「それで、結局何か変わるのか……?」
「ふえ……?」
ユーフォリアとの関係性、それに変化が発生したことで実際に何かが変わるのかといえば、特に変化することはない。
先ほどの”ご主人様”なんて呼び名も、外で聞かれたらまずい呼び名なので外ではこれまで通り、ということになった。
多分、とっさのタイミングでボロが出たりしないように、二人きりでもこれまで通りになると思う。
なら、ユーフォリアが俺のものになったという事実があったとしても、俺が変なことをしない限りはこれまでと何も変わらないのではないだろうか。
「とりあえず、腕を離してもらっても……」
「え……」
呆然と呟いた後、その言葉の意味を理解したのかじわっとユーフォリアの瞳に涙が溜まる。
「い、いや、別に離さなくてもいいからな!?」
「えへへ……」
これは、もしかして一生離してもらえないパターン?
いや、さすがに離してもらえるだろうけど、基本的にはこうしてくっつかれることになりそうだ。
俺が離れろと命令すればもしかしたら離れてくれるかもしれないが、さすがにその度に悲しそうな表情で泣かれるのも精神衛生上悪すぎる。
「って、あれって……」
そんなこんなでちょっとだけ未来に暗い予想ができたところで、少し離れたところに男子生徒の一団が発生していることに気がついた。
どことなく充実しているような表情の男子生徒の一団、それと彼らが歩いて来た方向を見て一つ気がついた。
こいつら、童貞卒業してきたな。
妙に生き生きとしている彼らの姿。
そして、昼間にもかかわらずどことなく退廃的な雰囲気を感じさせるその裏通りから出て来たという事実。
これはもう風俗に行った以外の答えはないだろう。
元々の世界を旅立って以降、女子との共同生活も始まったために一度たりとて性欲を処理する時間が得られたことはない。
そう考えれば、こうして『最大限に自分たちに配慮してくれる世界』にたどり着いた彼らがそういう大人の世界に行ったとしてもまるでおかしくはない。
「げっ」
こっちに気がついたクラスメイトが少しバツが悪い表情になる。
こういう時に置いていくというのはなかなか酷いことの気がする。
これは少しばかりお話をしないといけないだろう。
「なあ、信助。これ、斑鳩先輩に報告してもいいか?」
「やめてっ!?」
なら、どうすればいいかわかるだろ。
そんな脅しをクラスメイトである森信助に対して行えば、コソコソと内緒話をするようにユーフォリアから引き離されて声を潜めての会話が始まる。
「バカいうなよ。お前、ほとんどの時間をユーフォリアちゃんと一緒に過ごしてるじゃないか。そんなお前をあの子にバレないように誘うのってかなりの至難の技だぞ」
「それでも、だよ。どうにかして俺とあいつを引き離して、その間に俺がこっそりと風俗に行けば……」
コソコソと会話をしている間、腕が離れたことで泣きそうになっていたユーフォリアの気を引いてくれている他の男子生徒たち。
これを知られてしまえば斑鳩沙月をはじめとした美少女連中に蔑みの目で見られてしまう。
これから先もあの物部学園に通うのであれば、美少女に『そういう男なのだ』と見られてしまうのはもはや致命的。
特に、ただモテたいという願望だけがある男子生徒たちからすれば、(いくら彼女たちの恋愛感情に矛先があるとはいえ)万が一にも彼女たちの中の誰かと付き合うことが可能になる可能性があるのなら、それを捨てるわけにはいかないのだろう。
「それなら、ユーフォリアちゃんとしちゃえば……」
「黙れロリコン」
「ひでぇ!」
ユーフォリアはそういう対象ではない。
むしろあの子をそういう対象で見られる方がおかしいだろう。
あの子が『皆の妹』という立ち位置で見られているって知っているくせにそういう行為に及ぼうとするとか、こいつやべえやつなのではないかという不信感が出てくる。
とんでもないやつと同じクラスになってしまったものだ。
「でも、本気で難しいと思うぞ」
「それでもどうにかしないと……。
あいつが来てから、常に俺の近くにいるせいで自慰すらできない」
「それは厳しいな……」
極上の、と言っても過言ではない美少女ばかりが常に一緒に生活をしている中。
女子がいつやってくるのかわからないために自慰も満足にすることもできず。
それぞれの世界に降り立つ度に皆で風俗に行っていたのに、今回に限ってはユーフォリアが常にそばにいるため行くことはできずに、さらにはその間に他の男子生徒たちは娼館に向かっている。
こんな不公平があってもいいものか。
「ってわけで、今度行くときにはちゃんと俺も連れてって──」
「うー!」
ポスン、とユーフォリアが背後から抱きついて来た。
これ以上の会話ができない。
できないのだが。
『わかった、今度行くときにはちゃんと誘うぜ』
ハンドサインで信助が了承の意を返して来た。
背後から抱きつかれているため、前にいる信助のオーケーサインがユーフォリアには見られていない。
”ユーフォリアちゃんがいるのに”という他の面々からの嫉妬の視線に、”妹的な立ち位置の相手に対して恋愛的なものを見出せるわけないだろ”という視線を返して、他の連中のどこか充実した表情を見送って、背後に抱きついているユーフォリアがするすると俺の左腕を抱きかかえる姿勢になったところで声をかける。
「で、お前はどうしたんだ?」
「……ご主人様はあたしのですもん。例え相手が誰だったとしても、渡しません」
「はいはい……」
これを本気で言ってそうなところが困る。
ユーフォリアがいる限り、恋人ができそうにない。
それどころか、友人関係すらも邪魔されそうな気がする。
信助と話をしていただけでもこれなのだから。
「……で、これからどうする。部屋に戻るか? それともまだどこか行きたいところでもあるのか?」
ユーフォリアが少々情緒不安定になっているような気配すらある。
この状態で外を出歩くのはどうなのだろうか。
そう思うと、”帰る”という選択肢が出てくるのはある意味当然だったのかもしれない。
「部屋に戻りましょう!」
ユーフォリアの元気な返事。
その後グイグイと引っ張られるように、泊まっているホテルにまで二人で戻るのだった。
部屋に戻れば二人きりになれると考えたユーフォリアは、別に間違ってなどいなかった。
ただ、一つだけ間違いがあったとするなら、普通に二人で部屋に戻ったところで何か進展などあるはずもなかったというだけ。
お風呂に入ろうとする彼について行こうとしたところ、シャワールームから追い出されたので、一緒にいられないことに泣きながらもユーフォリアは彼のクラスメイトの女子のところにまでやってきていた。
「いや、さすがにそれはあいつの方が正しいんじゃない……?」
「そんなぁ……」
ユーフォリアがやってきた当初、あの男は一体何をしたのだと心中で叫んでいた女子生徒だったのだが、さすがに話を聞いているとそれはしょうがないなと納得すらしてしまった。
ただ、基本的にはこの物部学園に残っている生徒というのは善良な人間ばかりなために、さすがにこの状況のユーフォリアをそのまま帰らせるつもりにはならずに、彼女の話に対しての案を出すことを己に課す。
課してしまった。
「と、ところでユーフォリアちゃんはあいつとずっと一緒にいたいのよね?」
「……? はい、そうですよ」
遠回しながらも結婚したいのかということを問う女子生徒に、ユーフォリアは何を当たり前のことをと言わんばかりに肯定する。
「ずっと、ずうっと、一緒にいたいんです。あの人のそばにずっといて、あの人のことを支えてあげたくて、いついかなる時も、何が起きたとしてもあの人に不幸な目にはあって欲しくなくて……」
ユーフォリアに見張られているような感覚になるのではないか、という疑念は彼女の中にはないらしい。
そこに、愛というにはあまりにも狂気じみた何かを見出しながら、それでもやっぱり善良な女子生徒は一つの案を出すのだった。
きっと、主人公が死んだらユーフォリアちゃんが首を抱えて夕日が沈む方向に向かうボートに乗ってると思う。