※この作品はR-18です。

甘えて、甘やかして   作:ぴんころ

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第一話

 ──ごめんなさい! あたしが、いなかったらこんなことには……!──

 

 夢の中、一人の少女が横たわる俺のそばで泣き叫んでいた。

 空色の幼い少女。

 だが、この光景はありえないはずの光景で、だからこそ夢なのだということに気がついた。

 

 ──これは、俺が右足を失った時の夢。

 

 正確にはそれを元にした現実にはなかった事実なのだろう。

 

 だって、この事件が起きたのは十年前で。

 

 夢の中の彼女は今とまるで変わらない姿で。

 

 そして何より、十年前は俺が未だ夢に出てきた彼女と出会う前の時間軸なのだから。

 

 だから、自分にとって都合のいいもの以上にはなりえないこの夢に浸りたいという気持ち、そしてこれ以上自分の欲望を真正面から見つめたくはないという気持ち。

 

 そのどちらも、この夢に掻き立てられている。

 

 そこで、視界が歪んだ。

 

 これは目覚めの予兆だ。

 肉体が覚醒に向かっていることの証拠だ。

 普段であれば、これはとてもいいことのはずなのだ。

 右足を失った時のことなど、思い出したくもないことなのだから。

 

 けれど何故か。

 

 いつもと同じように夢の終わりを迎えることに、今日だけは何故か惜しむ心があったのだ。

 

 

 

「……また潜り込んでたのか」

 

 眼を覚まし、天井を視界に収め、起き上がる。

 その一連の動作を最後の最後で阻害される。

 左側に存在した重石のためだ。

 そちらに視線を向ければ、左腕を抱え込むようにして抱きつき、足をこちらの左足に絡めている少女がいる。

 幼いながらも眼を見張るような美貌を持ち、信頼しきった表情で眠っている蒼穹の少女。

 抱きしめられている腕を抜こうとすれば、彼女の抱きしめる力が余計に強くなる。

 彼女に懐かれているということは知られているのだが、さすがにこの状況まで知られてしまえばこの少女を可愛がっている面々から殺されてしまう。

 学園ごと異世界転移をしてしまったためにもはや一つの家族と言ってもいい学園の仲間なのだが、逆にそれによって気安さが生まれてしまったためか、嫉妬などの感情も隠さなくなってしまったのだ。

 

「ほら、ユーフィー起きろ」

 

「うにゅう……おはよー」

 

 どこか間延びした声でその少女……つい先日この学園の仲間になったばかりのユーフォリアは、目をこすりながら朝の挨拶を。

 彼女は仲間になってから数日であるにもかかわらず学内全体に対して行われた『妹にしたいランキングNo1』に輝いたほどの妹属性のポテンシャルの持ち主。

 そんなユーフォリアに抱きつかれて寝ていたという事実を知られでもしたら、命の保証はできはしない。

 特に、彼女に会いたくてしょうがないがために保健室に通っていた男子生徒からは殺されてもおかしくはないだろう。

 

 しかも、今の彼女の服装というのが問題だ。

 見られた瞬間にドン引きとロリコン認定と殺害が行われてもおかしくはない。

 寝間着がわりに俺のシャツだけを身に纏っている彼女は、小学生ぐらいの見た目のユーフォリアと平均的な男子高校生の俺との間の体格の差もあって大事なところは全て隠れているが、逆に言えばそれだけ。

 ダボダボの服はずり落ちて肩は丸出しであり、いくら大きいとは言っても足までカバーすることなどできるはずもなく生足も見えてしまっている。

 

 出会ったばかりであるにもかかわらずこの懐き具合に俺も、周囲の皆も疑問に思っていて、けれど記憶喪失らしい彼女からは芳しい答えを得られていない。

 なんだか懐かしいのだ、とは言われるのだが、俺は彼女と出会った覚えなんてないのだ。

 

「ほら、ちゃんと服を着てこい」

 

「んー」

 

 腕を差し出すユーフォリア。

 抱っこしてくれ、という甘え方。

 

「バカいうな」

 

 ペシっと手刀を額に落とす。

 

「うー!」

 

「文句言ってもダメに決まってるだろ」

 

 ユーフォリアが仲間になったばかりであり、未だに異世界転移の拠点となるものベー、そしてものベーの上にある生活拠点の物部学園の中にユーフォリア用の部屋というものが割り当てられていない。

 本来物部学園はただの学園であって生活のための拠点ではないことも合わせて、彼女の生活用品などを揃えるまでの時間は俺たち物部学園の生徒も『魔法の世界』の宿泊場所に泊めてもらっている。

 そうでもなければ、ユーフォリアが俺が眠っている部屋にやってくることなど不可能だと言ってもいいだろう。

 物部学園には生徒一人一人に与えるほど部屋に余裕があるわけでもなく、俺が眠っている部屋とはそのまま他の生徒も眠っている部屋になるのだから。

 

「運んでくださいよー」

 

「ダメだ」

 

「……前は運んでくれたのに」

 

「それがあったからダメだって言ってるんだ」

 

 ユーフォリアは基本的には『素直で良い子』という評価なのだが、なぜか俺を相手にした時だけ甘えん坊な姿がよく見られるらしい。

 それの理由こそが彼女のいうところの『懐かしさ』とやらなのだろうが、それによって見られる可愛らしさに引きずられて彼女のことを運んだ結果、布団に引きずり込まれた姿を見られ学級裁判にかけられた身としては、少しばかりの恐怖すら感じてしまう。

 

「せめてちゃんとした服装をしてくればこっちで寝てても文句は言わないから」

 

「本当ですか……?」

 

「本当、本当」

 

 正直なことを言うのならば、ユーフォリアを運べない理由はもう一つ存在する。

 俺の右足は義足で、つい先日の避難誘導の際に壊されてしまったのだが、新しくもらったばかりの義足に未だ慣れないせいでものを運ぶのはどうしても難しいのだ。

 そのため、以前ユーフォリアを運ぶことを練習としたのだが、それがかなり厳しかったためにしばらくの間はユーフォリアを運ぶことはできない。

 

「今の時間帯ならそんなに起きてる人もいないだろうし、とっとと着替えてこい」

 

「はーい!」

 

 戻ってきても良いと言われたユーフォリアは急いで隣の部屋に戻る。

 この場で悪戦苦闘していても良いことはない。

 『魔法の世界』からすぐに脱出しよう、と言う話になっておらず、しばらくの間は補給物資を詰め込む作業になっているので誰かが起こしに来ることはないとは思うが、万が一の可能性を考えれば見られてもダメージが少なくなるように、と言うのは間違った行動ではないと思う。

 

「ふわぁ……」

 

 朝早くだったからか、とても眠い。

 ユーフォリアが戻って来るまでの間ぐらい、寝ていても怒られないだろう。

 多分、あいつなら起こして来るだろうし。

 

 そんな考えで、俺はもう一度夢の中に入るのだった。

 

 

 

 

 

「あ……」

 

 ユーフォリアは部屋に戻って最低限の身なりを整えてから戻ってきた。

 タンクトップにショートパンツという本当にラフな格好。

 そうしてもう一度やってきて彼のことを呼ぼうとしたけれど、その当人が眠っているのでは仕方がない。

 

「もう……」

 

 むすっとしながらも少女は彼の布団の中に入る。

 決して右足には触れないようにしながら。

 彼女は、別に右足が義足だなんて聞いたことはない。

 なんで右足に触れないのかと言われれば、きっとその時に初めて右足に触れなかったことに気がつく。

 そんなレベルの、無意識下での行動。

 

「えへへ……あったかい……」

 

 別に、この世界が彼らが元々居た世界の四季で言う所の冬に位置する季節というわけでもなく。

 どちらかといえば春秋のような季節。

 ならば、わざわざ他の人間の布団に入り込まねばならぬほど寒いわけもなく。

 彼女が感じているのは彼の体温である以外にはありえなかった。

 

「……私の全部をあげます。

 私の行動の全てを捧げます」

 

 しばらくして、そう呟いたユーフォリアの瞳には光がない。

 ぎゅっと抱きしめる力もわずかに強くなる。

 記憶を失った、というのは嘘ではない。

 だが同時に、彼の姿を見て取り戻した記憶もある。

 だからこその今の状況。

 

 かつて己の思うがままに彼を連れて歩いたことを思い出し、それによって右足を失わせてしまったことも思い出した彼女だからこそ。

 此度は行動の全てを彼に捧げ、彼のためだけに動くと決めたのだ。

 

「だから……もう少しだけ、私がそばにいることを許してください」

 

 そういった彼女は、どこか悲痛な表情だった。




おら、ほのぼのしてるだろ?
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