もし千葉くんがエロゲの主人公だったら 作:miyakokat
8月。
殺せんせーの暗殺期限まで7ヶ月を切った。
ここ数日、南の島での暗殺計画に向けて、クラスのみんながロヴロさんの指導を受けながら、着実に準備を進めている。
「そう、その姿勢をしっかり身に付けるといい。肝心なときに軸がブレないようにな」
「ありがとうございます」
「その調子で頼んだぞ」
ロヴロさんは速水の肩をポンと叩いて烏間先生のところに戻っていく。速水は少しうれしそうにして俺に話し掛けてきた。
「やっぱりプロの暗殺者の指導は違うね」
「ああ。ほんと勉強になる」
俺も経験豊富なロヴロさんのおかげで、不安定な場所での狙撃に自信がついてきた。
「でも私たちだって、スゴいと思うけど」
「…?」
「だって、ここまでほとんど独学だったのに、プロに褒められたんだから」
「そうだな。俺もたまたま射撃が性に合ったくらいに思ってたんだが、ああも褒められるとテレちまうよな」
俺がそう言うと、速水が真剣な顔になった。
「千葉は才能があるよ。もっと誇っていいと思う」
「え…?」
速水の意外な言葉に戸惑っていると、胸ポケットに入れたスマホから律の声が聞こえてきた。
「わたしもそう思います。千葉さんはほんとに狙撃の名手ですよ」
「な、なんだよ律まで…」
褒められるともちろん悪い気はしない。でも正直言えば、クラスみんなの期待が大きくて、それがプレッシャーになってきているのも事実。
この度の暗殺計画はクラスみんなで真剣に考えて、入念に立てた計画だから、少しのミスも許されない。
『最後の狙撃はやっぱり千葉と速水さんだな』
『がんばってね、二人とも』
『ああ…もちろんだ』
『うん、がんばる…』
みんなの期待がうれしい反面、俺と速水は毎日が焦りと緊張の連続だった。
「みんな集まってくれ」
烏間先生の掛け声でクラス全員が集合する。
「さて、いよいよ普久間島での作戦があと3日に迫ってきた。そろそろ体調を整えるためにも、今日から居残り練習は止めて早く休んでほしい。わかったな」
「「「「「はい!」」」」」
「おーい千葉、帰りに原田さんとこ寄って帰れよ」
校舎に戻る途中、菅谷に呼び止められた。
「なんでだ?」
「お前に用があるからこいって」
「そうなのか?」
「俺も三村も今日は用事あるから、お前だけで行ってこい」
「わかった」
原田さんというのは、以前菅谷に紹介してもらったカフェのマスターだ。何かと博識で、よく菅谷と楽しそうに絵画とか映画について話をしている。俺はその横で相づちを打つだけだから、原田さんから用があると言われても正直ピンとこない。
不思議に思いながらも俺は、住宅街にあるお洒落なカフェに立ち寄った。
カランカラン…。
「よう千葉くん、来たか」
手招きでカウンターの席に座る。
原田さんの店は美味しいコーヒーにこだわる反面、サイドメニューが極端に少ない。なのにいつもたくさんのお客さんであふれている。
「よく日に焼けて。元気そうだな」
「マスターも」
「ああ、おかげさんで」
原田さんは縁の薄い眼鏡に口髭と短めの顎髭がよく似合う20代後半のイケメンだ。理系っぽい雰囲気に似合わず、清潔なシャツの下は精悍な体つきをしている。
コーヒーが出てくるのを待つあいだ、俺は以前から気になってることを訊いてみた。
「原田さんはこの店を始める前、何の仕事をされてたんですか?」
「ああ、話してなかったっけ」
コーヒーを淹れる原田さんの無駄のない手つきに目が奪われる。
「劇団で役者をしてたんだ」
「ああ、なるほど」
「向いてないからすぐ辞めたけどな」
「そうですか?男前だし、人気ありそう」
「ああ、すんごくモテた」
俺は原田さんが頭にタオルを巻いて、稽古に打ち込むところを想像してみた。
「でもな、役者として才能があるかないかって、残酷なもんだ。同い年の有名なヤツと舞台に立って、自分にはこんな才能はないって気づいちまった」
「そうなんですか…」
「ただ役者の仕事が好きなだけじゃあダメなんだってね、そのとき思い知らされた」
才能か…。
速水から射撃を褒められたことを一瞬思い出した。
「でも今は人気店のオーナーですよね」
「なんとかな。よく言うけど、始めるよりも続けていくのが難しいって、ほんとそう思うよ」
原田さんはこのカフェだけでなく、ショットバーとかいくつか経営しているらしい。
「里紗さんでしたっけ。美人の彼女さん、お元気ですか?」
「里紗は仕事で沖縄に行ってる。明日帰ってくるかな」
俺が原田さんの彼女の名前まで憶えているのは、姉妹かと思うほど里紗さんと速水の雰囲気がそっくりだからだ。でも考えてみれば速水は一人っ子だから、あり得ないことではあるけど。
一度だけ原田さんと里紗さんが手をつないで街を歩いているのを見たことがある。通りがかりの人が思わず振り返るほどの美男美女カップルで、正直とても羨ましかった。速水も大人になったらあんな感じになるんだろうか。
「沖縄って、写真集かなにかですか?」
「そう。アイドルの何とかいう子の」
実は里紗さん、売り出し中の人気カメラマンなのだ。
「被写体よりもカメラマンのほうが美人だったりして」
「ハハハ」
夢中になって原田さんと話しているうちに、お客さんが一人、二人と帰っていく。そろそろこの店の閉店時間だ。
「そういえば、俺に用があるって」
「そうそう」
原田さんはお客さんが全員帰ったのを見届けてから、玄関のガラス扉の表示板を「CLOSED」に切り替えた。
「千葉くん、クラスに好きな子がいるんだって?」
「…は?」
「野暮なこと訊いてごめんな」
「…い、いえ、でもなんで?」
菅谷のやつ、しゃべったな?
「ああ、これは創介から聞いたんじゃない。正直に言うと君のお姉さんから聞いたんだ。うちの弟がモタモタしてるから話を聴いてやってくれってな」
ぐぬぬ…クソ姉貴、余計なことを。
それに原田さんと知り合いだなんて知らなかったぞ。
「どんな子なんだ?千葉くんの好きな子って」
はあー…。こんなシチュエーションで訊かれたら、そりゃあ答えるしかないよな。
俺は速水との出会いからこれまでの経緯について、時間をかけてゆっくり原田さんに話した。もちろん暗殺とか殺せんせーの事は伏せた上でだ。
原田さんは何度も頷きながら、時々的確な質問を挟んでくる。その聞き上手な雰囲気に押されて、自分でも驚くほどベラベラと俺は正直にしゃべってしまった。
「で、なかなか先に進めなくて困ってる、と」
「そうですね…」
「千葉くん自身はどうしたいんだ?」
「お、俺ですか。もちろん速水と付き合いたいに決まってます」
「なら結論は出てるよな」
「…でも正直言うと、いま練習で一緒にいる時間が長くて、それで満足してる部分もあるんです」
「キスしてくれたくらいだから、彼女だって何の問題もないんじゃないのか?」
「そ、そうですかね…」
「何が言いたいのかな、千葉くんは」
原田さんは流しにもたれて、換気扇のスイッチを押して煙草に火を着けた。
「笑わないでくださいね」
「笑わないよ」
「…俺、速水のこと、真剣に好きなんです」
「だろうな」
「…だから、どんな風に告白すれば俺の本気が伝わるのかなって…。もし断られたらと考えただけで、死にそうな気持ちになるんで…」
「…そうか」
「臆病でバカみたいですよね」
「んなことはない」
「ですかね…」
「千葉くん」
「…は、はい」
俺は原田さんの真剣な声で思わず顔を上げた。
「今から言うことは、ふざけて言っているんじゃないから真面目に聞いてほしい」
「…わ、わかってます。ちゃんと聞きます」
「男と女では、異性に求めるものに違いがあるんだけど、それが何かわかるか?」
「い、いや…わかんないです」
「男が女を選ぶときの基準はな、セックスしたい相手かどうか。それと自分が落とせる相手かどうか。その二つなんだ」
「…極論ですね」
「違うか?」
「…いや、ぼくには経験がなさ過ぎて、よくわかりません」
フー…と原田さんが煙を吐いた。
「千葉くんだって速水ちゃんとセックスしたいから悩んでるんだろ?」
「身もフタもないですね」
「否定はしないんだ」
「…うぐぐ」
「じゃあ逆に、女の子は男を選ぶとき、何を基準にしているかわかるか?」
「…それがわかったら苦労してないですよ」
「それもそうだな」
原田さんは煙草を灰皿に押し付けた。
「女の子はな、相手が尊敬に値する人間なのか、価値観が自分と合っているのか、そこが大事なんだ」
「尊敬と価値観、ですか…」
「ああ」
俺は原田さんが言葉に込めた意味がわからず、考え込んでしまった。
「見た目がハンサムだとか、お金持ちだとか、そういったことで近づいてくる子ももちろんいる」
「…はあ」
「でもしばらく一緒に居れば、相手が尊敬に値するかどうか、必ず気になってくる」
「…よくわかりません」
「男は目先のセックスしか興味がない代わりに、女は考えることの射程距離がとてつもなく長いんだ。一緒に暮らすようになったらこの男はどうなっていくのか、変わらず自分の事を好きでいてくれるだろうか。カッコいいだけ、見た目がいいだけで何の考えも信念もない男は、女から見たら余計に底が浅く思えてしまう」
「…そうなんですか」
「それと女の子というのは、世の中で自分のことを一番だと思ってくれる人を求めているもんなんだ。途中カッコ悪くても無様でもいい、最後はいつも真剣に自分のことを思い続けてくれる、そんな人をな」
「…」
「それなら自信あるだろ?」
「はい」
「ヘタクソでいいから、とにかく今の自分の気持ちをしっかり言葉にするんだよ。あとは当たって砕けろ」
「わかりました」
「がんばれよ」
「あ!」
「なんだ」
「俺、今みんなから期待されてることがあって…」
「ほう」
「それがうまくいったら速水に告白します」
「よくわからんけど、それは大事なことなんだな?」
「…はい!」
俺は心に決めた。
自分が速水にとって尊敬に値する人間かどうか、普久間島での暗殺計画でそれを証明しよう。そしてうまくいったら速水に自分の思いを伝えよう。
うまくいかなかったら…?
ifのことはとりあえず今は考えられない。
全力で自分に託された任務を果たす。
今の俺に出来るのはただそれだけだから。