「ユーフィー」
「はーい」
なんですか、というユーフォリアに呼んだはいいものの何を言おうかと悩む。
正直、彼女に対して何か言いたいことがあったわけでもない。
本当に”なんとなく”としか言いようがない理由で呼んだから、少しワクワクしている様子すら見える彼女に何を言えばいいのかなんてまるで思いついていなかった。
「ご主人様のためだったらなんでもしますよ?」
「……いや、特に頼みたいことがあるわけでもないぞ」
「ほへ?」
明日には学園祭。
そのため、この教室の外ではいろんな生徒たちが準備のために走り回っている。
その音が、ちゃんとこの部屋にいる俺たちにも聞き取れる。
ユーフォリアは基本的にはいい子なので、外にいる生徒たちを無視してサボっているとも取れる現状に少しだけ表情を歪めていたが、それはそれとして俺のそばにずっといるのでなんとも言えない。
「うん、まあとりあえず明日頑張れよ」
「はいっ!」
ものベーは、いろんな世界を渡る中で宇宙空間らしき場所を通ったこともあった。
そのため、太陽と月もものベーによって擬似的に作成されているのだが、今日この時、より正確にはどこかの世界に入っている間はその擬似天体は消滅している。
よって、この教室を照らしている夕日は本物の夕日。
学校の中だからかユーフォリアも制服を着ていて、窓に腰掛けている姿はまさしく一枚の絵画のようで。
少しだけ見ほれてしまった。
「っていうことがあったんです!」
その日の夜、ユーフォリアは彼がシャワーを浴びている間にいつもの女子生徒のところにまでやって来て、少し嬉しそうに状況を報告していた。
「って、ユーフォリアちゃんちょっとサボってたのね」
ウリウリ、と女子生徒がユーフォリアの頭についている羽飾りをいじり倒す。
ユーフォリア自身もそれによって頭をシェイクされて、やめてくださーいなんて言っているがどこか楽しそう。
ユーフォリアの中ではきっと一番大きなものは彼なのだろうが、この女子生徒との関係も周囲から見ても、そして当人からしても、楽しいものだと断言しても間違いではなかった。
「それで、どうなったの?」
女子生徒からすれば、ちょっと重たいけれどもユーフォリアが一途に思っているように見られなくもない。
むしろ、ユーフォリアがあそこまで重たい感情を向けていることなど知らない彼女からすれば、そんないい雰囲気に至ったのだから何か恋愛的な進展があるのではないかという考え。
「その、キスとかしちゃったわけ……?」
「……してないです」
「マジで!?」
どう考えてもそのシチュエーションなら告白からの幸せなキスでしょ、と言わんばかりの驚きを示す女子生徒。
それに対してユーフォリアはしゅんとしながらごめんなさいと小さく告げる。
心なしか、彼女の羽飾りも落ち込んでいるように見える。
「ああ、違うの! 別に責めてるわけじゃないのよ!」
ただ、思っていたような結末にはならなかったというだけの話で。
それならそれでキスするのにきっと一番いい絵になるシーンはまだあるだろうと思うだけの話であって。
「いい、ユーフォリアちゃん。後夜祭よ、後夜祭を狙うのよ」
「後夜祭、ですか……?」
「ええ」
今回の学園祭はちょっと特別なので、後夜祭もやっちゃいましょう、という一言で本来ならなかったはずの後夜祭なんてものまで完成している。
そのタイミングが、一番告白に適した瞬間だろうと女子生徒は思っていた。
「あなたは、誰かに告白しようと思わないんですか?」
そんな話を聞いて、ユーフォリアはそこまで思いつくのなら、この人にも誰か告白しようと思う相手がいるのではないかと考えるのは当然とも言えたかもしれない。
何せ、後夜祭なんてものはこれまで存在しなかったのだから、そこを告白の狙い時だと考えることができるのは、告白というものに対して一過言ある人物でないとできないだろう、と。
「あはは……そんな相手はいないわよ」
自分で口にして自分でダメージを受ける女子生徒。
彼女も一般女子生徒なために、高校生になればイケメンと出会って、なんてものを思い描いていたのかもしれない。
現実と理想に違いがありすぎて、しかも一部の女子生徒はその理想を叶えている状況。
自分の状態を思ってショックを受けるのも仕方ないことなのかもしれなかった。
「と、ところでユーフォリアちゃんはどうしてあいつにそんなに色々とやってるわけ?」
ちょっと雰囲気が悪くなったところで、女子生徒が尋ねる。
彼女視点、ユーフォリアはつい最近出会ったばかりの少女で、あの男子生徒も見た感じ初めて出会ったというような様子。
ここまで入れ込む理由がわからなかった。
「えっとですね……あの人の足が義足だってことは知ってますか?」
「うん、それは知ってるけど」
「あれ、私のせいなんです……」
少ししゅんとしたユーフォリアの言葉に驚き。
それと同時に、なんとなく彼女が向けているのが罪悪感によるものかと疑う。
もしもそれなら、ちょっとあの男にも一言ぐらい言っておくべきかと思ったところで。
「私が小さい頃ずっとそばにいてくれて、それで一緒に遊んでくれて」
「あれ……? ユーフォリアちゃんって記憶がないんじゃ……」
「あの人を見たら、あの人に関することだけ思い出せました」
「あ、そうなの……」
あっさりと、全ての記憶が戻ったわけではない、と。
「それで、その時からあの人と一緒にいるんだって思ってて……」
「なんやかんやあって足を失うような事態になった、と」
「はい……」
罪悪感によるものなのか、それともそうじゃないのか。
まだ、そこの判断がつかないため、一つだけ聞いてみることにした。
「ところで、もしもの話なんだけど」
「はい……」
「もしもあいつに彼女がいた場合ってどう」
「はい?」
「いや、だから」
「今、なんて、言いました?」
「……いや、なんでもないです」
ユーフォリアの目が据わっている。
これは疑う余地はなさそうだと、女子生徒は納得した。
「でも、どうするの? 今の所ユーフォリアちゃんって『なんか懐いてくる』程度にしか見られてないと思うんだけど」
「え……」
「いや、あいつ覚えてないっぽいじゃん。だから多分、ユーフォリアちゃんが懐いている理由はわかってないし、むしろ鬱陶しく思われてる可能性も……」
「ふえ……」
ちょっと泣きそうになっている。
ただ、話を聞いている限りではそれもなんとなく察することができてきたので、その女子生徒は涙には反応することもなく、むしろユーフォリアのやる気を引き出しにかかる。
ちょっとどころではない重たさを持つユーフォリアではあるが、その根本にあるのが愛情ならば手を貸すことにはそこまで忌避感はない。
「だから、ちゃんと告白しちゃいましょう?」