妖精の森で約1日の休憩を入れたパーティは、朝食を食べて出発することになった。
初めての野営を経験した翔子。
だが彼女は野営と言っても、自分が小さい頃に体験したキャンプとあまり変わらないなあ……と思った。
野営の食事は質素なイメージを勝手に抱いていたが、しっかりとした食事に彼女は内心驚く。
そしてしっかりとキャンプに必要な道具も彼らは用意して、万事抜かり無く準備して出発していたことをここで思い知った。
今、彼女達か食べているのは、リリア特製の野菜カレーだ。
彼女のカレーはものすごく美味で、素人が作るような代物ではない。もっと本格的なカレーだった。野菜もこの世界独自の保存の仕方で持って来た様子だった。
氷の魔法で凍結させてリリアは野菜を保存して持って来ていたのだ。それを今度は炎の魔法で解凍してそれをナイフで刻んて鍋に投入しているのを傍らで見ていた翔子。リリアはナイフの扱いが手慣れている。まさに職人技を間近で見学させて貰っている気分だった。それも半分、話しながら手慣れた様子で野菜を刻んでいた。それを予め配合を済ませたカレーのルーに投入してじっくりと煮込んていた様子も彼女は見つめていた。そうして今、翔子はその野菜カレーを食べているという訳だ。
「美味しいです。リリアさんのカレー」
「ありがとう。やっぱりさあ、キャンプに出たらカレーは真っ先に覚える物かだからねえ」
「しかもコクもあるし、辛さも堪らないねえ」
「アドニスもレム様も辛党ですからね」
「ああ。その通りだよ。なあ?アドニス」
「やっぱりカレーは辛いのに尽きます」
「翔子ちゃんは大丈夫?」
「私も辛いカレーは大好きだよ」
「それにリリアさんのカレーの方が美味しいよ。私より美味しい!今度リリアさんに教えて貰おうかな〜。美味しいカレーの作り方」
「任せて。教えてあげるわ。何時でも言ってね」
「ありがとう」
パーティは食事を済ますと『妖精の谷』へと向かう。
予め、リリアとアドニスの2人で道のりを確認しておいてくれたおかげで『迷いの森』を難なく抜けて、そして妖精界アルヘイムへと入って行く。程なくして『妖精の谷』にその妖精が住む集落が見えた。まるで、何かの本に出て来そうな程、のどかな集落。
だが明らかに様子が変だった。
レムは敏感な五感でわかる。
この先にはあの自分に復讐を果たそうとしている愛妻がいる。
ここにある四宝『光の弓シルヴァンボウ』を狙って妖精の集落を襲撃しているに違いない。
「急ごう!」
「はい!」
パーティは妖精の集落に向けて走って、駆け付けた時だった。
あの漆黒の戦鎧を纏う女性がそこにいた。鋭利な剣を鞘から引き抜き、妖精王に刃を向けている。
「どうあっても『光の弓シルヴァンボウ』を渡さないと?」
「貴様のような存在に四宝を渡す訳にはいかないのだ!四宝は世界の安定の為に存在する
「そんなに夫が許せないならその者だけに刃を向ければいい。何故すべての男達を殺そうとする?」
「男なんて女を犯すことしか考えない下等な生物よ……!!今日はどの女に己の子種を注いでやろうか、とか考えない下等な生物よ。そう……身勝手に女に「子供」を産ませておいて自分は関係ないと言う愚か者などこの世から消えてしまえばいい…!」
「……」
「そう思っているでしょう?リリア?」
シャルロットは不意にリリアに質問を投げかけて来た。
質問されたリリアにパーティのメンバーである、レム、アドニス、翔子の視線が向けられる。
この話を聞かされた男性陣は複雑な表情を浮かべている……。特にレムはそれは自分のことを暗に示しているのだと思い、心が痛くなった。まるで心に鋭利な剣を突き刺さる感覚だ。
「私は……」
そう遠くない過去に暴力を振るわれたリリア。
あの時の
だけど……。
『だんだん変わって行くの。あの人が、レムが変わって行くの。まるで凍てついた心が溶けていくように……』
あの時、アドニスに話した事も真実だ。レムはあの子がいるから変わることが出来た。
そう。例え過去に暴力を振った男性であろうとも、人は変わることが出来るのだ。
だが、彼女はそれすらも見ようとしない。理解しようとしない。
リリアは弓矢を取り出し、そして目の前の漆黒の女に構えた。
こう説明しながら……。
「違うわ。この世界の男性達はそんな男達ばかりじゃない。アドニスは私を気遣ってくれる。レムは変わったわ!誰よりも女性を大事にする心が見えて来ている。この世界の男性達が救いのない者達なら、こんな男性は生まれてこなかった筈よ!」
「リリア……」
「なら私は……この男性達に賭けるわ!滅びに向かうこの世界、その先に待つ新しい世界にも男性という存在が必要だ、と」
「……いいでしょう。なら、『光の弓シルヴァンボウ』はどちらに味方するか訊いて見るとしよう」
妖精王の手には、眩い光を放つ弓矢が握られている。
まるでこの世のあらゆる『光』のお手本のように輝く光の弓。
「あれが『光弓シルヴァンボウ』……!」
「そう。四宝の1つ。妖精界アルヘイムを護る宝だよ」
妖精王の手から光の弓シルヴァンボウが浮かぶ。
シルヴァンボウはまるで意思を持つかのように、己を握り締める資格を持つ者の手に向かって進んでいく。あたかも意思を持つように。
光弓シルヴァンボウが選んだのは……リリアだった。
彼女の目の前に浮かんで、眩い光を放つ。
彼女、リリアは己が構える弓をしまうと、光の弓シルヴァンボウを握り締める。
光の弓シルヴァンボウが選んだのは、この場に集まる男性の可能性に賭ける『混沌の女神』にこれからの世界を託そうとしている。
それに対して失望したシャルロットは、静かな怒りを込めて、言った。真紅の瞳には怒りで冷たく輝く。何よりも四宝が選んだのが、かつて目の前にいる男から暴力を振るわれたのに、それを許して、しかも可能性に賭けるところが許せない。
シャルロットは皮肉を込めて言った。
「なるほど……。四宝もそいつを『許す』というのね…!」
怒りがこもった歪んだ顔を、レムに向けた。
彼はそれに対して、リリアに優しい瞳を向けて、礼を述べる。
「ありがとう……!リリア…。変わってみせるよ…!俺は君にしたそれをけして忘れないし、許してくれなくてもいい。だけど、君には必ず期待に応えてみせる」
「シャルロット。俺は今更、許されようとは思わない。だが、これからの世界にはそんな男性ばかりが存在する世界ではないはずだ。その『可能性』に賭けて見る気持ちは無いのか?」
「馬鹿馬鹿しい。もう世界は滅びるのに?世界が滅びる時には、人間も等しく全員滅びるのよ?自分が存在しない世界に、何の意味か有るのよ?」
「シャルロットさん。あなたにとって、『世界』とはなんですか?」 「貴女は別世界から来た女ね。異世界の女が気安く世界に、関わるんじゃないわよ」
「異世界だろうと、元の地球だろうと『世界』には、違いないでしょう?」
「知ったような口ぶりを……!」
漆黒の戦鎧の女は、剣を鞘に納めると、忌々しいように吐き捨て、この場を去った。
「まあ、いいわ。四宝はまだ3つも残っている。たかが1つくらいはくれてやるわ。だが、絶対に私は、この忌々しい世界に復讐を果たしてやるわ……!!今日のところは引いてあげる。覚えておきなさい…!」
「シャルロット…」
元夫であるレムは、怒りを燃やす愛妻にどうすれば良いのかわからなかった…。
「とりあえず、四宝の1つは手に入れましたね」
「でも安易にこの力は使わないようにしよう。これは『世界の安定』の為に使われる『力』だ。それを使う時が来たとき、リリアにその力を使って貰おう。いいかな?リリア?」
「はい」
光弓シルヴァンボウを託した妖精王が話に加わる。
「光弓シルヴァンボウに選ばれた女神よ。どうかあの女を止めて欲しい。奴はすべてを滅ぼして次の世界の創造主になるつもりだ。もしそうなると、男性が存在しない、或いは価値さえも許さない世界になるかも知れない」
「奴はどうやら、これから砂漠に向かうようなことを言っていた。恐らくは人間界を護る四宝を狙っているのだろう。どうか止めて欲しい」
妖精王は目の前にいる銀髪の男性に話しかける。
「あなたが事の発端であるのはわかっている。だが、どうやら、あなたは、自分でも判って来ている様子だ。なら、せめて、自らの決着は自らで着けて来るといいだろう」
「申し訳ない。あなた方に面倒をかけてしまって……」
「そんなことはない。『漆黒のラーズグリーズ』よ。貴方の目覚めは徐々に迫って来ているだけのことだ。恐らく歴史が変わる時が近い。その時、貴方と貴方に着いて来る仲間に試練が与えられるだろう。御伽話はやがて真実になる」
「妖精族の皆さんは大丈夫なのですか?大事な四宝を渡してしまって?」
「我々は四宝が無くともまた次の世界で生まれる。だから今、四宝が必要な者達に預けたのだ」
次の目的地は砂漠。
デザートエンプレスでの冒険か。
レムはパーティに振り向くとこう説明をした。
「次の目的地はデザートエンプレスだ。その地に眠る四宝を守りに向かおう」
「はい」
彼らはその足で砂漠の国、デザートエンプレスに向かうことになった。