もし千葉くんがエロゲの主人公だったら 作:miyakokat
ガタンゴトン、ガタンゴトン…
『…次は日野です。The next stop is HINO…』
満員の快速電車。
千葉と過ごす3駅10分の貴重な朝の時間。
楽器のソフトケースを肩にかけた姿が、ライフルを背負ったかつての彼と重なって、まだひと月前のことなのにひどく懐かしく思える。
「そういえば、さっき何聴いてたんだ?速水」
向い合わせに立つ彼を見上げると、前髪のあいだから切れ長の赤い目がやさしく私を見下ろしている。
「聴く?」
イヤホンを彼に渡してアプリのボタンを押す。
♪~♪~
「お、きれいな声だな」
「でしょ?同い年だって」
「へえー、すごいな」
千葉に聴かせたのは、先日ある動画サイトでオススメに出てきたバーチャルアイドルの曲。
普段の私は猫の動画ばかり観ているのに、ここ数日その透き通るようなやさしい歌声にすっかりはまっている。片思いを歌ったこの曲が特に切なくて好き。
「こういうの投稿してる子って、普段どんな生活してんだろうな」
「普通にしれっと学校通ってるんじゃない?卒業するまでだれも気づかないとか、よくあると思うし」
「ふーん、そんなもんかねえ」
「千葉も変わってるから気持ちわかるでしょ?」
「おい、俺は普通の高校生だぞ」
「普通の高校生はそんな前髪してない」
「そうか、ならそろそろ暑くなってきたしバッサリ切ろうかな~」
「絶対にだめ」
「なんで?」
「なんでも」
…千葉は気づいてない。
さっきから千葉と同じ高校の女子がさりげなくこっちを見ている。1人、2人、…全部で5人か。
刺すような嫉妬と羨望の眼差し。
以前の私ならトラブルを恐れて自制したかもしれないけど、今は違う。悪い虫はなるべく早く取り除くに限る。
「とにかくだめなんだから…」
「…速水?」
急に私がもたれるように彼の胸に額をくっつけたので、千葉は驚いて私の肩にポンと手を置いた。
「…珍しいな、速水が人前で甘えてくるなんて」
「いやなの?」
「めっちゃうれしい」
「ばか…」
「顔見せて」
「だめ」
時間にして約1分。私は目をつむり、千葉の胸に額を埋めて過ごした。
充電完了、今日も一日これで乗り切れる。
ゆっくりと顔を上げると、彼を慕う女子は皆どこかに消え失せていた。
☆ ☆ ☆
──市ヶ谷、防衛省。
「…そうですか、わかりました。…ええ、では」
カチャッ…
「どうでした?烏間さん」
「ダメだ。サミットがあるから人員を割けない、と…」
「そうですか…。何かあってからじゃあ遅いと思うんですけどね。これを見てください」
烏間の部下、鵜飼健一がパソコンのモニターをスクロールする。
「ちょっと検索に手間をかければ、すぐに元E組生徒の個人情報が手に入ります」
「……。」
烏間とその部下3名は、防衛省に復帰して超生物関連の残務処理を終えるとすぐに、統合情報部特別海外調査室に異動となった。
昨夜烏間はかつての教え子矢田桃花から電話をもらい、朝一番に元E組生徒の警護を警察庁に依頼したが、結果はこの通り。
烏間は上着を羽織ると、鶴田博和に書類を手渡した。
「お出かけですか?」
「ああ、直接行ってもう一度掛け合ってみる。すまんがイリーナが来たら俺の代わりにオリエンテーションをしておいてくれ」
「今日でしたね。それに室長昇進、おめでとうございます」
「ありがとう。これからもよろしく頼む」
烏間は部下に見送られながら部屋を出て、エレベーターへと向かった。
──いったいどこのだれが矢田さんとカルマ君を襲ったのか。元E組の生徒を狙ったのだとすれば、その理由は…?
IDカードをセンサーにかざしてエレベーターに乗り込むと、しわくちゃの黒スーツに黒縁メガネ、不精髭の若い男が先に乗っていた。
烏間が「閉」ボタンを押した途端、その男が口を開いた。
「烏間さん、ですよね」
「……君は?」
「あなたにとても興味を持っている男です」
「…?」
「せっかくの課長ポストをわざわざ蹴ってまで、愛する女性を自分の部署に入れるだなんて、わが国の誇る忠犬殿も存外ヌルいお方なんですね」
「…誤解するな。俺は現場の人間、彼女は適材適所、ただそれだけのことだ」
よく見るとこの男、意外と若い。顔にまだ少年の面影が残っている。
「要するに結果で評価しろってことですか。大した自信だなあ」
「お前はいったい何者だ…?」
烏間はこの程度の挑発で気分を乱されるほどヤワな男ではない。
「どうせ近いうちにまたお会いしますよ。では…」
ぼさぼさ頭のこの男は、気だるそうにエレベーターを出た。降りた先は大臣官房。
──あの男、どこかで…。
「……。」
烏間は地下鉄に乗ってからもしばらく考えていたが、結局思い出せないまま霞ヶ関に着いた。
◇ ◇ ◇
翠山学院大学附属高等学校、昼休み。
「なあ、矢田さんどこいった?」
「テニス部の部室じゃね?」
「そっか…昼休みに目の保養先がないなんて非常に残念だ」
「お前、ほんとハマってんな。ま、気持ちはわかるけど」
「めっちゃかわいいよな…」
「授業中、あの子ばっかり見てるだろお前」
「なんだ、バレてたのか」
「心配すんな、俺もいっしょだ」
「かわいいだけじゃねえ、プロポーション最高だし、性格も明るくてやさしいとか、ほんと完璧すぎるだろ…」
「しかもあのグラビア体型でスポーツ万能。テニス部の連中がうらやましすぎるぜ…」
「あー!ガマンできねー。俺、あの子に告ろうかな…」
「やめとけ。入学してからアタックしたやつ、10人は下らねえらしいぜ。もちろんみんな撃沈したけどな」
「マジかー」
「まーた男子が桃花ちゃんのうわさしてる」
「スゴい人気だね。まあ、かわいいもんね」
「モブがいくら頑張ったってムダよ。桃花さ、めちゃくちゃカッコいい彼氏がいるらしいよ」
「え!やっぱりあのウワサほんとだったんだ!あれでしょ?椚ヶ丘の赤い悪魔って…」
「あのケンカ最強で有名な赤羽くん?」
「知ってる!すんごくカッコいいよねー!」
「えー!わたしも見てみたい!」
「じゃあさ、今度桃花に頼んで、みんなで会わせてもらおうよ!」
「…き、聞いたか今の!?」
「あ、ああ…、あの赤羽カルマが、や、矢田さんの彼氏だ、と…」
「さ、最強のセキュリティサービスが付いてんのか…」
「ああ…終わった、俺のハッピー高校生活」
ううう…!みんなでなに話してんの!?
き、教室に入りづらい…。予鈴が鳴るまでどこかに逃げようかな。
…あ、そうだ、忘れてた!
わたしはくるりと踵を返し、校舎の外に出て中庭のベンチに腰かけ、スマホを取り出した。
「…ごめんね律。今いい?」
『はい!桃花さん』
「昨夜のこと、LI○Eでみんなに上手に伝えてくれてありがとう」
『いえいえ、どういたしまして』
「でもあれ読んだらさ、いったい誰が襲われたの?ってやっぱりみんな思うよね…」
『大丈夫です。桃花さんとカルマさんのことは誰にも言ってませんからご安心ください!』
「ありがとー!ほんと助かるよ。それよりさ、律は最近どうなの?元気にしてる?」
『わたしですか?あ、そうそう、この4月からわたし新しいマスターにお世話になってるんですよ』
「へえー、そうなんだ。どんな人?」
『そうですね…。一言で言えばドSかな…』
「え…?」
『わたしね、あの人にntrれたん…い、いや、なんでもないです。忘れてください』
「…?」
『それより桃花さんも新しい学校生活、楽しくやってますか?』
「そうね、友達も結構できたし、テニスも楽しいし。勉強は大変だけど、まあまあかな~」
『さすがは学校一の男子のオカズ、リア充ですね』
「…ご、ゴホン。そ、それよりみんな元気かな、何か聞いてる?」
『大変みたいですよ、めちゃくちゃモテて』
「あー、わかる。メグとか?」
『ですね。もうファンクラブができました…女子の』
「ハハハ…」
『神崎さんは相変わらず男運よくないし』
「杉野くんはどうなの?」
『まーだ、モタモタしてますね。一言で言うとヘタレ、それに尽きます』
「ハハハ…、他のみんなも元気?」
『それがですね、オカン…じゃなかった原さんが最近急に吉田さんといい感じなんですよ』
「へええ…!意外だけど、結構お似合いかも」
そういえばあの二人、教室以外でもよく話してたな。
『そういえば倉橋さんが岡島さんと付き合い始めたのって知ってました?』
「知ってる!!陽菜乃から聞いてびっくりしちゃった。大丈夫なのかな、岡島くんで…」
『意外と岡ちん、普通にデートしてますよ。エッチは明るくスルーされてますけど』
「…ま、まあ、そうだろうね。…あ、そうだ、中村さんと菅谷くん、うまくいってる?」
『菅やん、なんだかんだと理由をつけては中村さんのヌードばっかりスケッチしてますね』
「へ、へええ…、あ、あの…さ、り、律、なんかキャラおかしくなってない…?」
『そりゃね、毎日毎晩マスターにとんでもなくコキ使われてますから、多少ヤサグレても仕方ないってもんですよ…』
「そ、そうなんだ…。そ、それよりみんなのことあれこれ教えてくれて、ほんとありがたいんだけど、そんなにしゃべって大丈夫なの…?」
『気にしないでください。桃花さんとカルマさんのイチャイチャ話もわたし結構みんなにベラベラしゃべってますから』
「…こ、こらああああああああッッ…!?!?」
* * *
──川立高校、放課後。
〈佐倉ミオ視点〉
「許せねえ…許せねえぞ千葉!お前だけは絶対に!」
「うっるせえな、いいかげんしっつこいぞお前!」
軽音部の部室。
朝からずっと千葉くん、昨日のことをヒロキになじられ続けてほんとかわいそう。
「あんなかわいい子と千葉が付き合ってるだなんて、世の中マジで狂ってるわ!おい!110番しろ!警察はなにやってんだ!日本の司法制度はいったいどうなってる!?」
「知らねーわ!バカ!」
わたしたちはいま6月のバンドコンテストに向けて曲選びをしている。ヒロキのせいで一向に進まないけど…。
「千葉!お前に彼女はもったいねえ!俺に寄越せ!」
「だまれ!お前ごときに速水がやれるか!」
うっるさいなあ…。わたしはため息をついて黒板に書かれたメンバー表を見つめた。
ギター(橘ヒロキ)、ベース(千葉龍之介)、キーボード(わたし)、そして中学からのバンド仲間でドラムの山科ダイスケくん。
まー…たしかにヒロキが騒ぐのもわからんでもないけどね。千葉くんの彼女、女のわたしが見てもハッとするほど美人だったもん。
キリッとした目がとってもクールで、はにかんだように笑うとまたそれがかわいい。初対面のわたしにもちゃんと会釈してくれて、真面目ないい子だと思った。千葉くんが惚れるのもわかるよ、うん。
「…ヒロキ、もういいだろ。そろそろ決めようぜ」
「おう、もうこんな時間だしな」
ドラムの山科ダイスケくん、見た目も性格もパンダみたいに穏やかだけど、パソコンでの音楽制作にとても精通してて、彼のことはヒロキも一目置いている。
特にこういうウダウダしたときに、彼が一言ピシッと言ってくれるとほんと助かる。
「で、選曲だけど、俺は千葉の希望したパンクの曲でいいと思うんだよな」とヒロキ。
「俺も同意」とダイスケくん。
「さんせー」とわたし。
「えっ…!?ま、マジでいいのか!?ほんとに!?」
「おう、そのかわりあと一曲は、ミオの好きなボカロの曲にしてやってくれ」
「わかった」
「じゃ、これで決まりな」
よかった…。正直、千葉くんがハードコアパンクが好きだと聞いたときはちょっと驚いたけど、選曲した曲はドドドガガガ系じゃなくてパンクでもなじみやすそうな曲だったのでホッとした。
「なんだよ千葉うれしそうだな。単純マンめ」
「はあ?そんなこと言うなら辞めちまうぞ」
「おいー、そんなこと言うなよ…。頼む!俺のモテモテ高校生活のためだ。お前は尊い捨て石になってくれ!」
「るせえ!余計辞めたくなるわ!」
口ではなんだかんだとケンカっぽくなるけど、ヒロキはさりげなく千葉くんを立ててるし、千葉くんもそれをわかっててやっているようだ。
こういう男同士ってなんだか微笑ましいなー。ヒロキの動機は不純だけどね…。
「さ、そろそろ帰ろうか」
「あ、ダイスケくん、鍵締めるのちょっと待って。わたしトイレ行ってくる」
タタタ…、ガラガラ、…バタン。
ふー…、でも千葉くんがバンドに入ってくれてほんとによかったよ。ヒロキのいいツッコミ役だし、この四人で挑めばコンテストも結構いいとこ狙えそう。うん、楽しくなりそうだ。
ガラガラガラ…
『キャハハ!ほんとなの?』
『あったりまえじゃん、そんなの』
…あ!あの声…。
『しかしレイカもひどいね~。ほんとは千葉くんのほうが好きとかさ、橘くん聞いたらめっちゃ凹むよ?』
『仕方ないじゃん、ヒロキより彼のほうがイケメンだしさ、それより聞いた?千葉くんの彼女のこと』
『あー、聞いた聞いた、今朝すっごい見せつけたらしいね。女の独占欲ってほんと怖いわー』
『ま、ヒロキと別れたら、このわたしが千葉くん奪うからさ、それまであんたに預けとくって感じ?』
『キャハハ!レイカ最高!』
『…それよりなんなの、あの佐倉ミオって女、うざいのなんの』
『あー、橘くんのそばをいっつもチョロチョロしてるよねー』
……!
『陰キャのくせに、生意気だよね。このレイカさんが一発シメてやろうかな』
『アハハ!手伝うよ、いっしょにシメよ?』
ガラガラガラ…
……。
「佐倉、どうかしたのか?」
落ち込んだわたしがしばらくしてから部室に戻ると、千葉くんとダイスケくんだけが残っていた。
「ううん、なんでもない…。ヒロキは?」
「剣崎レイカと先に帰った」
「そっか…、そうだよね」
千葉くんが「おや?」という顔をした。
「…ごめん、じゃあお先!」
いたたまれなくなったわたしは、カバンをつかんで逃げるように部室を後にした。
<続く>
「おい!エッチなシーンはねえのかよ!?」
す、すいません!…じ、次回必ず書きます!