ユーフォリアはいろんな人に話を聞きに行った。
彼女には性的な知識がないために何をすればいいのかはまるでわからなかったが、それでもいろんなことを毎日、彼がシャワーを浴びている間に聞きに行けばある程度の知識は溜まる。
というわけで、本日彼女はそれを実行してみることにした。
「ご主人様」
「……その呼び方するって、今度は一体何をやらかすつもりだ」
実行するよりも先に不信感を抱かれてしまった。
ご主人様という呼び方を彼女がした時には、大抵彼にとって喜ばしくないことが発生することを彼はすでに知ってしまっていた。
「むー。乗ってくれてもいいじゃないですか。明日からものべーでの生活なんですし」
「そうだな。だから、今日が終われば明日からは一緒に寝るとかはできないぞ」
そう、明日はこの世界を出発することになるのだ。
向かう場所は元の世界ではない。
元の世界の座標を出すための『支えの塔』が今はショートしてしまっているために。
だから、神剣使いであるユーフォリアは個人部屋が与えられて、神剣使いではない彼はまた大部屋で皆と一緒に眠る日々が再開される。
それでも、ユーフォリアから合法的に離れられるというのは今の彼にとっては魅力的にすぎた。
「その、今日が最後ですから……」
どことなく照れが混じるユーフォリア。
ほんのりと赤く染まった頬と、少し恥ずかしそうに顔を隠して、それでもどうにか彼のことを見ようとして上目遣いになっているのがとても愛らしい。
そんなユーフォリアを見ればロリコンならば一発で落ちるだろうし、そうでなくとも何かお願いを聞いてあげたくなる。
それでも、彼女のご主人様にはこれまでの経験からか全くと言っていいほどに通用していないのが難点だったのだが。
「お休み」
「もー!」
ユーフォリアの誘惑のような何かも無視して、彼はベッドの中に入る。
翌日からはまた雑魚寝になるので、今日だけでも柔らかいベッドで存分に休みたいという気持ちなのだろう。
なので、くっついてくるユーフォリアが文句を言っていることも無視する。
「あのなぁ……
「あ……はい!」
彼女の主人として命令すれば、体を少し嬉しそうに震わせたユーフォリアがこれまでにないほどに元気よく返事をする。
そんなユーフォリアを抱き枕にして、彼は眠りについた。
「……もう一回聞いてもいいですか?」
「いいわよ」
翌日、全校集会が行われた。
出発直前のことだ。
内容は、俺たちにとっては信じられないことだった。
「今からの旅は、『元の世界』に帰るために必要な旅ではないから、神剣使いではない皆にはこの世界に残ってもらって、座標を割り出すことに成功し次第『元の世界』に戻ってもらいます」
ここで俺たちの旅路はおしまいだ、ということ。
今から向かう世界は敵の罠がある可能性が高く、俺たちがいては邪魔にしかならない可能性が高いから、と。
決定事項としてそんなことを言われてしまえば、誰一人として文句を言うことはできない。
多分、ついていきたいと思う人、この人たちだけ危険なところには行かせたくないと言う人はたくさんいて、でも自分たちの我儘で皆を危険に晒すことになるとまで言われてしまえばついて行こうという意思を強く持ち続けるのは厳しい。
とはいえ、皆が皆今から出発だ、と思っていたタイミングでのこと。
さらに言えば、旅が始まったせいでできなかった学園祭をしよう、なんて企画も立てていたところ。
そのあたりのことも考慮してさらに一週間、この世界にものべーが留まることになった。
彼らが出発する前日に、学園祭をして送り出そう、ということだ。
「ちなみに、あたしはものベーには乗らずにこっちにいますよ」
「……マジで?」
「マジです」
相手が学生たちを人質に取ろうとするかもしれないから、ということらしいのだが、今の俺からすればユーフォリアから解放されないというショックだけが。
いや、他の生徒たちからは羨ましがられる状況だということはわかるのだが、さすがにずっと一緒にいて、あんなに重たい感情を向けられるとちょっと……。
「ところで、ユーフィーは学園祭の時に何をするのか決まってるのか」
とは言え、現実は簡単には変わらない。
ユーフォリアが残ることだけは確定しているようなので、とりあえずこれからのことについての会話に。
「えっとですね。メイド喫茶の店員をすることになってます」
「メイド喫茶」
「はい」
ユーフォリア曰く、現代日本の男子生徒たちは癒しを求めているとのことであり、その癒しの具現化こそがメイドなのだと力説されたらしい。
そしてそのためのメイド服の用意は企画に賛同した生徒たちによって作られているらしいのだが。
「それ、ちゃんと女子生徒なんだろうな」
男子生徒が女子の個人個人に合わせてのメイド服を作っているというのはちょっと見た目がやばい気がする。
ただ、ユーフォリアはそこにまでは発想が至らないようできょとんとした顔を晒したまま。
「ま、とりあえず頑張れ。俺はそっちに行く予定はないけど」
「えー、なんでですかー」
頭を押し付けてくる彼女を撫でながら、とりあえず適当に考えたでっち上げの理由を告げる。
「ユーフィーが他の奴にご主人様って言ってるのを見る気にはならんわ」
本当はユーフォリアがずっと一緒にいるのは億劫なので行かないという理由なのだが、さすがにそれを告げたら怒られるか悲しまれるか。
どっちであったとしても面倒なことになるのは間違いない。
彼女のところに行ったりしたら、他の生徒から『常に一緒にいるだろうが』という目で見られそうな気もするというのも理由なのだが、それだって同じことだ。
「えへへ……大丈夫ですよ。あたしのご主人様はあなただけですもん」
「あーはいはい」
ただ、少し言葉をミスしたかもしれない。
あれではまるでユーフォリアの主人は自分だという独占欲を発揮しているかのように見えてしまう。
というかユーフォリアもそう思ったからこんなに嬉しそうなのだろうと思う。
「だから、あなたに喜んでもらえるならなんだってします」
「別に何かしてほしいことがあるわけでもないから大丈夫だって」
ユーフォリアの瞳がほんのわずかに濁ったような気配。
声に籠もった情念からなんとなく、たまに顔を出す彼女のちょっと危うい側面が今日も出てきたんだな、とそんな程度のことならわかる。
この場合、本当に何をしでかすのかわからないので、気分は爆破解体処理班。
一回、真面目に他の生徒を殺しに行きそうだったので、言葉はしっかりと吟味しないといけない。
万が一にも彼女に「自分はいらないのだ」と思わせてしまえば、あの世界崩壊クラスの攻撃とやらを受け止めた彼女の全力がどんなふうに動くかすらわからないのだ。
「なら、してほしいことができたらなんでも言ってくださいね」
「その時は頼むわ」
こうして、先送りにするしかない。
ユーフォリアに離れてほしいというお願いすらも、彼女にとっては自害に繋がりかねない言葉なのだ。
「どんなお願いでも聞く」という彼女にそれを頼んでみたところ、「もういらないのだ」と判断して自殺しようとしていたから。
風呂やトイレに限定して離れるように説得することも一苦労だったので、もうそれ以外のところに関しては離れるようにいうことは諦めている。
そんな状況下でユーフォリアを撫でながら、まだ泊まることになった『魔法の世界』のホテルで眠りにつくのだった。
ユーフォリアいないけど、きっと理想幹からもどうにかして脱出には成功するんやろなぁ……