エイナの機転によって、『デートのフリをして男神を諦めさせよう作戦』が始まった。
エイナは恋人のように仲睦まじい姿を見せつければ、流石に男神も諦めてくれるだろうとの思い付きで作戦を実行した訳だが…
「あ、あはは…いい天気ですね…」
「えっ?あっ、そうね…こんなに星が綺麗に見えるなんて珍しいかも…」
付き合いはじめのデートのようにぎこちない会話。二人して空を見上げる。確かに雲が一つもなく星が燦燦と輝いている。
「「…………………」」
((どうしよう…))
――恋人のフリって…………なに?
互いにほとんど恋愛経験がないために何をしたらいいか分からず、ベルに至っては緊張のあまりカチコチになってしまっていた。
エイナも平静を装っているものの、仕事一筋で生きてきたために恋人らしいことなど何をすれば良いか分かるはずもなく困り果てていた。
(頼みの綱のベル君は……)
困ったようにベルに視線を向けると、同じように助けを求めるような視線を向けたベルと目があった。
「へっ?あっ、えと…その…え、えへへ…っ」
急に視線がガッチリと合わせられたベルは頬を掻きながら非常に分かりやすく照れた。
全くもって頼りない様相で照れ笑いするベルを見て、困窮していたことを忘れてエイナはクスリと笑った。
(デートのフリって言ってるのに…すごく緊張してる)
エイナはベルより年上なのだから、大人らしくリードしてあげなきゃと心に決め、ぎこちない歩みとなったベルに手を差し出した。
「ベル君…手、繋ごう?」
「はっ、はいぃっ!」
ベルは背筋をピンと伸ばし、裏返った声で返事をすると、エイナの手に恐る恐る手を伸ばした。その姿は臆病な小動物のようで可愛らしいと感じてしまう。
しかし、ベルの手がエイナの手を握った瞬間、エイナの心中から小動物のイメージが払拭された。
(――うん…冒険者の手…だなぁ…。ゴツゴツしてて…マメだらけ…。いっぱい頑張ってるんだね…ベル君)
思わず両手で握って確かめるように触ってしまう。頼りない少年の手は、困難を乗り越えて成長を続ける冒険者の手だと思い知らされたかのようだった。
「…あ、あの…エイナ、さん?」
「…あっ、ごめんね!こんなにしっかり男の人の手を触るの初めてで…」
「い、いえ…。えと…そ、それじゃあ行きましょうか!」
「うん。ベル君、エスコート…お願いね」
「まっ、任せてくださいっ!」
再びおかしなほど背筋を伸ばしたベルがエイナの手を引いて一歩先を歩いていく。
(どこか頼りないけど、なんか安心するなぁ…)
ロボットのように凝り固まった動きを見せるベルを見て、エイナはふふっと笑みを零した。
繋がれた手はエイナに不思議な程の安心感を与えてくれる。
(本当の恋人同士って…こんな感じなのかなぁ…)
繋がれた手から伝わる熱、緊張した面持ちの横顔。ベルとこうして手を繋いで歩いているのは全然嫌じゃない。むしろ――
(って何考えてるのエイナ!?これはデートのフリなのよ!ベル君とは恋人同士を演じているだけ…///)
そう自分に言い聞かせるも、一度意識し始めるとドキドキは加速するばかりで、ベルの顔をまともに見れなくなってきた。
暫く両者ともに茹で蛸のように真っ赤になりながら歩いていると、ベルが視界に入ったレストランを指差した。
「あっ、エ、エイナさんあの店はどうですか?あのテラスの席で…」
「ふぇっ!?あっ、あのテラス席ね!いいんじゃないかな…」
エイナは異を唱えることなく賛同し、手を引かれるままにテラス席にエスコートされる。
通りにところ狭しとテラス席が並び、様々な人種のカップルが仲睦まじく逢瀬を楽しんでいる光景を通り抜けて、空いた席を見つけるとベルは椅子を引いてエイナに着席を促した。
「エイナさん、どうぞ」
「あ、ありがとうベル君…」
意外と様になっているエスコートにドキリとした。どこでこんな事を覚えたのだろう。
犯人は女たらしの
そうしている間にウェイターがメニューを持って現れ、伝票片手に
「オーダーがお決まりのようでしたらお伺いいたしますが…」
ベルは渡されたメニューを慌てて目を通して、本日のオススメと書かれたメニューに目が止まり、指を指した。
「え?えーと…あっ!!このLOVELOVEアベックジュースお願いします!」
文字の羅列のみのメニューのためまったく委細は分からないが、おそらく恋人同士向けのメニューであろうことは字面から察しがついた。
アベックの意味は分からないが、神々がよく使うスラングか何かだろう。
ともかく、恋人同士を演じるのであればと、ベルは脳死で注文を出した。
それを後悔するのは、現物が二人の目の前に現れてからだった。
「お待たせいたしました。こちら、LOVELOVEアベックジュースでございます。」
「「……………」」
ハートの形をした大きなグラスにピンク色のジュースが並々に注いである。そこまでなら普通のジュースで済むが…問題はそこに刺さっているストローだった。
一つだけ刺さっているストローは先端が2つに別れ、いかにも二人で飲んでくださいと言わんばかりの代物。それだけでなく、二人で飲めば間違いなく額と額がぶつかってしまう程、ストローの先端は短かった。
恋人同士のフリをしているだけの二人にはあまりにもレベルが高過ぎた。
二人の間に流石にコレは…という空気が流れるも――
「ジーーーーッ…」
テラス席を熱く見つめる視線が二人を貫く。語るまでもないが、例の男神である。
(視線が痛い……。の、飲まなきゃ怪しまれるよね……でも――)
「エ、エイナさん…無理しなくていいですよ…最悪僕一人で飲みますから…」
「えっ!?でも…凄い見られてるし……」
「そ、それじゃあストローに口をつけて…飲んでるフリを…僕が一瞬で片を付けるので…」
「そ、そうね…」
2つに枝分かれしたストローの片方に口を付けようとして両者固まる。そう、二人の度胸を試すが如く枝分かれしたストローの先端はとても短く、いざ飲もうと思っても両者ともに尻込みせざるを得なかった。
(うぅ…ベル君が嫌って訳じゃなくて…単純に恥ずかしいよコレ…)
周りはカップルだらけでそれぞれが自分達の世界に浸っているためベル達を凝視しているのは例の男神くらいしかいないが、エイナにとって恥ずかしいことには変わりなかった。
「あの…やっぱり難しそうなら僕一人で…」
そう言ってベルは苦笑いしながらグラスを自分の手前に引き寄せようとした。エルフの習性を理解しているからの提案なのかもしれない。
(ベル君……。…駄目よエイナ!私がお願いして付き合ってもらってるのだから……恥ずかしいけど……!)
エイナはドリンクを手元に引き寄せようとするベルの手を掴んでドリンクを円卓の中央に戻すと、ストローに口を付けた。
「んっ…///」
テーブルに身を乗り出して先端の短いストローを咥えてベルを待つ。普段の自分なら風紀の乱れが〜〜、などと言って注意しているような行為に顔が赤くなるのを感じた。
その一方、ベルはというと顔を僅かに赤らめて前髪を耳にかけてストローを咥えてベルを待っているエイナは女性免疫のないベルから見て色っぽいの度を越していた。
――女性免疫の低いベルの心臓は爆発した。
(ほあぁ↓あぁぁぁぁ↗ああぁぁぁぁ↑!?!?)
内心で盛大に発狂しながらベルはゴクリと喉を鳴らした。心臓はダンジョンで生死の境を彷徨った時並に激しく脈打っていた。
(スッ、ストローを咥えてジュースを飲み干すだけ…ジュースを飲むだけなんだ…!!!)
そう言い聞かせるも全く心は落ち着かない。人生で一番、男を試されてる瞬間だとベルは認識した。
しかし、いつまでも躊躇っていると例の男神からの視線の疑惑の色が濃くなっていくのを感じた。
(くっ…!!こうなったらストローを咥えた瞬間に目を閉じて飲み干す!!それしか…ないっ!!)
覚悟を決めてストローへと口を寄せる。エイナの顔に近づけば近づくほどに良い匂いが鼻腔を満たしてベルの鼓動は更に激しく脈打った。
しかし、ベルはなんとかそれを意識の外に強引に押しやってストローを咥えると、互いの前髪が風で揺れて触れ合うほどの距離が近づいた。
((――か、顔ちか…っ!!))
互いの瞳しか見えない、睫毛が触れるのではないかと錯覚するような近さ。
あまりの近さに驚愕で目を見開いたベルだったが、思い出したかのようにギュッと目を閉じてジュースを飲み始めた。
「ちゅ〜〜〜〜〜〜…!」
目を閉じ顔を真っ赤にしてジュースを吸うベルを目の前にするエイナもベルと同じく羞恥心に悶えていた。
異性とここまで接近したのは初めての経験で、心臓がバクバクとなっている。
(ベル君の顔近い…これじゃあまるで…キス、してるみたい……)
あと5cm程度近づけば互いの額がぶつかるほどの、呼吸をするのさえ躊躇う程の近さ。
異性にこんなに顔を近づけられたら絶対に跳ね除けてしまうかもしれないのに、不思議とベル相手だとそんな気分にはならなかった。
恥ずかしいことには変わりない。しかし、キスしているのと変わらないようなこの近さを許容してしまうのは、どうなんだろうか。
「ちゅう…」
気を紛らわすために控えめにジュースを口に含んだが、味は全く分からなかった。
「ぐぎぎぎぎぎぎぎぎぎぎっ!!!」
互いに頬を染めてジュースを飲み合う二人が織り成すガムシロップのように甘ったるい空間を見せつけられた男神は血の涙を流してそれを見つめて歯噛みした。
この後、ショッピングに屋台の食べ歩き、果ては夜景を二人で眺めたりと恋人らしいことを一通りやってきたベルとエイナだったが、件の男神は未だにベル達の尾行をやめる気配がなかった。
「――うっ…ぐっ…はぁ……はぁ……ッ!わ、私は……み、認めないぃぃぃっ!」
確かに恋人のフリをしている二人だが、互いに少なからず想っている節があり、初々しいゲロアマカップルのデートを見せつけられれば常人なら即効で折れるものだが、この男神は未だに尾行している。
ベルとのデートはとても有意義な時間だったのは間違いないが…あの時間を持ってして諦めないとなると、もはや、何をすれば諦めてくれるのか分からない。エイナは途方に暮れていた。
「…ま、まだいますね…あの
現在、ベルとエイナはオラリオの南区の繁華街からあてもなく東の方へと歩いていた。
背後から響く声にベルはチラリと未だに執念深く尾行を続ける男神に視線を一瞬向けて驚嘆した。
物陰に潜みながらも、もはや隠す気がないのではないのかという程の声で血の涙を流しながら怨嗟を振り回す男神が目に入る。
諦めの悪さは流石神といったところか、夜のオラリオの喧騒さえ静かになり始める時間になっても男神は付いてきた。
かなり歩き回ってベルもエイナも足が疲れるほどだというのに、尾行で変なポーズを取り続けている男神に疲労の様子は見えないのだから余計にウンザリとした気持ちになる。
どうしたものかと二人歩いて思案に耽けながら歩く――
歩く――
歩く――
――気が付いた頃には街並みがガラリと変わり、いかがわしい雰囲気の店の軒並みが二人を取り囲んでいた。
妖しいピンク色の魔石灯がぼんやりと夜闇を照らして蠱惑的な笑みを浮かべる娼婦達が肢体をくねらせて雄の本能を掻き立てては手招いて、誘いに乗った冒険者に抱きつきながら店の中へと消えて行く。
――そう、そこはオラリオの南東に位置する色街。露出の高い服装の娼婦達が店の前で艶かしく客を誘惑してはカラダを客に絡ませながら店の中へと消え、男女の営みが色んな意味で盛んに行われる、性と欲望が入り乱れた場所。
二人はビタリと立ち止まり顔を真っ赤にして口をパクパクさせて
「――ひ、引き返しましょうベル君!こっ、此処は君にはまだ早いと思うな!」
風紀の乱れしかない色街に迷い込んでしまったと理解した瞬間、エイナはベルの手を引いてすぐさまこの場から離れようとした。
「はっ、はいぃっ!!!そそそそうですねっ!!」
ベルもエイナの手に逆らわずに回れ右して色街から脱出しようとしたが――
「わぶっ!?」
「おっと」
振り返った瞬間ふにゅんと柔らかい2つの触感がベルの頭部を包み、甘いフェロモンのような香りがベルの鼻腔に充満した。
慌ててそこから顔を引き抜くと、艶の良い褐色の豊満な肢体を最低限に隠した露出の高い服装のアマゾネスが目の前に現れた。
「ん〜?なんだい少年…アタシを買いたいのかい?言っておくがアタシは安くないよ?でも…オマエから良い匂いがするねぇ…良い雄の匂いだ…。味見も悪くないかねぇ…♡」
「ひっ…………!?」
舌なめずりをしながらベルの匂いを嗅ぐアマゾネス。
瞬間、ベルの脳裏を過るは、貧乳アマゾネス…。ティオナによって齎された最高の快楽と甘い悪夢が頭を支配する。ベルの精神がゴリゴリと削られていく。貧血になったかのようにベルの身体がフラついた。
(――くっ、喰われる…!絞られるっ…!!!)
その場から逃げるように後退りするに留まらずそのまま地面に崩れ落ちそうになるベル。エイナは咄嗟にベルの体を受け止めてその豊満な胸部に抱きかかえた。
「べ、ベル君!?」
へなへなと力なくエイナに凭れかかるベル。意図せずして色街に辿り着いてしまった事、ベルの突然の変調にエイナは目を白黒させながらベルに問を投げるも、肝心のベルは悪夢に魘されるように唸るだけだ。
「あ〜?なんだいもう女侍らしてんのかい?可愛い顔して少年も意外とヤるじゃないか!今度はアタシを買ってくれよ?」
実際は気をやってしまってエイナの体に抱きとめてもらっているだけなのだが、傍から見ると情熱的に抱き合っているように見えるらしく、アマゾネスは非常に残念そうにしながらも熱い投げキッスをベルに送りながらも夜の喧騒に消えて行った。
「ベル君、もう大丈夫だよ?…ベル君?」
「…うぅ……もぅ、
アマゾネスが居なくなってもベルは未だに魘されては譫言を零す状態である。
「うぅ…もー!君って子はどうしていつも私を困らせるのかな…」
体にも力が入っておらず、引きずって移動するにもかなりの労力が必要そうだった。
冒険者ではないエイナにとって、意識のはっきりしない男性一人を移動させるのは非常に難しい。
それを重々承知しているエイナは困ったように呟くが、意外にもその表情は柔らかかった。
(ベル君…最近、なかなか頼ってくれなかったし…)
爆速でランクアップするベルが中々頼ってくれない事に若干の不満を募らせていたエイナにとって、こうして身を預けられている状況は悪くない気分だった。
こうした状況を頼られているかどうかというのはさて置いて、である。ホクホク顔で胸中の白兎を抱きとめながら、どうしたものかと思考と視線を巡らせるエイナの目に、ある看板が映りこんだ。
――休憩 2時間 5000ヴァリス
ネオンカラーが彩る怪しい雰囲気の看板に記された文字列。
(あの店って…い、
以下に清純なエイナでさえ、職場の同僚や冒険者からそういった話題が耳に入る事もあるし、少なからず興味はある。
(うぅ…あそこなら、ベル君の介抱が出来るかも…でも…)
仕事が恋人と言われるほど、仕事に対して熱意を持って取り組んでいるが男女の仲に全く興味がないといえば嘘になるし、好みのタイプだってあるにはある。
連れ込み宿がどういう所なのか分かるし、そこで行われる営みも知っている。経験はないが。
自分だっていつかは深い仲に進展した男性と……行くのかもしれない。
そう考えた瞬間、エイナの脳裏に胸中で魘されている
(い、いや…ベル君は、その…世話のかかる弟みたいな子で…そ、そういう関係になるとか………
――そう、私の男性のタイプは、世話を焼いてあげられる少し頼りないくらいの…男性…で……)
思考を深く巡らせれば巡らせるほど、理想の男性とベルの笑顔がピントが合っていく。
胸の鼓動が次第に速くなり、体温が急激に熱くなったように感じた。エイナは顔を真っ赤にしながら胸中の白兎を見下ろした。
「…か、介抱するだけ、だから……そう、仕方ない事なのよ…」
未だに魘されている様子のベルと連れ込み宿に視線を何度も行ったり来たりをさせながら、エイナは遂に決断したかのように、ベルを抱きしめながら連れ込み宿に向かって歩き出した。
(うぅ……もう!ベル君の馬鹿!)
エイナはベルが倒れないように支えながら連れ込み宿の扉をくぐっていった。意図せずして密着する二人の姿は傍から見たら、イチャイチャしながら連れ込み宿に入っていくカップルにしか見えなかったという。
「ば、馬鹿な……!!!嘘だ!嘘だ嘘だ嘘だ!嘘だぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?!?」
その様子をまざまざと見せつけられた男神はガクリと膝折って地に伏して慟哭した。
エイナさんinラブホテルwithラッキースケベ野郎
何も起きないはずがなく…