジで凹むわ!」
や、ヤバい…想像しちまった。
知らない学校の教室で、速水が黒シルエットの男に交際を迫られている。おいい!!俺の大事な彼女に手を出すな!!
「残念だったな千葉、せっかく今よりおっきくなる速水のおっぱいがそのゲス野郎のものになっちまうとはな……」
ブチィッ…!
「はああッ…!?!?お前なに勝手なこと言ってんだぁあッ!!おかしな未来予想はやめろおおおッ!!!」
「お、おい岡島、それくらいにしとけって…!」
「いいか千葉、これは親友である俺からの大事な警告だ!エロ野郎に盗られたくなければ絶対気を抜くな?じゃねーと速水はそいつと毎日毎日○△■◇…!」
「ぐあああああッッ!!!やめろっつってんだろおおおッッ…!!!!!」
「お、おい!千葉を取り押さえろ!!」
「お、おい千葉!暴れんなって!」
「わかったわかった!落ち着けって!」
ハアッ…!ハアッ…!ゼーッ!ゼーッ!
☆ ☆ ☆
〈速水凛香視点〉
同時刻、近くのボウリング場。
「ねえー…凛香ぁ、千葉くんと最近どうなの?」
「…え?ま、まあ、その…それなりに?」
「ふふ、千葉くんってやさしいもんね。さぞかし楽しい毎日なんでしょ?速・水・さ・ん?」
「…神崎、あんたってそんなキャラだったっけ?」
「あーあ、うらやましいなあ…!千葉くんと二人きりであまーいひとときとか、わたしもしてみたいよー」
「矢田、次あんたの投げる番だけど」
今日はクリスマス会の打ち上げと称して、矢田と神崎と三人で楽しくボウリング…のはずが、なぜか話題がおかしな方向に進んでいる。…こ、困った。
内心の焦りをごまかすため、ペットボトルのお水をゴクリと飲む。
カコーン…ガラガラガラ。
お、やるじゃんストライク。
矢田は小さく「イェーイ!」とガッツポーズして席に戻ってきた。
「…ねえ凛香ぁ、一度聞いてみたかったんだけどー、千葉くんってエッチ上手なの?」
「ブホッ…!?!?…げほげほっ!ごほんっ!」
「もうきったなーい!顔にかかったあ!」
「げほっ…!げほっ!あ、あんたが変なこと言うからでしょ!?」
「ほんとのところはどうなの?千葉くんってやっぱりテクニシャンなのかな?」
「神崎!やっぱりって、どっから出た話なのよ!」
「凛香のケチ、友だちなんだからそれくらい教えてくれたっていいでしょ?」
「はああ…!?なに矢田、あんた本気で言ってんの(ギロリ)」
「まあまあ速水さん、あんまり興奮しないで、それより質問に答えてね?(ニッコリ)」
二人にがっちりと左右から挟まれた私は、仕方なくため息をついた。
「はー…。千葉が上手かどうかなんて、比べられるわけでもないんだし、そんなのわかんないよ、って……あ!」
……マ、マズい。
わ、私いま余計なこと言いました?
「ほう、比べられるわけでもない、とな?」
「ってことは、もう経験しちゃいましたーってことだよね」
…し、しまったあああッ!!!
二人は眉間に皺を寄せ、私から少し離れて座り直した。
「ふーん…凛香、千葉くんとエッチしたんだー…、まー…そーだよねー、付き合ってるんだもんねー…」
「で、ちなみにこれまで何回ぐらいしたのかな?」
「うぐ、ぐぐ…」
「そっかー、言えないくらいしたんだ。凛香のエッチ」
「速水さんて意外とムッツリなんだね」
「か、神崎、私、あんたのキャラがさっぱりわかんなくなったわ…」
なんなのなんなの!この二人…!?
…あ、次、私の番。
カコーン、ガラガラ。
ん…左右が残ったか、残念。
「凛香がんばれー(しらけ顔)」
「がんば(スマホをチラ)」
ちょっと!ちゃんと応援してよ!えいっ!
ガターン。
「あ…」
「おやおや、ガーターとは凛香らしくない」
「ドンマイ速水さん、あれどこ行くの?」
「トイレ!」
あー、もう!
なんだか気が散って集中できない。
…千葉のやつ、矢田や神崎みたいなかわいい子から、こんなにも気にされてるだなんて、とっても不安になるじゃない…。
今は同じクラスだから何とかフラグを阻止できてるけど(?)、別の高校に通い出したら、千葉がどれだけ周りに誘惑されてたって、私は手も足も出ない。
はーあ…、もちろん千葉のことを信じてない訳じゃあないんだけど、一度考えだすと…ね。
ん…?そういえばあの二人、彼氏がいるって莉桜から聞いたんだけど、…いったいどうなってんの?
ザーッ…。バタン。
まあいいや、さーて続きがんばるか。
…あ、あれ?な、なにあいつら。
「ねーねー、君たち今日は二人きり?」
「えー?どこの学校かな~?」
「俺たちといいことしようよ~」
ヤバい…!
トイレから出てみると、矢田と神崎が知らない男子グループ4人に取り囲まれていた。
見たところヤンキーではなさそうだけど、ずいぶんとチャラそうな連中だ。やれやれ…めんどうなことになったわね…。
私はスマホを取り出すと、柱の影から素早く写真を撮ってL○NEのグループに投稿した。これでよしと…。
それからミニスカートに隠している小型のハンドガンを取り出し、男たちが二人の腕を無理やり掴んだ瞬間、素早く奴らの後頭部に狙いを定めた。
パシュッ…!パシッパシッパシッ!
「うぎゃ!」
「ぐわっ!」
「ひぎっ!」
「あがっ!」
「えいっ!」「やあっ!」
バッターン!ドサドサッ!
「「ぎゃああっ!」」
「ゲフッ!」
「ガハッ!」
あっという間に矢田と神崎に大外刈りをキめられて、男たちはみじめにひっくり返った。
「行こ!」
「うん!」
「…くっそおおおおッ!バッカにしやがって!お前ら待てえええええええッッ…!!」
激怒して追いかけてくる4人のチャラ男たちに向けて、もう一度ハンドガンを撃とうとした瞬間、私の視界を突然赤い大きな物体が、バッと遮った。
…え?
「あっれー?なんなのお兄さんたち、俺の大事なクラスメートになにかご用かな?」
「なんだてめえ!邪魔すんのか?」
「おい、こいつを先に痛めつけようぜ!」
「へー、やんの?お前ら。悪いけど俺、めっちゃ強いよ?」
「なんだと?こら」
「……ま、待て、こ、こいつ椚ヶ丘の赤羽だ!」
「……え?」
「あ…カルマくん!?」
矢田と神崎も振り返った。
「なーんだ、俺のこと知ってんの?光栄だねー」
カルマに気づいた途端、男たちは悲壮な顔で後ずさりし、そのままあわてて逃げ出した。
「…えっと、三人ともケガとかない?」
「大丈夫、ありがとカルマ」
ていうか、なんであんたはこんなタイミングよくここにいるの?
「くおらああああああ!お前ら俺らの貴重な女子になにさらしとんじゃああああああ!!!」
「うるさい岡島、もう誰もいないだろ」
「神崎さんにいいいい!!手を出す奴らは許せねええええ!!!成敗してくれるうううううッッッ!!!!!」
「おい杉野のユニフォーム、あれ試合中だよな?」
私がヘルプを流したせいで、近くにいた男子がたくさん集まってきてくれた。
「速水…!!だ、大丈夫だったか!?!?」
あ、ち、千葉…。
「う、うん…大丈夫」
なんだか照れくさくて後ろを振り向くと、矢田とカルマ、神崎と杉野が楽しそうに話をしていた。
「ねえカルマくん、いつからここにいたの?」
「えーっと、さっき…かな?」
「もしかして、わたしのことが心配だったから?」
「い、いやまあ、その…たまたま?」
「もうっ!!少しは素直になれないの!?!?」
「へ…!?俺いつも素直でしょ!?」
「か、神崎さん、ご無事でなにより…」
「…杉野くん、なんで朝から来てくれてないの?」
「へ?…あ、朝から!?」
「そっかー…、杉野くんはわたしが不良に絡まれるかもとか心配してくれないんだ…。ショックだな…」
「(ビクッ)いやいやいや、俺は朝からずっとここに居ましたよ!?な、そうだろ!渚ぁ!?」
「…そ、そうだね、杉野は神崎さんが心配でずっと隠れてたんだよ!だ、だけど、そうトイレ!トイレ行ってたんだよね…!?」
「そうなんだよー!肝心なときに役に立たなくてほんとごめんな!あはははははー!!」
矢田とカルマ、そして神崎と杉野。
なんだかんだでうまくいってるじゃない。
はー…よかった。
こうして三人でのボウリングは、そのままお開きになって、私はなんとなく流れで千葉と帰ることになった。
〈千葉龍之介視点〉
川沿いの土手を速水と並んで歩く。
タートルネックのセーターにミニスカート、編み上げのショートブーツ姿がとってもかわいい。唯一気になるのは、いつもより少し硬い表情をしていること。
俺にはわかる。速水がこういう顔のときは、いつも決まって俺に何か言いたいことがあるときだ。
かくいう俺も話したいことがあるんだけど…。
「ねえ千葉、私に何か言いたいことがあるんでしょ?」
「へ…?…あ、でもそれを言うなら速水も、だよな?」
「…え?う、うん、まあ…そうだけど、千葉のほうが先に言ってほしいの」
「…じゃ、じゃあ、まず俺から」
「う、うん…」
「…今度の春さ、もし暗殺がうまくいったらだけど、俺たち別々の高校に行くよな?」
「…う、うん」
「…す、すこし気になることがあって…」
「…なに?言ってみて」
フー…、と俺は深いため息をついた。
「…は、速水、お前な、こ、高校行ってもお願いだから、他の男に靡いたりしないでいてくれるか…?」
「……え?」
「そ、そりゃあな、俺は見た目ちょっと陰気だし、そんなに取り柄もないし、カッコよくも…ないこともないかもしれん。けどな、俺はお前のことが……っておい、なんで俺が真剣に話しているのに笑ってんだ!」
「(プフッ)ちょ、ちょっと待って…ごめん」
速水はゴホンと咳払いをすると、睫毛の長いキリッとした瞳で真正面から俺を見上げてきた。速水と俺との身長差は約14センチ。
「あのね千葉、じゃあ今から私が言うこと、怒らないで聞いてくれる?」
「お、おう…」
「千葉がいつか殺せんせーに言われたことなんだけど」
「な、何だっけ?」
「共に自立し、いさという時に助け合える、そんな仲こそ、本当のパートナーですって」
「…ああ、たしかにそう言われたな」
以前原田さんのカフェで殺せんせーから言われた言葉だ。もちろん今も俺の心に深く刻みこまれている。
「私もね、正直言うと千葉を見てて不安になるときがあるんだ。ほんとはね…」
あっ…速水の目が少し潤んでいる。
「でも、せんせーの言う通りだと私も思うの。もし私が千葉に依存してしまったら、いつか私が私で失くなってしまう。そんな情けない姿、見たくないでしょ?」
「は、速水…?」
「これからも千葉に好きでいてもらうためには、私が千葉に何かを求めるんじゃなくて、まず自分自身を磨かないといけないって、そう思ったの」
そういうことか…。
速水は大人だ…。俺なんかより、ずっと。
「…すまなかった。俺もちゃんと自分磨きを怠らないように気をつける。そして、さっきみたいな情けないことはもう二度と言わないから許してくれ」
「…許すだなんて。…私も千葉を不安にさせたりしないように、もっと気をつける」
「俺からしたら速水は今のままで充分なのにな」
「ありがとう…」
夕焼けに包まれながら、俺たちはそっと抱きあった。なんでだろう…いつもより速水の身体が小さく感じる。
「…俺な、ほんとは速水と別の高校行くの、すんごくつらいんだ」
「…んん…(ヒック)…わ、私もよ…」
速水が震えている。
ヤバい…俺まで泣きそうになる。
「好きだ、速水…。ずっといつもいっしょにいられたらいいのにな…」
「う、うん…」
涙ですっかり頬を濡らしたまま、俺と速水は最上級の愛情を込めて、ゆっくりとキスをした。
「ねえ、千葉…」
「なんだ?」
「初詣、いっしょに行こうね」
「ああもちろん。合格祈願はしっかりしとかないとな。勉強もいよいよ追い込みだし」
「そうね、年が明けたらなるべく二人で過ごす時間も減らさなきゃね」
「…へ!?お、おい、ちょっと待て…」
「そろそろ千葉も苦手な教科、自分で頑張ってね?」
「…お、おう、って、いや、その…」
「どうかしたの?」
「こ、こういうときこそ、二人で過ごす時間も大事だと思うな、俺は」
「そうかな。受験生なんだし、そんなこと言ってられないんじゃない?」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ速水サン。会えなくなるとマジで俺、欲求不満で爆裂しそうになるんですけど!!」
「あ、そう、じゃあ月に一回だけいっしょに勉強しよ?」
「はああ…!?月に一回!?しゅ、週に一回の間違いだよな!?た、頼む!そ、そうだと言ってくれえええええ!!!」
「そんなこと言われても…」
「わ、わかった、勉強は月に一回でいい。その代わりにアレを頼む」
「アレって、なに?」
「毎日ディープキス」
「却下」
「…わかった。なら週三回で」
「回数の問題なの?」
「欲求不満で勉強に手がつかなくなったら困るだろ!?これは俺にとって死活問題なんだよ!」
「しょーがないなあ。まー、どうせ毎日射撃練習して帰るんだろうし」
「そういう問題じゃあない」
「…は?」
「週三回はキスの回数じゃないんだ」
「どういうことよ?」
「エッチの回数だ、速水」
「…ば!ばか…!!ち、千葉のバカ!大バカ!」
「あれ、顔が真っ赤だぞ」
「あ、あんたのせいでしょうがあああっっ!!!」
「それとな、大事なことを言い忘れるとこだった。年明け3日の朝から、うちの家族全員ばあちゃんちに泊まりにいく予定なんだよな」
「…そ、そう」
「でも俺は受験生だからお留守番。で、ものは相談なんだけど、速水さ、うちに泊まりにこねえ?」
「…え!?」
「だめか?(ドキドキ)」
「……い、いく」
「よっしゃー!(ガッツポーズ)」
「…せっかくだから、晩ごはん作ってあげる」
「お!やった!」
「でもエッチはなし、ということで」
「はあああああッッ…!?マジで!?ぐあああああッッ!!!」
二人でふざけあいながら帰る夕焼けの道。
考えてみたらあと数日でもう大晦日か…。ボロ校舎で過ごす日々が確実に終わりに近づいている。
年が明け、新学期が始まったら、俺たちE組の生徒は殺せんせーとどう向きあったらいいのか、結局その答えは見つけられないままだ。
せんせーの秘密を知った今、俺たちは本当に暗殺ができるのか。考えれば考えるほど不安と疑問が湧いてくる。
そして不気味なのが最近やけに静かなシロの存在。
それでもこの俺の横にはいつも速水がいてくれて、二人でつかんだ固い絆がある。
たとえなにが起きようとも、速水といっしょならなんだって乗り越えていける。そんな気がするのだ。